2章・第17話:新たな力

 ■


 下将オルセンは眼前の人間の言葉を全く理解出来なかった。

 だが、たかが人間と侮る事もしない。


 人間の中には時折こういった異物が混じる事がある。

 力云々の話ではない、精神性の問題だ。


 人間の多くは木っ端の如き存在ではあるが、こういった異形の精神を持つものは往々にして厄介だとオルセンは思う。

 何故ならオルセンの知る強者は、彼の目から見ても皆狂っていたからだ。


 この場合、狂っているとは頭がおかしいという意味ではない。

 自身にしか理解できぬ条理で動く者を言う。


 異物はその異物さ故に早々に世界から排斥されてしまうが、それでも生き残る異物という者もいる。

 そういった者らは例外なく強者だ。


 例えば魔王、例えば上魔将達……人間で言うなら教会の上級戦力……そして勇者だ。


 優秀な戦士であるオルセンはその優秀さゆえに人間を見下す。

 しかし、その優秀さゆえに侮る事はしない。


 だから気付いてしまった。

 眼前の人間……これが、これこそが


「お前、勇者ですね? 当代勇者は法神の選別が失敗したと噂される程に愚物だと聞いていましたが欺瞞でしたか! 騙される所でしたよ! なるほど……さすがは勇者です……下級とは言え魔族を単騎で屠るとは見事! しかァし!! 見た所、お前はまだ勇者として覚醒してはいない! その手に握る剣が証拠です。聖剣を担える程には成長していないのでしょう、だから違う得物を振るっているのでしょうね。隠しても無駄です! お前の様な異常な精神性の人間は勇者以外にあり得な……!! 話を……聞け!! 聞きなさい!!!」


 クロウはちんたら喋っているオルセンに突っ込み、袈裟斬りを見舞おうとする。なお、当然の話だがクロウは勇者ではない。


 しかしオルセンもさるもの、眼前の地面へ爆発する火炎弾を放ち、爆風による目くらまし、そして若干の反動を利用して後方へ逃れた。

 ついでにクロウにもダメージを与えられればとも思っていたが……


 爆煙が晴れた先にはクロウが佇んでいた。

 あちらこちら傷は負っているが、どれも命に届く程ではなさそうだ。


(そこまでは高望みでしたか……しかし、奇襲とは中々天晴れ。そう、戦い等というものは勝てば良いのです……)


 だが、とオルセンは疑問に思う。


 ──確かに命に関わる傷ではないのでしょう。しかしそれでも傷は傷だ、怪我は怪我です。動きが少しは鈍ってもいいはずなのに……むしろ、キレが増している……? ただ……このオルセン、当代勇者の隙を見つけたり! 


 2度目になるが、クロウは勇者ではない。


 ■


 クロウはオルセンに痛めつけられた。

 それもそれなりに手酷く。

 オルセンの大火球をあと2、3発も受ければクロウは死ぬ。

 これは歴然とした事実だ。


 だが、痛めつければ痛めつけるほどクロウは強くなる。

 その命が尽きる瞬間まで強くなる。

 クロウを殺したいなら、意識外から一撃で殺すか、もしくは強くなっていくクロウを正面からねじ伏せ、その命の火を吹き消すしかない。


 ■


「お前は強いですが、工夫がありませんね」


 にたりと笑うオルセンに対し、クロウは追撃を仕掛けなかった。いや、仕掛けられない。

 クロウが足元を見ると、その足に炎で出来たトラバサミの様な物が食い込んでいる。


 いや、炎のトラバサミならば実体はないわけだからクロウの動きを妨げる事は出来ないだろう。

 だからつまりそれは……


(焼けた石……)


 クロウの左足には赤熱する石で造られたトラップが食い込んでいた。さながら石のトラバサミだ。

 クロウは腕に力を込め、トラバサミ目掛けて拳を振り下ろす。

 皮膚が焼ける匂いと破砕音と共に、トラバサミは砕け散るが……足のダメージは大きい。


「力任せの猪勇者、お前は確かに優れた身体能力を持っているのでしょうねえ。しかし! 足りないのですよ、ココがね」


 オルセンが自身の即頭部を人差し指でつつく。


 そう、クロウはなんと言うか……力任せに過ぎる。

(本能的な)技もあるし力もあるのだが、余り物を考えて戦わない。地頭が悪い訳では無いのだが、いざ戦闘となると感情に引っ張られすぎるのだ。


 その猪突猛進振りは機動力を担う足への大きいダメージというツケとなってクロウへ圧し掛かる……のだが……


 ■


「なぜ!?」


 オルセンがぎょっとする。

 足は石の牙で貫かれ、焼かれ、動かすだけでも激痛が襲うはずだ。

 なのに、目の前の人間の動きには陰りが見られない。

 トラップを破壊し、すっくと立ち上がる様は元気そのものだ。


 まさか効いていないのか? 

 あるいは痛覚がないのか? 

 オルセンはいぶかしみ、突進を警戒し回避行動を取る準備をしながらもクロウの表情を観察した。


 ──効いている! 苦悶の表情だ! だが笑っている!? 


 そう、クロウは痛みで苦しみ、顔をゆがめながら笑っていた。

 痛いものは痛い。

 苦しいものは苦しい。

 気持ち良いなんてことはない。


 だが、クロウは自身の身を蝕む激痛こそが肝要だと思っていた。


 殺しを正当化する卑怯で汚い自分なんてもっともっともっと苦しんでしまえばいい、そう思っているのだ。

 これまではクロウの強さの根源は希死念慮だけだった。

 だがここに自己嫌悪という新たな力が加わる。

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