第42話
「で、どうする?」
暫しの沈黙を挟んだ後に秀一郎が部員一同にそう尋ねる。うつむき悩む結芽は何も答えないし、律も首を振って返事を保留にする。そんな会話の切れ間を狙って、大地はおそるおそる口を開く。
「……なぁ、今問題になっているのって、結局俺たちの記事にはなんの証拠も無いから困っているってことなんだよな?」
「あぁ」
前提条件が間違っていなかったことにホッとした大地は、続けて常々自身の頭の片隅に有った考えを思い切って言葉にする。
「なら提案なんだけどさ、実際に現地に行ってみれば何かわかるんじゃないか?」
「バカが」
秀一郎の顔色を窺うように発されたその言葉に対し、秀一郎は盛大な溜息と共に大地を直截的な表現で罵倒する。その顔には心底呆れ尽くしたと言わんばかりの表情が浮かんでいる。
「大地君、今のはあなたが悪いですよ」
「危ないよ。ダメだよ」
大地としては何かしらの現状の打破になるかもしれないとの思いからの提案だったため、まさかここまで非難轟々だとは思いもよらなかった。
行方不明者の存在は確かに憂慮すべき要因ではある。だが、それも対策次第でなんとでもなる。目的地を告げ、しっかり装備を整え、報連相を怠らなければ、そこまで危険はないと大地は考えていた。だが部員たちはそうは思わなかったらしい。
「どうしてもダメだろうか? バンガローを普通に経営しているくらいだし、安全だと思うんだけどな。ゴールデンウィークのレジャー需要で人目もかなり多いだろうし」
「そんな状況であるにも関わらず、行方不明が多いからこそ不自然なんだと話しただろうが。間抜け」
なおも食い下がる大地に対し、秀一郎は痛罵を重ねる。
「大地君、村の人に食べられちゃったらどうするの?」
「いや、先輩はそもそも食人習慣については懐疑派でしょう。そもそも今でも食べているとは限らないですし。というか、むしろあり得ない話だと思いますよ。結局、カニバリズムは俺たちの推測の一つに過ぎませんし」
心配で堪らないといった様子で両の手を胸の前で組み合わせている結芽。その結芽を安心させるような柔らかい声音で、大地はゆっくりと語りかける。今まで自分達が必死で繋ぎ合わせた推論を自らの口で否定しているという事実に、どこか矛盾した可笑しみを感じて内心で苦笑を漏らす。
「そもそもの話、現地に何をしに行くのですか? しらみ潰しに行方不明者の遺留品でも捜索するおつもりですか? それとも村人に『食人習慣はありましたか?』『人肉は食べますか?』と訊ね回りますか?」
他の部員同様に律も大地の軽挙妄動を嗜めるかのように鋭い口調で問いただす。
「いや……その、正直そこまでは考えてなかった。単純に巨石を見に行くつもりだっただけなんだ」
大地の能天気な返事に律はいきり立ち、秀一郎は呆れを通り越して能面のような顔で押し黙った。結芽は俄かに重くなった部室の雰囲気にオロオロして戸惑っている。
「大地君、もう少し考えてから発言を行ってください。皆がどれほど心配しているか分からないのですか?」
「僕は別に心配していない」
「……相田先輩と私がどれだけ心配しているか分からないのですか?」
秀一郎の発言を受けて、律は律儀にも発言を訂正する。変なところで真面目な律の態度に、大地は相好を崩し笑みを漏らす。しかし、その態度は火に油を注ぐ結果に終わった。
「もう一度復唱してください」
「俺――大室大地は決して一人で富地米村に行きません」
「村だけですか?」
「……村の周辺一帯全てに近寄りません」
「巨石の存在する場所は、もちろん村の周辺一帯に含まれていますよね?」
「…………あぁ」
長時間に渡って律の説教を受けた大地は酷く疲弊した様子で、しかし何処か不服そうに律の言葉を復唱する。その態度から、何か抜け道が無いかどうか必死に考えを巡らせていることは明らかであった。
