師事
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「獣の剣技だな。悪いとは言わないが…。まあ他に出来る事を増やして置いて損はない…とは限らないかもな」
アリクス王国王都冒険者ギルド所属、金等級冒険者のザザはクロウの上段からの一刀を半身でかわし、拳でこつりとクロウの額を叩いた。
「力も速さも俺より上だが分かりやすすぎるな。とはいえ俺が簡単に捌けるのも、君に俺を殺す気がないからなのだろう。俺もまた君を殺すつもりなどはないから当然なのかもしれないが」
フゥとため息をつき、ザザがクロウに言った。
クロウも頷き、ザザに答える。
「そう言うこともあるのかも知れませんが、力と速さが上なのにまるで通用しないっていうのはびっくりします。でも出来る事を増やしておいて損がないとは限らないっていうのはどういう意味なんですか?」
クロウの疑問にザザが答えた。
「下手に選択肢が多いと迷いを生む」
ああ、とクロウは納得した。
手札の少なさは迷いの少なさとイコールである。
特にクロウのようにすぐ悩んでウジウジしだす男にとっては。
「君も自身に小細工が向かないという事は分かっている様だが、それならばなぜ俺に師事する?」
ザザの疑問も最もだった。
クロウの剣に鋭さはあれど技はない。
フェイントなどというものはなく、そのすべてが必殺の意気にて振るわれる。
対してザザの剣は多数の虚の中に1つの実があり、それをするりと通すような剣だ。
クロウにザザの真似は出来ない。
まあザザはクロウの真似をできるが。
それに対するクロウの答えは、剣に愛された男であるザザをしてちょっとわけが分からないものであった。
「俺に出来ない事に真っ直ぐ向かい合うと、俺は俺の駄目さ…無能さを自覚します。頑張っても頑張っても出来ない自分を殺したくなります。自分では頑張ってるつもりでいるんです。でも皆にとってはそんな事はどうでもいいことなんだって、俺はあの時気づきました。俺が死ぬ前に気付いたのです。俺は役立たずだと、何の役にも立たない存在なんだと…」
ブツブツと呟くクロウをぽかんと見ていたザザは、やがてクロウの周囲にドロドロとした何かが集束しているのを感じた。
ザザは掌でくるくると柄を回す。
繊細な魔力操作により、剣はザザの手に握られながらも回転を早めていく。
一足飛びにザザはクロウの眼前に立つと、回転する剣を下から上に振り上げた。
ザザの魔力を纏った回転する剣身はクロウに集まりつつあったどす黒い魔力を霧散させる。
これぞ悲剣・
対霊体用に編み出したザザの“悲剣”である。
回転する魔力の乱気流により霊体をかき乱し雲散霧消させる。
死者が天に昇らず地に留まるのはそれ相応の理由があるのだが、そういった理由を一切斟酌せず有無を言わさず消し飛ばす“死者にとっての”悲しみの剣だ。
■
ザザの剣が振るわれると、クロウも正気()に戻り、目をぱちぱちとさせていた。
クロウの変容は彼が魔族との戦いで得た新たな力…自己嫌悪によるものだ。
自身に至らぬ部分を必要以上に強く見つめ、死にたくなるほどの虚無感、そして自身を殺してやりたくなるほどの怒りを抱き、魔力の生産速度を飛躍的に高める技術。
クロウが自己嫌悪の権能を起動するには、極めて強い劣等感を感じる必要がある。
そういう意味でザザは適任の教師なのだ。
クロウにビビらず、剣の腕でクロウに劣等感を抱かせる…。
弱点はやや正気を失う事だが、クロウは戦闘時にまともだった試しはないから特に問題はない。
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「魔族はなんだって君を勇者などと勘違いしていたんだろうな…」
ザザはため息をつくと、下腹部に熱を感じていた。
クロウと対峙して精神的に疲労をしたせいで、色々と元気になってしまったのだ。
一刻も早くリリスに逢いに行かねばならないとザザは思った。
なんといったって金はある!
「すまんが今日はここで訓練を切り上げる。大事な用事があるんだ。また明日だ。じゃあな」
ザザはそういい残し踵を返した。
■
ちなみに、クロウとしては自らの力の扱い方に慣れるようにルイゼが手配したものだとおもっていたが、ルイゼとしては普通にクロウに剣術を学んでほしかっただけである。
クロウの想像以上の不器用さはルイゼの眼を持ってしても見通すことはできなかった。
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