閑話:シルファ①
「あいつの事を知りたいって?おいおい、冒険者の素性を陰で詮索するなんざ、本人に知られたらぶっ殺されたって文句はいえないんだぜ」
男は空になった木製のジョッキを手持ち無沙汰にいじりながら言った。
「…ん?ああ、悪いね。少し飲み足りなかったんだ。…そうだなあ、まあ少しだけだったら話してやってもいいか。調べればすぐわかることだろうけどな」
なみなみと注がれたエールをすすりながら、男は気分良さそうに話を続ける。
■
あいつはさ、5、6年前くらいかな。雪の日にギルドに来たんだよ。変な黒い服を着ていたなァ…妙に仕立てが良いなとおもったのを覚えてる。
でも一番は目だね。アンデッドかなにかかとおもったぜ、澱んでいるっていったらいいのかわからねえけどよ。昔、娼館にタチの悪い薬が出回ったことがあるんだが、重い中毒症状を患ったコに似てるな、あの目はさ。
その時はギルドマスターが丁度居てな、慌てた様子であいつを執務室へ引っ張り込んで、長い時間出てこなかったんだよ。
その翌日だったな、新しくギルドに所属する冒険者ってことで紹介されたんだ。普通はよ、紹介なんてしねえんだよ。
冒険者ってのは根無し草連中がほとんどだからな。
来る者拒まず、去る者追わずってなもんだ。
みんな妙だなとおもったんだろうけどよ、そこはギルドマスターのすることだからな。
はいわかりました、と素直に受け入れたもんだ。
変な奴だった。今でも変だけどな。
話しかけても無視…ってわけじゃねえけどよ、会話にならねーんだわ。いまはほら、なんとなくわかるだろ?分かりづらいけどな!ははは
はじめの頃は雑用ばっかりしてたぜ。
どぶ攫いとか草むしりとか荷物運びとかよ。
特に草むしりはお気に入りだったみたいでな。
ほっとくと何時間でもずっと草をむしってるんだよ。
飯も食わずによ。
まあ【そういう奴】だってことでな、ギルドの他の連中も、あいつについては黙殺っていうか、きにしないようにしてたんだよ。怪しいは怪しいけどよ、ギルドマスターのおすみつきってんならまあその辺はな。
でもな、妙なことになっちまったのはアレがきっかけだった。
■
話が途切れる。
男のジョッキがいつのまにか空になっている。
催促される前にお代わりを注文してやると、我意を得たりとばかりにニヤリと笑いながら、男は話を続けた。
■
悪いね、まあでもよ、これから先の話は少し酒でもはいってないと余り話したくないことなんだよ。
…イシュマルで内戦が起きたのは知ってるよな。
それで難民がアリクスへ結構流れてきたことも。
その難民共の一部が色々トラブルを起こしてくれたことも知ってるだろ?
ギルドっていうのはよ、そりゃ大した連中もいるけど、たいした事が無い連中、日銭にこまったチンピラ、賊まがいの連中…そんなどうしようもない奴らのほうが多いんだ、もちろんそんなことは知ってるだろうけどよ。
でも、大抵のやつはその日の飯さえどうにかなればそこまで悪さはしないもんだ。
ギルドはそういう最底辺の連中の最後の砦みたいな側面もある。
だからイシュマルからの難民だって、仕事をもとめてこられればギルドは受け入れたんだよ。
人が多くあつまれば、問題だって起きらぁな…
今でも覚えてるぜ。その日はよーっく晴れた日だった。
空はまっさおでよ、朝から気分もよかったんだ。
━━…朝だけはな
■
日々の糧を得るためにギルドに登録したイシュマル王国の難民であるバロは、鬱屈した気分を抱えながらその日もギルドに出向いた。
━━畜生、帝国の奴等のせいで
━━ふざけやがって、俺達がこんな思いをしてるってのに何でてめえらはそんなツラで笑ってる?
━━アリクス王国だぁ?難民を受け入れますってか、助けようとおもってたんなら援軍でもよこせばよかったんだ!
バロはなにもかもが気に食わなかった。
自分達が、いや、自分こそが世界で一番不幸なのだと確信していた。
━━てめえらじゃやりたがらない仕事を俺達にやらせて満足か?
━━面白いか?無様か?笑っちまうか?
━━クソッ!クソッ!クソがッ!!
どんどんと音とたててギルドのカウンターまでのしあるいていく。
カウンターには黒い髪の男がいた。
受付嬢から何か説明をうけているようだ。
鬱陶しかった。
黒い髪といえば糞ったれの帝国の皇帝も黒い髪だという。
ということは、この男も帝国の関係者か?
━━てめェらのせいか?
