第2話 王国騎士団遺失物管理所

 将来の幹部候補として副騎士団長の側近を務めていたブラントは、右腕に負った大怪我が原因で剣を振るうことができなくなった。


 騎士団は彼に対し、これまでのような前線での戦闘任務から、遺失物管理所へと異動を命じたのだった。


 その命令が下った翌日。

 必要最低限の荷物を持ったブラントは、騎士団の詰め所と同じ敷地内にある遺失物管理所へとやってくる。

 赤いレンガ造りの建物を見た感想は――


「これは……ひどいな」


 小さい。

 ボロい。

 

 いいところを探す方が逆に難しいその場所こそが、冴えない騎士たちの集まる遺失物管理所であった。

 エリート街道を突き進んでいたブラントに訪れた初めての挫折。

 まるでそれを象徴するかのような職場環境だった。


 ――もし、ゴブリン討伐を何事もなくこなしていたら、近々行われる他国との貿易にかかわる重要な会議に出席する外交大臣の護衛任務に就く予定だった。

そこで大臣に顔と名前を売って、これからの躍進につなげる予定だったのだが、それが叶わなくなり、人生計画に大きな狂いが生じた。

 ここからそれをいかにこの遅れを取り戻せるか。

 遺失物管理所での勤務より、ブラントはそればかり気にかけていた。


「失礼します」


 覚悟を決めて中に入ると、最初に目に入ったのはカウンター。

 恐らく、ここで落とし物を届けたり、逆に受け取ったりするのだろう。

 その奥にはデスクがいくつか並んでいる――が、そこで働いていると思われる人物はわずかにふたりだけ。一番奥にある机は恐らくこの場の責任者。もうひとりはまだ新人っぽい空気を漂わせる若い女性だ。赤い髪をポニーテールにまとめ、何やら手を動かして作業中らしい。

 何をしているのだろうと気になって見つめ、その作業内容がハッキリした時、ブラントはギョッと目を丸くする。

 なんと、彼女は勤務中でありながら編み物をしていたのだ。

 責任者である所長は注意しないのかと目を向けると、所長は所長で手にした新聞へ熱視線を送っており、注意どころか訪れたブラントの存在にも気づいていないようだ。――というか、その女性騎士も気づいていない様子。


「あ、あの!」


 声のボリュームを上げて再度声をかける。

 すると、さすがに気づいたようでふたりの視線がブラントへと向けられた。


「おっ? 話に聞いていた新入りだな?」


 無精髭を生やし、制服をだらしなく着崩している(たぶん)所長がゆっくりとこちらへやってくる。


「本日付でこちらへと配属になりました、ブラント・スペリングです」

「俺はここの責任者でクラーク・シモンズだ」

「私はサンドラ・アンクリッチ。よろしくね」

「よ、よろしく」


 騎士団とは思えない緩い自己紹介。

 というより、この職場全体に騎士団特有の緊張感というものがない。これまで、前線で戦い続けてきたブラントにはとても同じ職に就いている者の働く場とは思えなかった。


「君の話はアイゼンバーグ副騎士団長から聞いているよ。大変だったな」

「いえ……それより、俺の机は?」

「ああ、空いているところを好きに使ってくれ」

「分かりました」


 その辺の適当さもこの職場だからこそか、と妙に納得してしまったブラントは適当に机を決めて荷物を置く――と、よく見ると自分の隣にある机に誰かが使用している形跡があった。


「あの、シモンズ所長」

「うん? どうかしたか?」

「こちらの机は誰が使っているんですか?」

「そこはエルケの机よ」


 所長に変わってサンドラがそう答えた。


「姿が見えないようだが」

「たぶん、この時間なら裏庭にいるんじゃないかしら」

「裏庭?」


 その言葉を耳にしてから窓へと視線を向ける。

 すると、確かに建物の裏側には庭と呼べるくらいのスペースがあるようだ。


「挨拶してきます」


 ブラントはそう言い残してそそくさと裏庭へ。

 挨拶をしたいというのはもちろん事実だが、それ以上に裏庭の存在が気になった。もしかすると、鍛錬できる場所として使えるかもしれないと思ったからだ。

 ――で、問題の裏庭へ行くと、


「うおっ!?」


 思わずたじろいだ。

 そこはまさに「庭」――だが、ブラントが想定していたよりもずっと本格的で、もはや庭園と呼べるくらい草木が咲き誇っている。よく見ると、食べられる野菜まで育ててあった。


「こ、これは……」

「あなた、誰?」


 立派な庭園に驚いているブラントに声をかける者が。

 振り返ると、そこには銀色のセミロングヘアーに金色の瞳を持つ女性が立っていた。年齢は先ほど自己紹介したサンドラと同じくらいで、十代後半から二十代前半。ブラントより確実に年下であった。


「今日付けでこちらへ配属となったブラント・スペリングだ」

「そうでしたか。わたくしはリンドレー王国騎士団遺失物管理所所属のエルゲ・ハウザーと申します。以後、お見知りおきを」


 なんとも杓子定規な挨拶をしてきたエルゲ。

 表情にも変化はなく、声に抑揚もない。 

 よく言えばポーカーフェイスで、悪く言うと無愛想といったところか。


 ともかく、これで遺失物管理所に勤めている者には全員挨拶を終えた。

 あとは詳しい業務内容を改めて所長から聞こうとした時、


「おぉい」


 タイミングを見計らっていたかのように、所長がやってきた。


「自己紹介が終わったみたいだな」

「えぇ。たった今」

「ならちょうどいい。――仕事だ。遠征の支度をしてくれ」

「遠征?」


 落とし物係なのに遠征。

 結びつかないワードであったが、これにはきちんと意味があった。


「ついさっき連絡が来てな。マドニール平原で遠征中だったグローブル分団がモンスターに襲われて引き返してきたそうだ」

「モンスターに?」

「そうだ。そこで俺たちに出番が回ってきたというわけだ」

「……どういうことです?」


 分団がモンスターに襲われるということは特別珍しくもないが、それと遺失物管理所が出張る理由が結びつかない。

 だが、もちろんそこにはきちんとした理由がある。


「彼らは退避するのに必死で、武器を積んだ馬車の荷台を平原に置きっぱなしにしてきたらしいんだよ」

「今回の任務はその荷台に積まれた武器の回収ですね」

「そういうことだ。すでにサンドラは準備を整えているから、おまえたちも急げ」

「了解しました」

 

 エルゲの説明でようやく業務内容を理解したブラント。

 そういえば、先日のゴブリン討伐の任務が終わった後で、新入り数名が戦場から持ち帰ってきた武器をまた武器庫へしまう作業をしていた。

誰がいつ持ち帰ったのだろうと疑問に感じていたが、彼ら遺失物管理所の職員が戦いの終わった戦場に出向き、再利用できそうな武器を回収したり、使えなさそうなら再利用しようと動いていたのかとこの時初めて知った。


「行くぞ、ブラント」

「っ! は、はい」


 何はともあれ、いよいよ異質部管理所での初めての仕事がスタートしようとしていた。






※次は15時に投稿予定!

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