第45話

「とまぁこんな感じで閉じ込められたんだ」


 あっけらかんとした軽い口調で語られた事実に、秀一郎は開いた口が塞がらなかった。あれだけ危険であることを強調した上に、目付け役として律まで付けた。にもかかわらず、このざまである。鴨がネギを背負って自ら鍋に飛び込んだかのような間抜けさに、秀一郎は言葉を失う。


 出された飲み物に口をつけずに処分したり、虚偽の住所を教えたり、村への来訪目的をでっち上げたりと要所要所では上手くやっていたにもかかわらず、肝心な場所でコロリと引っかかる迂闊さ。それは、偏に大地の好奇心から生じたものである。


「好奇心は猫をも殺すという諺を肝に銘じろ、間抜け」

「すまない。自分でも間抜けだったと重々反省している。だから説教は一旦置いておいて欲しい。後でちゃんと聞く」


 放っておいたら直ぐに説教が始まることを危惧した大地は慌てて口を挟む。まずは話を一通り終えてしまいたかった。


 秀一郎は喉元まで出かけた罵倒の数々を、大地が淹れたコーヒーでグッと飲み込む。


「……で、中には何があった?」

「実際に見てくれ」


 大地はそう言うと、爪の先ほどの大きさの記憶媒体を取り出した。大地が胸元に装着していたアクションカメラのメモリーカードである。


 そのカードを受け取った秀一郎は、何らかの液体を塗布した布で表面を磨き、細部を綿棒で丹念に磨き、さらに乾燥させてから、保存されている動画群を再生していく。


 しかし、肝心の坑道内以降の動画の殆ど全ては真っ暗な画面が占めており、得られる情報は大地と律の話し声のみであった。


「あー、撮影出来てなかったか……。なんてこった。そうだよな。そもそも坑道は暗かったしな。すまん」


 大地はあまりのショックに肩を落とし、今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。あれだけの事件や証拠が、全て徒労に終わったなどと考えたくもなかった。


 しかし悄気返る大地をよそに、秀一郎はふんと鼻を鳴らし、動画編集ソフトを立ち上げると、マウスでパソコンを操作をする。色調補正、輝度調整、コントラスト変更。大地には良くわからない操作を加えていく度に、まるで魔法のように動画の詳細が明らかになっていく。


「おぉー。見えるようになってきた。凄いな、駒井。まるで魔法だな」

「やり方さえ知っていれば誰にでも出来ることだ」


 大地は興奮した様子で大袈裟に秀一郎を褒め称えるが、秀一郎は素気無く返し大地から少し離れる。今にも唾が飛んできそうな程に喜んでいる大地を鬱陶しく感じたからだ。


 しかし、その途中で動画内の異変に気付き、秀一郎はぴたりと動きを止めた。


「おい大室、何だこれは」


 画面にはスマホの明かりを頼りに周囲の探索を行う大地の腕と律の姿、そして二人の周囲に散らばる多数の白骨が映し出されていた。人骨など見たこともない秀一郎には、骨の数から遺体数など計測出来ようはずもない。だが、見渡す限り隙間なく散らばるそれらが、十や二十で済まないことは明白であった。


「おー、映っていて良かった。これ証拠になるよな? ほら、この辺とか最近の衣服もあるし、スマホや時計もある。これとかも登山道具だろ?」


 動画内の大地は恐る恐るといった体で落ちている多数の物品を拾い上げては、カメラに映して周っていた。一方、律はカメラに映り込まないよう意識して立ち回っているようで、大地の腕にそっと掴まりつつ、スマホのライトでその手元を照らして補助的な立ち回りを行っていた。


 動画内でも、また現在においても全く怯えた様子がない律と大地の態度に、秀一郎は釈然としないものを感じて声を荒らげる。


「お前等のその態度は何だ。白骨化しているとはいえ遺体なんだぞ」

「いやまぁそうなんだけど。長いことあの場に居たから慣れたっていうか。もっと生々しい死体なら怖かったかもしれないけど骨だしな。異様な状況で現実感があまり無かったというのもあると思う。それと佐田も居たしな。女子の前で取り乱すなんて格好悪い真似はできないだろう。見栄ってやつだ。まぁその佐田が一番落ち着いていたんだけどな」

「……どのくらいの時間その場に居たんだ?」

「二時間くらいだ。その間、どこかに抜け道がないかを探索してた。ついでに、落ちていたカメラやスマホのメモリーカードもいくつか回収してきた」


 大地はカバンからジップロックを取り出す。その中には様々な規格の記憶媒体が多数入存在していた。他にも免許証のような身分証明になるものもいくつか入っている。


「本当はもっと色々持ち出したかったんだが無理だった」

「十分だ」


 パソコンで再生したままになっていた動画には、巨石の裏側の部分が映っている。閉じ込められた多くの者が巨石に縋りつき叩いたためか、巨石には多数の血痕や爪痕、また爪そのものが貼り付いていた。中には血文字のような紋様も見える。


 その光景に痛ましさを感じた秀一郎が動画のシークバーを先に進めると、さらに悍ましい物が画面に表示される。広間の中央部に設置された台座のような物体だ。一見すると、手術台のようにも見えるそれの上には、革製と思しき黒ずんだ手錠や足枷が備え付けられている。台座それ自体も酷く黒ずんで薄汚れている。


 それらの凄惨で痛ましい光景をじっと見つめながら秀一郎が口を開く。


「証拠品は映像と一緒に警察に届けるぞ。動画を公開して村を告発してもいい。食人習慣、もしくは村ぐるみでの殺人は間違いないだろう。報いは受けさせるべきだ」


 決意に満ちた秀一郎の言葉に大地も力強く頷く。


「だが、お前らはどうやって生還したんだ? 坑道の抜け道でも発見したのか?」

「いや、それは早々に諦めた。生きて戻れたのは佐田のおかげだな」


 大地は今までよりも身振り手振りを大きくしながら坑道内での出来事を詳らかにする。

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