貧すれば鈍する、難民という立場に追いやられた男は、大分前に理性を手放してしまっている。
瞬時に激し、目の前の男の肩を掴むと、思い切り後ろに引き倒した。
「おい!!くそったれの帝国の豚がなんでこんなところに!」
ガッ!と男を蹴りつけた。
「いやがるんだよォッ!テメェ!イシュマルを!」
バロは蹲る男をがんがんと踏みつけるが、憎い帝国の人間をいたぶればいたぶるほどにバロの頭は狂熱にあぶられ、感情は熱した焼き栗のように破裂寸前だった。
「死ね!今死ね!イシュマルにわびて死ね!死なねぇなら!ここで殺してやる!!!」
バロは限界だった。
突如おこなわれた帝国の大規模侵攻はイシュマル王国という小さい国家を文字通り吹き飛ばした。
原因はわからない。
しかしイシュマルが悪いわけがない。
多くの人間が死んだ。
そこにはバロの妻や子供も含まれていた。
そう、バロは限界だったのだ。
限界だった所に、黒い髪の男が現れてしまった。帝国の皇帝の髪の色は黒、妻子の仇の髪の色は黒、この男の髪の色も、黒。
「ちょっと!!!やめなさい!ギルド内で暴力行為は禁止されています!大体彼は帝国民ではありません!」
受付嬢が怒声をあげ、制止しようとする。周囲のギルドメンバーも、急な暴行に唖然としていたがあわてて動き出した。
「まてまてまて!そいつは俺らの仲間だ!アリクスの人間だ!」
「落ち着け!おい!こいつを抑えろ!手伝え!」
激昂しているバロは抑えにきたギルドメンバーを振りほどき、地べたをはいずる帝国の豚へさらに蹴りをくれてやろうとした。
受付嬢のアシュリーはキッとまなじりを吊り上げ、首元のペンダントを引き千切り攻勢術式を起動しようとした。
受付嬢と侮る無かれ、ギルド受付嬢はその職務の性質上、ならずものを相手にする事が多い。したがって荒事への対処能力、特に戦闘能力はそのへんのならず者などよりはるかに高いのだ。
だが、バロの動きが急にとまり、アシュリーはいぶかしむ。
細い腕が伸びていた。
手が、バロの足首を掴んでいた。
「…あ?」
バロの理性が音をたてて削れて行く。
しかし、彼の理性の完全なる崩壊は、痛みによって食い止められた。
バギッ…
枯れ枝を一思いに圧し折るかのような音がギルドに響いた。
バロはポカンとした表情を浮かべ、数瞬後、絶叫をあげる。
「ガァァァアーーーッ!!」
バロの足首が、握り潰されている。
アシュリーも、他のギルドメンバー達も目を見開いて硬直していた。
バロの悲鳴が理由なのではない、彼らが動けない理由は━━・・
「お、お、お、おれェ」
ガッ!ガッ!!殴打の音が響く。
「俺を、ころすって」
グチャッ…硬いものを殴る音はやがて柔らかいものを叩く音へとかわった。
「あ、あり、ありがと」
グチャッ…グチャッ…
「ころして、ころしていいから」
グチャッ……
「ころしていいから、ころす」
顔面がグチャグチャに殴り潰されたバロの首を片手一本で締め付け、持ち上げている黒髪の男の姿があった。
膂力だけで体格に優れるイシュマル人の成人男性を持ち上げられるはずがない。
男の体は全身から水蒸気のように魔力が可視化され噴出していた。
「ク、クロウ様…」
アシュリーがおそるおそる呼びかけると、クロウはにっこりと笑顔を向け、嬉しそうに、饒舌に答えた。
「俺を殺してくれるらしいんだ、もう終わりでいいんだって」
「うれしいんだよ!本当に、やっと楽になれるんだよ!だから、だから」
クロウの五指がバロの首に深々と食い込み、ギルドの床はドス黒い血で汚れている。
あまりに余りな光景に、荒事になれているはずのアシュリーすらあっけに取られてしまう。
そういえば、クロウ様の笑顔を見るのは初めてだったかも、そんな益体もないことが頭に浮かぶ。
「だからァおれもこのひとを」
クロウがそこまで言ったとき、バァンという音をたててバロごとクロウが吹き飛んだ。
「そこまで!殺してしまえば後が面倒です」
本来広範囲に被害を与えるであろう空衝(エアショック)の術式をただの2人に限定し、力まかせに吹き飛ばした者は、王都アリクス冒険者ギルドのマスター、アリクス王国において伯爵位を賜る上級貴族でもあり、王国でも3名しかいないとされる黒金等級の冒険者でもあるルイゼ・シャルトル・フル・エボンその人であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます