第44話【ふうど研レポート・調査員R】
連休初日。本日は快晴なり。
午前六時四十七分。調査員Dの運転する自動二輪車に同乗、出発。現地到着予定時刻は九時前後とみられる。大型連休初日のため、かなりの混雑が予想される。
調査員Sにより貸与されしGPSは正確に機能しているもよう。同じく無線機も感度良好。アクションカメラに関しては現在未使用。調査員Dが自前のネックマウント型アクションカメラを使用しているため、現在のところ撮影は不要と判断。
午前九時二十三分。調査員Dの自動二輪車は山道を走るのに適したものではないらしいので、現地から少し離れた駅駐輪場に駐車。その後、最寄りの定食屋にて『げんざ芋の煮っ転がし定食』なるものを注文。果たして里芋に定食の主役を務める力量があるものか疑問を抱くも、しかして中々……(中略)
午前九時五十五分。ローカルバスを乗り継ぎ現着。富地米村周辺には何の変哲も無い
長閑な風景が広がる。バンガローはバブル後期に建てられたものであるためか、やや古めかしいものの、よく手入れが行き届いており清潔感有り。大型連休初日かつ、昨今のアウトドアブーム故か、客足は多く盛況。観光客を装い紛れ込むのに最適である。
午前十時二十分。バンガローに不審な点は無し。よって、バンガローを見下ろせる場所に位置する村へと移動開始。目視ではすぐ近くに見えたものの、地形的な問題もあり、意外と距離が存在した。
午前十一時五十八分。貸与されたアクションカメラを首元に装着。黒い衣服を着ているため、意外と目立たない。隠し撮りをしているようで、やや気が咎める。
村の探索を開始。こちらには観光客は滅多に訪れないようで、村人に不審がられ声かけを受ける。上手く潜入しているつもりであったが、どこか不審な点でもあったのだろうか。要検証。
その際、調査員Dが咄嗟に目的をでっち上げることで難を逃れる。調査員Dは「麓で食べた『げんざ芋』の味に感動し、なんとか直接入手できないかと訪れた」と説明。強ち間違いでは無い。むしろ名案である。調査員Yのためにも必ず持ち帰らなければならない。
調査員Dの言葉に気を良くしたのか、村人は村長の家への案内を買って出る。村長の家は村の最奥にあるようだ。その途上にて、村外れに白い風変わりな建物を発見。村人に尋ねるも口ごもり要領を得ない。なんとか要約するとサナトリウムのようなものらしい。
午前十二時七分。村長宅に到着。好々爺然とした穏やかな人物だ。若い人物の来訪は珍しいと歓迎され、お茶を出される。
青いお茶だ。初めて目にした。村長曰く、外国産のハーブティーの一種であるらしい。それを村で育て、名産物として販売しているそうだ。目が醒めるような鮮やかなブルーである。氷まで青い。どうやらお茶を抽出して作っているらしい。何とも心憎い演出だ。『青』は食欲を減退させるカラーであると耳にしたことがあるが、とんでもない。非常に美味しそうだ。
しかし、その美味しそうな茶は、村長が一瞬席を外した際に、調査員Dが窓際の植木鉢に流し捨てた。何故そのような無体な真似を。あぁ勿体無い。しかし調査員Dは、あのような非道な行いをしておきながらシレっとしている。意外な二面性を目の当たりにした気分だ。
その後、調査員Dは何食わぬ顔で村長に芋について尋ねていた。芋はつい最近に種芋を植えたばかりのようで、残念ながら現物は無いらしい。しかし代わりに真空パックされた品々を郵送してくれるそうだ。住所を尋ねられた際に、調査員Dが笑顔で住所を書き記した。はて、彼の住所とは些か異なるような。アルバイト先で受け取るつもりなのだろうか? 届いたら必ず分けてほしい。
村長は自慢げに里芋の生産方法について語っている。調査員Dは便乗して、由来や歴史についても質問している。熱心に質問を重ねる調査員Dに感化されたのか、村長は村に伝わる古文書を持ち出し解説を始める。目新しい情報は見当たらず。
午後三時十五分。空腹で倒れそうだ。しかし調査員Dは私のことなど全く眼中に無さそうである。
彼は村長と伝承の件で盛り上がり、何故かとても意気投合している。しかし、その甲斐あってか、どうやら特別に巨石の裏側を見せてくれるそうだ。調査員Dは子供のようにはしゃいでいる。
巨石は坑道を塞ぐように鎮座しているが、実は巨石の天辺に梯子を掛ければ人一人分くらいならば通れる隙間があるとのこと。神事のために過去に加工がなされたためだと村長は語った。
神聖な場所であるため村人でも数年に一度しか入れないらしいが、今回は特別に入り口部分までなら入れてくれるらしい。果たして余所者を入れても問題ないのだろうか?
それなりに準備が必要らしく、村長は他の村人に連絡を取っている。それは良いが、早く何か口に入れたい。
午後四時三十分頃。どうやら我々は坑道内部に閉じ込められたらしい。
経緯はこうだ。村長と村人合わせて五人と共に現地に到着後、坑道の開口部と、それを塞ぐ巨石上部に僅かな隙間があることを村長が説明。その僅かな隙間には、普段は被せ物をして周囲からは分かりづらくしてあるらしい。そして今回特別に見せてくれるのは、どうやらその隙間内部の広間の空間のことらしかった。つまり坑道入り口部分である。
入る際には坑道側面の急峻な坂を登り、巨石上部から縄梯子を掛けて降り立つらしい。注連縄まで掛かっている御神体に足を掛けて良いものか不思議に思うも、村人には特に気にした様子は見られない。
そのまま進入。中は暗くて上からでは良く見えない。村人曰く、中には社のようなものが存在するらしい。また、怪我がないようにクッションのようなものも置いてあるため、万が一落下した際にも安全であると年配の村人は笑顔で説明した。彼等は入らないのか尋ねたところ、上り下りが大変なため今日は遠慮しておくと苦笑いを浮かべていた。
早速、調査員Dが降りる。私もすぐに続く。途中、調査員Dが下で何やら声を上げているのに気付くも、声が反響していてよく聞こえない。はしゃいでいるのだろうか。自分だけ楽しんでいてズルい。私も内部を良く見てみたい。降りるペースを上げる。
半ば過ぎまで降りたところで調査員Dの声が明瞭に理解出来た。暗くて表情は良く見えないものの、かなり焦った様子で「来るな、戻れ」と声を荒らげている。もしや何か負傷でもしたのではと心配になり、こちらからも声を掛ける。
その時、縄梯子が上から僅かに持ち上げられたように感じ不審に思うも、一瞬の後、そのまま落下。当然、それを掴んでいた私も落下する。辛うじて調査員Dが受け止めてくれるが、かなり辛そうだ。私はそんなに重かったのだろうか。いや、そんな筈はない。だが、今はそれよりも縄梯子だ。慌てて上を確認し、声を掛けるも返答は無い。そればかりか、隙間に被せ物の蓋がされ、視界が闇で覆われた。その光景に調査員Dと私は呆然として立ちつくした。
以上が閉じ込められるまでの経緯である。あまりにも迂闊であったと言わざるを得ない。旅先で浮かれていたのかもしれない。だが、問題は今後どうするかである。
しかし、ひとまずは心を落ち着かせる必要がある。そうだ、確か人肌に触れることでオキシトシンというホルモンが分泌され、精神安定作用が期待できると聞いた。早速試してみよう。暗いので多少目測は誤ってしまうかもしれないが、それはまぁ仕方がないことである。いざ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます