第8話 新しいヒント

 午前中のほとんどを持ち主調査に費やしたが、結局のところ、意識不明の重傷を負ったクリストフという騎士が消去法で候補にあがったくらいで、それ以外に手がかりを掴むことはできなかった。


 遺失物管理所へ戻ってきたブラントたちを出迎えたのはサンドラだった。


「あら、おかえりなさい。何か分かった?」

「いや……それより、何をやっているんだ?」


 ブラントが気になったのは今まさにサンドラがしているある行為だった。

 彼女は例のうさぎのぬいぐるみを手にし、ジッと見つめていたのだ。


「そのぬいぐるみに気になる点でも?」


 エルゲが尋ねると、サンドラは苦笑いを浮かべながら答える。


「あぁ……別に深い意味はないのよ。ただ、さすがは高級ぬいぐるみだけあって作りが丁寧だなぁと」

「そういえば、前に編み物をしていたな」

「七番目の妹が着る服を作っていたのよ」

「な、七番目!?」

「うん。私が一番上で、その子が一番下。ちなみに、他の子も全員女の子よ」


 つまり、サンドラは七人姉妹の長女ということになる。

 ――ただ、ブラントにはそれよりもっと気になる情報があった。


「話を変えるが、さっきこのぬいぐるみを高級と言ったが……知っているのか?」

「えっ? 逆に知らないの? てっきり知っているんだと思っていたけど」


 顔を見合わせるブラントとエルゲ。

 ふたりは知らなかったが、一般的には有名なぬいぐるみらしい。

 さらに、サンドラから驚くべき情報がもたらされる。


「あっ、そういえば」

「何だ?」

「このぬいぐるみって、有名な職人がオーダーメイドで作るんだけど……それで持ち主が特定できないかしら。これを取り扱っている店って、この辺りだとデナンの町だけだし」

「ほ、本当か!?」


 それは有力な手掛かりとなる。

 デナンとは、王都近くにある町で、隣国との交易路の間にあり、商人たちからはいわゆる中継地点として扱われている町だ。

 そのため、王都ほどではないにしろ、国内でも五指に入るほど栄えている。


「デナンか……まったく考えていなかったな」

「では、次はそちらに?」

「ああ――と、いきたいところだが、こちらの仕事がおろそかになってはいけない。明日は朝からそちらへ向かうとしよう」

「出張扱いになるんじゃない? 仕事とまったく無関係ってわけじゃないから、所長も許可をくれると思うわ」

「そうだな」


 サンドラからのアドバイスを聞き入れ、早速所長へ申請しようとしたのだが、


「? その所長は今どこに?」

「昼休憩中だから、町の食堂へランチにでも行ったんじゃない?」


 言われて初めて、今が昼時であると気づく。

 ちなみに、サンドラは手作りの弁当を持ってきている。裁縫の件も含め、家事能力はかなり高いようだ。

 

「俺たちも飯にするか」

「そうしましょう。オススメのお店があるんです」

「いいな。そこへ行こうか」

「分かりました」


 すっかり遺失物管理所の空気に慣れたブラント。

 それでも、仕事に熱心な部分だけは変わっていなかった。

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