はじまりの町のスライム錬成師

椎菜田くと

#01 虹色の草原

 まだ陽の昇り切らない早朝。遠く東の空から薄明るくなってきたころ。町からのびる街道とその両脇の草むらが、冷たい静けさに包まれていた。

 なにかを求めて町へやってくる者。なにかを目指して町から旅立ってゆく者。いつもは多くの人々が行き交う街道も、いまはさびしくたたずんでいる。


 街道を挟むように茂る草むらは緑が一面にひろがり、赤や青、黄や紫の小さなかたまりに彩られていた。色彩豊かなそれらは、陽の光を浴びると宝石のようにキラキラ輝き、風を受けるとプリンのようにプルプル震えた。


 そこに少女がひとり。カラフルでキラキラなプルプルをせっせと集めていた。

「よいしょ、よいしょ──」

 あちこちに散らばるプルプルをスコップですくい上げ、いくつも並べられた大きな缶のところまで運んでそのなかに入れる。すくっては運び、またすくっては運ぶ。それを延々と繰り返す不毛な作業だった。


「あっ」

 つるっと足を滑らし、少女はしりもちをついた。どうやらプルプルに気づかずに踏んでしまったようだ。

「いたたた……」

 と、少女は腰をさすった。


 そこからすこし離れたところに、一匹の野犬型モンスターがいた。獲物を見据えるぎらついた瞳。肉に食らいつくのを今か今かと待ち望む鋭い牙。その肉食獣は身を低くして茂みに姿を隠し、少女を狙っていたようだ。

 獲物が転んで隙を見せたとわかると、ためらうことなく草むらから飛び出した。少女めがけて迷いなく一直線に走り、ぐんぐん距離を詰める。


「えっ──」

 少女が気づいたとき、捕食者はすでに獲物を射程圏内に捉えていた。あとは喉元に噛みついて息の根を止めるだけ──。


 そのとき、横からなにかがあらわれ、ポヨンっと野犬を跳ね返した。

 不意に横槍が入ったため、弾き返された野犬はそのまま一度距離をとり、奇襲をかけてきた相手を見定める。


 球状のからだは重力に負けて少々ひしゃげてはいるが、動くたびに震える魅惑のプルプルボディ。つやつやのお肌は透き通った情熱の赤。突然の乱入者の正体は、アメーバ状のモンスター、スライムだった。


 野犬は牙をむき出しにし、低いうなり声で赤色スライムを威嚇する。まずはおまえからだ、と赤色スライムに目標をかえて攻撃をしかけようとするが、すぐにその足を止めた。色のヴァリエーションが豊富な大勢のスライムたちが、まわりから集まってきたからだった。


「やんのか、こら」

「おらおら、かかってこいよ」

 とでも言うように、カラフルスライムたちは野犬を囲んで圧をかけはじめた。実際のところ、相手をにらみつける目も、あおり文句を発する口も、このスライムたちにはないのだが──。


 唸り声をあげながら様子見していた野犬が、スライム軍団のうちの一体に飛びかかる。先ほどジャマされた赤色スライムに狙いを定めたようだ。鋭利な爪でそのプルプルボディを引き裂く。

 攻撃を受けた赤色スライムはバラバラになって草むらに飛び散り、動かなくなった。少女が集めていたのは、このスライムのかけらだったのだ。


 ほかのスライムたちがいっせいに動きを見せる。ポヨンポヨンっと飛びかかり、野犬を押しつぶしてもみくちゃにする。

 多勢に無勢。さすがに勝てないと悟ったのか、身動きの取れない野犬は抵抗せずに守りに入った。すると、スライムたちは攻撃をやめて離れていくではないか。


 野犬は困惑しながらも走って逃げていく。

「二度とくるか、こんなとこ!」

 という負け犬の遠吠えが聞こえてくるかのような見事な逃げっぷりだった。


 少女は自分を守ってくれた赤色スライムのかけらが散らばるあたりにしゃがみ込む。

「ちゃんとなおしてあげるからね……」

 とつぶやき、そのかけらをひとつひとつ拾い集める。取りこぼしのないよう、慎重に。集めたかけらをほかのものと同じように缶に入れた。


「おーい、ユーミィ」

 と、ひとりの青年が手を振って少女に呼びかけてきた。町のほうから街道を走ってやってきたようだ。


「あ、ユーマ。おはよう」

 ユーミィと呼ばれた少女も小さく手を振りかえしてあいさつする。


「今朝も早いな」

「ユーマもね。トレーニングをしてから来たんでしょ?」

「まあな。さてと──」ユーマと呼ばれた青年は腕まくりをし、張り切って言った。「よし、今日もやるとするか!」


 手慣れた様子で軽々と缶を持ちあげ、路肩にとめてある荷馬車の荷台へ乗せていく。子どもの背丈ほどもある缶は、スライムのかけらでいっぱいになっていて、相当な重さになっているはずだった。しかし、ユーマは苦しそうな表情をこれっぽっちも見せることなく、次から次へと運び続ける。

「──いっちょあがりっと」

 すべての缶を運び終えたユーマは、ぱっぱと手を叩いて汚れを払い落とす。


「いつもありがとね、ユーマ。わたしには重すぎて持ちあげられないから……」

「気にすんなって。これでなかなかいい筋トレになるからな。おれのほうこそ助かってるんだよ」

 と言って、ユーマはにっと笑った。


「うん。じゃあ、工房に帰ろっか」

「おう!」

 ユーミィは荷馬車の前方に乗り込み、手綱をとって馬を操る。荷馬車は町へ向かってゆっくりと進みはじめた。ユーマはというと、あえて荷馬車には乗らず、馬の速さに合わせてユーミィのとなりを並走した。


 何本もの缶を荷台に乗せて運ぶ荷馬車の姿は、しぼりたての牛乳を町へ運んでいるように見えることだろう。それもそのはず、これらは古くなったために廃棄予定だったミルク缶で、酪農家からゆずり受けたものだった。

 しかしミルク缶の中身がどうなっているかというと、もとのカラフルなスライムからは想像できない黒ずんだもので満たされていた。様々な色のスライムをごっちゃに混ぜると、必ずこうなってしまうのだった。牛乳だと思ってのぞき込んだ人は驚いて卒倒してしまうかもしれない。


 木製の車輪がガタガタと音を立てながら、荷馬車は街道を進んでいく。その道沿いの草むらを、色鮮やかなスライムたちが咲き誇る花のように彩っている。草の緑色と合わせると虹色になりそうだ。


 そんな景色を眺めながら、ユーミィが言った。

「いつ見てもキレイだね」

「そうだな。これを見に来る観光客もいるくらいだし」ユーミィのとなりを走るユーマが答えた。「しかし、ふつうは信じられないよな。このスライムを全部ひとりで作ってるだなんて。ほんとにすごいやつだよ、おまえは」


「え、そうかな?」

 えへへ、と照れ笑いするユーミィ。手綱を握る手に余計な力が入ってしまい、馬が急激に速度を上げる。

「ひゃあ! は、速すぎるよぉ。ユーマ助けてぇ……」


「人が馬に追いつけるわけないだろ……まったく。すごいのかどんくさいのか、よくわからんやつ」

 荷台を引いているにもかかわらず、馬は猛スピードで駆けていく。

「それにしても速いな。おれもあれくらい走れるようになりたいもんだ」

と、置いていかれたユーマはつぶやき、荷馬車のあとを追いかけた。

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