閑話:愛剣

クロウの愛剣は奇態な変貌を遂げていた。

災いから所有者を守る守護の剣としての剣格と、災いを呼び込み所有者を害する呪いの剣としての剣格が奇妙に交じり合い、双方の性質を兼ね備えた異形の変貌。


ダガンが本来意図していたのはこのような変貌ではなく、もっとシンプルに守護の剣としての面が呪いを取り込み、さらに強力な守護の力を得る…というようなものだったのだろう。


鍛冶の技術には異種の金属を積層し鍛造し、極めて強固な金属を新たに生み出すという技術がある。

異なる概念的性質のモノを繋ぎ合わせ、積層させ、さらに強固な概念を生み出すというのもその手の技術の亜種のようなものだ。

事実、ダガンはこれまで何度かこういった類の事をしてきた。物質の【声】を聞き、【素材】となるモノの求めるところを把握し、相性の良いモノ同士を重ねて、織り交ぜることはダガンにとってはじめての事ではない。


だが結果はダガンが意図していたものとは少々違ってしまった。


クロウの愛剣はクロウに災いを呼び込む。しかし、呼び込んだ災いに、更なる災厄を与えこれを排する。


もしダガンがクロウの愛剣のこのような性質を知れば、血相を変えて愛剣を廃そうとするに違いなかった。

これは呪いの剣だとか守護の剣だとかではなく、邪剣である。呪いの剣にせよ守護の剣にせよ、主人の身を害する、護る、という目的がある。

これは目的がどうあれ、まずは主人あってこそなのだが、邪剣と呼ばれるそれらは違う。

剣の目的がまず第一。極めて利己的な存在なのだ。

目的のためなら手段を選ばないような、そんな存在はときに正も邪も飛び越えた極めて大きな被害を発生させる要因足りうる。


クロウの愛剣は自らの存在意義を主人の守護と定める。


クロウを守る、護る、何者にも害させはしない。

あらゆる災厄から彼を護る。

しかし災いが、災厄がなければ喚び込もう。

クロウに呪いを、災いを、災厄を与えよう。

そして改めてそれらから主人を護るのだ。




━━愛スル、アナタヲ、マモルタメ

━━アナタヲ、ノロウ




ところで、史上最悪の邪剣とまで忌み嫌われたクロウの長剣は、クロウの亡き後も数多くの使い手に渡ったものの、いずれも狂を発した。

時の法皇や高位の聖職者がそれは呪いゆえだと断じ、解呪を試みるも失敗。無残な屍を晒すに至る。当時の被害者は数百とも数千ともいわれている。

もはや人の身では扱いきれぬとばかりに冥府の女神ナスターシャを信仰する聖殿に奉じられると、剣はその不穏なナリを潜め、以後使い手が現れることなく眠りについたという。噂ではその聖殿には黒い髪のマレビトが葬られているとの事だが、教団は口をつぐみ、一切を語ろうとしなかったとのことだった。


・・・

・・



邪剣の使い手は発狂前、みな口をそろえて気がつけば声が聞こえてくるようになった、と言った。


声は色々な事を示唆し、なぜかその通りに行動しないといけないような気がして、しかし声の通りに行動すればかならずといっていいほど命を失いかねない危険が待ち構えていたらしい。その危険とは強力極まりない魔物であったり、あるいは国家権力であったり…


後世、クロウの剣は【喚び声の邪剣】と名づけられ、広く恐れられたということだ。

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