2章・第8話:王宮妄想

 ■


 クロウは思った。

 これは変な誤解があるな、と。


「はじめまして、こんにちは。私はクロウと言います。冒険者ギルドで銀等級冒険者として働いています。宜しくお願いします!」


 ズイッと一歩進み出て、目の前の青年……オリアス・コイフ伯爵嫡男へ礼をする。頭をしっかりと下げ、腰もしっかり曲げた礼だ。

 これまでのクロウでは考えられない事だった。


 だが、精神が安定? し、一皮剥けたクロウに挨拶程度は容易い。

 そして基本的に彼は善性の人間であるので、初対面の相手に自己紹介をする事は前世の記憶も相まって当然だと考えている。


 貴族と思しき青年は一歩後ずさりした。

 余りにも堂々とした態度を見せられ、王宮に足を踏み入る名分があるのではないかと思ったからだ。

 後ろめたい事をしている者の態度ではない。

 そして思い至る、そういえば式典があったなと。


 彼個人の認識としてはそこそこ厄介な魔物が討伐され、その功労者を労う……くらいのものだったのだが、まさかこの男がその功労者だと? 

 そういえばロナリア伯爵令嬢は高名な術師でもある。

 冒険者仲間と言う奴か……? 

 ふと見るとロナリア伯爵令嬢の目線が非常に冷たい。

 貴族が障害の排除を考えている時ああいう目をする。

 青年は焦った。


「そ、そうか。ロナリア伯爵令嬢、失礼しました。彼は一体……?」


 青年が問うと、間の悪い事に先ほど呼んでしまった衛兵がバタバタとやってきた。


「どうされましたかコイフ公子! 何事か「なんでもありません。戻って宜しい」……は? ……ううッ!?」


 衛兵の言葉を遮ったのはシルファだった。

 いきなり呼びつけられ、そして戻って宜しいとはどういう事なのだろうかとシルファを見た衛兵は目を剥いた。

 彼女の身体からじわりと凄烈な蒼い魔力が漏れているではないか。


 衛兵も武を嗜む以上、魔力の扱いは心得ている。

 ああいう漏れ方をするという事は相当に感情を昂らせていると言う事だ……。

 このボンボンが何かやらかしたか、と衛兵は内心舌打ちをした。

 王宮で仕事を出来ている位なのだから彼は阿呆ではない。

 だから即座に次の行動を決める事が出来た。

 即時撤退だ。


「かしこまりました。それでは我々はこれで失礼致します」


 バタバタとやってきて、あっという間に去っていく彼らにクロウはややポカンとする。

 シルファの様子が刺々しく、目の前の青年は慌てていて、クロウは段々と状況が自分の手に余ってきている事を感じ取っていた。


 黙っておくべきか、それとも更に踏み込んで事情を説明すべきか、とクロウが悩んでいると、シルファが非常に冷たい声色で青年に話しかけた。


「オリアス様。クロウ様は平民ですが、此度のニルの森の異変……エルフ消失の原因となった存在を打倒し、その功績で式典へ呼ばれております。異常の要因となった存在は非常に強大な力を持っておりました。わたくしもクロウ様と同じ戦場に立っていたので保証いたします。あの存在が森から解き放たれたならばアリクス王国にとってもよろしからざる状況となっていたでしょう。これで誤解は解けましたね? ではわたくし達は式典の準備があるのです。もう行ってもよろしいでしょうか?」


 コイフ伯爵嫡男に向けられる魔力にはふんだんに敵意、そしてちょっぴりの

 殺意が乗せられており、ごくり、と彼は生唾を飲み込んだ。


「も、もちろんですとも。失礼いたしました。それでは私もこれで……」


 オリアスは目をまん丸く見開き、真顔でこちらを見つめてくるシルファから離れたくて仕方なかった。



 ■


 だが彼よりも焦っていたのはシルファその人である。

 ちらりと横顔でクロウの様子を見る。


(……大丈夫。怒ってはいなさそうです)


 彼女が見るに、このクロウという青年は普段は温和と言ってもいいのだが、敵意や殺意の様な物に対すると激発する性質がある様だった。

 過去3度クロウが戦う姿を目にしたシルファは、この青年は取り扱いを間違えると命取りになると判断している。

 勿論、そういった危険性を考慮に入れた上で、彼の人品……態度等も加味し、親しく付き合っていこうと決めたわけではあるが。


「あの、クロウ様……失礼いたしました。彼は、その……早とちり……しがちな事でやや問題視されており……」


 子供の言い訳でもあるまいし何を言っているんだ、とシルファは心中で顔を両手で覆い隠した。


 クロウは首を振る。

 どうでもよかった、とは思わない。

 いきなり薄汚いなんちゃら等と言われれば少し思う所はあるし、この世界でまで理不尽を甘受するなんて言うのは嫌だが、仮にあそこで突っ張って争いになってもどうあがいても誰も褒めたたえてくれなさそうだ。

 クロウの拗れた欲求は、彼が悪党となる事を望んではいなかった。


 でも、とクロウは思う。

 仮にあれがタチの悪い悪徳貴族の子息か何かで今回の事を恨みに思って、そして親へ告げ口なんかしたりして……、親の方もあれを口実にしてシルファに悪意を持って何かしらの策謀を仕掛けようとしてたとかなら……


 クロウはその煮えた脳で思考を進める。


 今回の事がきっかけで自分が貴族という得体の知れない存在へ立ち向かう……それも友人のために! 立ち向かう契機となったりしないかな……? 平民に舐められてたまるかとばかりに暗殺者が襲ってきたりして……


「それに、ロナリア家とコイフ家は以前から少し関係が悪いのですよ。暗闘、といえば響きが宜しくないのですが……。ですからわたくしもどうにもコイフ家の者にはキツく接してしまうと言いますか……」


 そんなシルファの言を聞いたクロウは、彼女の目をギラリと見据え「俺はいつでもシルファさんの味方です」等とたわごとを言う。

 シルファに媚びていると言えば媚びているし、媚びていないと言えば媚びていない誠心からの言葉だ。


 そう、言われずとも分かる事だが、クロウはシルファをトリガーとした貴族間の死闘を期待していた。


「は、はい……ありがとうございます……」


 目障りな敵対貴族の令嬢を消そうと、裏の世界の住人が襲い来る。

 致命の刃がシルファの喉を掻き切ろうとしたその時、クロウが滑り込み、その刃を体で受け止め、愛剣が暗殺者の胸を刺し貫く……クロウの心眼はそんなワンシーンを幻視していた。



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王宮喧噪お迎えシルファと王宮妄想照れシルファの挿絵を近況ノートでアップしました

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