その内心を看破した律は、大地の抜け道を一つ一つ丁寧に潰すように説得を続ける。そのあまりにもねちっこい追及に大地はついに根負けする。
「分かった、分かったって。本当に行かないから、もう勘弁してくれ。だが、実際問題として記事はどうする? 何も明確な証拠は無い。里芋の記事も無理。じゃあ何を載せるんだ? 当たり障りの無い部分だけ載せるか? 俺はそれでも良いけど、そんな根拠もへったくれもない妄想記事でアクセス数は稼げるのか? 詳しい仕組みは知らないけど、ウェブサイトや動画へのアクセスが集まらないと部の収益には繋がらないんだろう?」
常より少しだけ感情的になっている大地は強い言葉で反論を行う。
大地の発言は一面的には事実であると秀一郎は考えていた。先代の遺産があるため、今はまだなんとでもなる。だが、信憑性のカケラも無いような、質の悪い記事を量産すればいずれ苦境に陥ることは明白だ。
さりとて、証拠も無しに村の名誉を毀損するような記事は公開できない。そして勿論のこと、里芋の起源論争でどちらかに肩入れするのも危うい。証拠があれば話は別ではあるが、そうでないなら大問題だ。部の所有するメディアの拡散力を鑑みるに、下手をしたら富地米村の経済基盤を奪うに等しい行為であることは間違いないからだ。
険しい表情で、むっつりと口を引き結ぶ秀一郎。部員たちの顔色を見比べてはおどおどとしている結芽。その二人を見つめた律は、これ以上の進展は無いだろうと感じ、無念そうに口を開く。
「今日はここまでにしませんか?」
「……だけど、まだ結論が出ていないぞ」
「私はそこまで慌てる必要はないと思います。まだ部が発足して二週間程度です。先輩だって我々にそこまでの進展を期待してはいないはずです。ですよね?」
「うん。慌てなくても大丈夫だよ。むしろ順調すぎなくらいだよ」
急に話をふられた結芽は少しだけ慌てつつも明瞭な声音で返事を返す。その余裕のある態度からして、部員たちを慰めるための嘘では無いことは明らかだ。
「だそうだ。それに過去の更新履歴を見ても、そこまで更新頻度は高くない。部員が多かった時代でもな。酷い時は年に一度しか更新していない年もある」
過去のデータベースを見知っている秀一郎も、そう補足する。
全員から自身の勇み足をやんわりと指摘された形になった大地は、目を瞑り頭を振って気を切り替える。
「……そうか。そうだな。少し焦りすぎていたみたいだな。すまん。それじゃあ、各々でもう少し調べてみて、連休明けにミーティングってことだな。了解した」
大地は俄かにスッキリとした表情を浮かべ、そう締めくくる。ピリピリとした空気が霧散したことで、結芽がホッと溜息を吐く。
「それじゃあ俺は今日は帰ろうかな。少しだけ図書館に寄ってから、バイト先に行く」
「私は講義に出ないとだよ。大地君、途中まで一緒に行こう?」
「はい、勿論です。佐田はどうする?」
「私も……」
「佐田、お前は残れ。少し話がある」
腰を浮かしかけた律に、秀一郎が突然声を掛ける。珍しい事態に律は意外そうな表情を浮かべるが、秀一郎の視線から何かを察して動きを止める。
「……わかりました。では、そういうことですので、先輩と大地君とはここでお別れですね。また後日お会いしましょう」
律は会話を打ち切ると涼やかな所作で会釈をする。それを合図に、結芽と大地も秀一郎と挨拶を交わし退出した。
結芽と大地が立ち去った後、部室の壁掛け時計の長針が三周した頃。律が徐に口を開き、秀一郎に用件を問いただす。
「それで話とは?」
「言うまでもないだろうが」
「やはりそう思われますか?」
「あぁ」
「困ったものですね。まぁ気持ちは理解出来ますが」
「で、どうするんだ?」
「そうですね。では……」
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