第20話【民間伝承の正体】
著者 須木高学
(本書は、テレビ番組の特集にて、富地米村の伝承についての意見を求められた際の氏のコメントを抜粋・編集したものです)
(前略)
あれは後生の創作ですよ。間違いないです。僕も興味があって色々調べてみたんです。ですが、まぁ酷いもんでしたよ。矛盾だらけでした。順を追って説明していきますね。まずは伝承を読んでいて感じた矛盾点についてですが……。
(中略)
というわけで、村の古文書だと「法師が訪れる」「村の惨状を知る」「その足ですぐに鉱山に向かう」「何かが起こった」という流れがあったわけです。それで轟音が聞こえて、村人が向かったら巨石が既に存在していたという結果が残っていた、と。
つまり、この二番目のステップの「村の惨状を知る」の時点で、法師と村人との間になんらかの情報交換プロセスが存在した筈だと思うんですよね。というか、そうでなければおかしいし、話が成り立たない。
何故か?
法師が外来の人物だからです。情報交換無しには村で起きている騒動なんて知る由も無いからです。また、地元の者でも突き止められなかった鬼の住処を外来の者が案内も無しに見つけられるはずがないからです。
そして、その情報交換の内容は他にも存在したと考えられます。さもなければ村に伝わる伝承が成り立たないからです。では、そこでどんな情報が交わされたか? 考えられるのは、以下の三つです。
(甲)村の現状の説明と鬼の居場所の情報提供
(乙)法師の自己紹介
(丙)法師が鬼を封印しようとする目論み
では、何故私がこの考えに至ったのか、パターン毎に考えてみましょう。
【パターン①(甲)】
村をたまたま訪れた結果、(甲)の情報だけ知った法師が鉱山に単身で攻め込んだとします。その場合、法師の詳しい逸話が残っていない理由も、村人が轟音を不思議に思って鉱山に向かったという部分も筋が通りますね。
だって法師は名乗っていないし、封印の説明もしてないんですから。村人からしたら轟音も寝耳に水でしょうしね。『一体何が起きたんだ?』となる筈です。
しかしその場合だと、そもそも法師が鬼を封印した人物かどうかなんてわかりませんよね。誰も現場を見てないんですから。
轟音がして鬼が突然居なくなった。直前に謎の人物が来て、村人に鬼の居場所を聞いて立ち去って行ったのが目撃されている。『謎の人物はきっと徳の高い法師様で、村の現状を知って鬼を封印してくれたんだ。そうに違いない』
この程度の信憑性もクソも無い話に成り下がってしまいます。なんとも胡散臭いですよね。大部分が村人の推測でしかない。
【パターン②(乙)】
法師が自己紹介だけを済ませた場合。(甲)の情報が無いので鬼の居場所は分からないし、村の現状も知らない訳ですよね。つまり鉱山に乗り込む動機が無くなります。
まぁ村の現状に関しては百歩譲って納得は出来ます。見れば荒れ果てているのは分かりますしね。ですが、それが鬼の仕業だなんて、その日たまたま立ち寄った旅人に分かるわけがありません。これでは情報不足で動けない。
それから、もう一つ。特にこれが致命的なんですが、鬼の居場所に関してです。
逸話では、金鉱に出入りしていたはずの地元民ですら、鬼の住処は特定できずにいたんです。それくらい鬼は神出鬼没であったとされています。その広大な金鉱に情報無しで乗り込む? 外来の法師が? 少し無理がありませんか?
最後にもう一点。(乙)の情報ですね。自己紹介をしたのなら、法師の情報が残っていない説明が付きません。というわけで、このパターンはあり得ないと思います。
【パターン③(丙)】
次、パターン(丙)です。封印することだけ伝える場合。これも②と同じ理由でおかしいです。現状も分からないので義憤に駆られるもクソもない。鬼の所在も分からない。
【パターン④(甲&乙)】
攻め込む動機に関わる(甲)についてと法師の自己紹介の(乙)だけ情報交換がなされていた場合ですが、その場合は法師についての情報、見た目や人柄が残っていない説明が付きません。村の恩人なのに。
【パターン⑤(甲&丙)】
村の惨状を知って、鬼についての情報もあって、しかも法師が封印しに行くことを伝えていた場合、つまり(甲丙)です。一見あり得そうですが、これも不自然です。
封印することを事前に村人が聞いていたなら、轟音がしたから不思議に思って鉱山に向かったってくだりがおかしいですよね。だって封印するって聞いていたんだから。『あ、法師様何かしてくれたんだな』って想像が付きますし、なんなら見張りやら案内の付き添いくらいは付けませんか?
【パターン⑥(乙丙)】
最後に(乙丙)の場合ですが、これはもう分かりますね。鬼の情報は得られていないし、攻め込む動機も無い。
パターン②③⑥の全てに言えることなんですが、鬼の住処に関する情報が得られていないというのは本当に致命的です。
繰り返しになりますが、郷作村の金鉱山はとんでもなく広大ですからね。現在では入れないので詳しくは分かりませんが、坑道は数十キロはあるそうですし、道も網の目のように様々な横道が張り巡らされているそうです。そんな坑道を案内や情報無しに、地元民でもなく土地勘も無い法師が一人で入るって無理がありますよね。
【パターン⑦】
ここで、もう一つの仮定です。『郷作村の鬼の話は実は地域では有名な話で、村の惨劇も鬼の住処も知られていた場合』です。
もしこれが事実なら、僕の説明したパターンの前提が崩れて全てひっくり返ります。これなら噂を聞いて義憤に駆られた理由も理解できますし、鬼の住処を知っていた理由もギリギリ納得です。
ですがその場合には、周囲の地域に鬼の話が一切広がっていないという新たな矛盾が生じます。
村が壊滅しかねない程の被害が出ているんですよ。にもかかわらず国どころか、隣村までそれを把握していない。税が滞ったりして役人が調べに行ったりするはずですよね。当時の郷作村はそこらの農村ではないんです。金鉱地ですよ。重要度が桁違いです。
しかし周囲の村の古文書や資料を見ても、郷作村が金鉱で栄えたという話から、農業メインにシフトして以降の記録しかない。鬼とか疫病とか言っているのは当事者だけです。富地米村以外には鬼の記録は一切残っていない。
以上の考察から、僕には鬼が実在したとはどうしても思えないんですよ。
そもそも鬼だけじゃなく、旅の法師様というのも正直よくわからないんですよね。僕も関連の古文書は色々漁りましたけど、法師の名前どころか見た目や性別、宗派、人柄、何もかもが分からない。伝承の発言内容以外には一切触れられていない。『村人の窮状を哀れんで、義憤に駆られた』みたいな曖昧な情報しかない。普通なら恩人の名前くらい聞くじゃないですか。でも何も残っていない。こんなことって有り得ます?
それなら最初から法師なんて存在しなかったんだと考える方が納得が出来ます。それくらい存在が疑わしいんです。
他にも怪しい箇所はいくつかあります。例えば、古文書の後半の「鉱山を封印したら村人が生活に困るだろうと心を痛めた法師が……」っていうくだりです。
これ、不自然すぎませんか?
先程説明したように、法師が封印の事を伝えていたと仮定するなら『轟音に何事かと驚いた』という記述がおかしくなる。しかし一方で、伝えていなかった場合を考えると、それはそれで話の整合性がとれなくなるんです。『じゃあ、この法師の心情は一体誰が聞いたの?』って話になるんです。これ創作で言う〝神の視点〟ってやつですよね。後生の勝手なねつ造にしか思えません。
なんとか理屈付けるならば、鬼が消え鉱山が封印されているという結果から、村人が逆算して法師が鉱山を封印したに違いないと推測したとなります。そして法師は、村人の事を想って封印前に対策を施していた、と村人は考えているという感じになりますかね。
(中略)
以上の事柄から伝承は後生の創作だと断言できます。決して全てが創作とは言いませんけどね。創作に至ったモデルが存在したことは間違いないと思います。
具体的に考察すると……そうですね、おそらく奈落や鬼とは鉱山によくある有毒ガスの類の暗喩だと思われます。『炭鉱のカナリア』の逸話からも分かるとおり、鉱山と毒ガスは切っても切り離せない関係ですから。他にも一酸化炭素中毒、崩落、粉塵爆発、メタンガス。鉱山には、ありとあらゆる危険が存在しています。
鬼が現れて人間を炙って食べたというくだりも、可燃性のガスの爆発事故の焼死体や肉片の様子の描写とかじゃないですかね。謎の奇病は死体を長らく放置した疫病で説明がつきます。爆発事故で働き盛りの鉱山夫を多数失ったんでしょうね。それで、労働力が不足して、結果死体を処理出来なかったのでしょう。
そして、毒ガスが噴出したままで困った村人連中が、どこからか巨石を運んできて蓋でもしたんですよ。簡単な話です。古代にピラミッドやら古墳を作れたんです。江戸時代に巨石を運ぶくらいわけないでしょう。
(中略)
ゴールドラッシュで栄えていた村に毒ガスやら疫病なんて致命的ですし、沈静化しても鉱山を閉じざるを得なかったでしょうしね。そこで伝説をでっちあげて、少しでも観光客や旅人からの観光収入でもかすめ取ろうとしたんじゃないですかね。僕はそれが悪いことだとは思いませんけどね。現代でも似たような事例はいくらでも存在しますし。
(中略)
(伝承の豊作について)400年前と言えば江戸時代初期ですよね。ちょうど戦国時代が終わって、農具がどんどん改良されていった時代です。戦争で荒れ果てていた農地も一通り手直しされた頃でしょうし、単純に収穫量が増えたんじゃないですか? 伝説とは全く無関係だと思いますよ。
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