第11話

 その画面には都市伝説の検証を目的としたウェブサイトが表示されていた。大地でも知っている有名なウェブサイトだ。オカルトでブラウザ検索すれば検索結果で一ページ目最上段には表示されるくらいには有名なものである。


「有名なウェブサイトですね。俺もよく見てますけど、これがどうしたんですか?」

「ふふふ。なんとっ! 実はね……」

「このウェブサイトは、この部で管理しているものだ」

「あぁっ。私が言いたかったのに」


 またしても勿体ぶるように口を開きかけた結芽を遮って秀一郎が口を開く。このまま結芽に任せていたら日が暮れてしまうと判断したためだ。


 秀一郎は自身もつい先日に結芽から聞かされたばかりの、この『ふうど研究部』の財源について大地と律に噛み砕いた解説を始める。


 創部以来、ふうど研究部は活動記録を一般公開していた。一昔前なら同人誌や会誌の頒布、雑誌への投稿や寄稿といった紙媒体がメインであった。しかし現代においては、ウェブサイトや動画サイト、SNSに重きを置いた活動が主流となっている。


 定期的に発刊、更新されるそれらは、それなりに人気を得ており、現在のオカルト界隈では知らぬ者は居ないほどのアクセス数を稼ぎ出す程のコンテンツとなっていた。


 そして月に数百万アクセスを稼ぎ出すコンテンツとなれば、広告収入だけでもかなりの額になる。それに加え、による宣伝と経済効果を求めて、一般企業や自治体からの直接依頼案件による収入も多数存在した。


「ウェブサイトや動画サイトからの広告収入は理解できます。視聴者数によって収益が変動するというものですよね? ですが、その……オカルトや都市伝説といった、ある意味では胡散臭いと看做されがちなコンテンツに広告を依頼する方など本当に存在するものでしょうか?」


 訝しげに放たれた律の問いに対して、大地が苦笑いを漏らす。オカルト好きとして、という言葉に敏感に反応したためだ。しかし悪気は無いのだろうと判断して顔を上げると、同じことを考えていたであろう結芽と目が合い、お互いに僅かに微笑む。


「何を見つめ合っているのですか」

「あ、ごめんね。ちょっと可笑しくて。えぇっと、どんな人が広告を依頼するか、だよね? 答えは色々だよ。地方自治体から企業まで、本当に色々」


 慌てて誤魔化した結芽が実際の事例を挙げ始める。


 過去には、ツチノコ騒動や河童伝説のようなオカルト要素を利用して町おこしに成功した地域はそれなりに多い。そうなれば当然、第二第三のドジョウを狙う者も現れるようになる。彼等は地元由来の伝承にちなんだグッズ展開や、観光地化による経済効果を夢見ては一か八かの挑戦を繰り返した。


 しかし、その多くは失敗に終わっていた。理由は明白だ。あらゆるモノが不足していたからである。資金不足、拡散力不足、ノウハウ不足、人材不足。オカルトブームの成功例の背景には、実にその数十倍もの失敗が積み上げられていた。


 だが、それでも諦めきれなかった者達は、プロのコンサルタントへと依頼をすることで足りないモノを補った。そしてそれは、実際に多くのケースにおいて功を奏した。ノウハウを持ったプロによって力業でブームが巻き起こされ、多大な集客と収益が発生し、町おこしの成功例もさらに増加した。


 しかし勿論、全ての団体が潤沢な予算を割けるわけではない。


 資金繰りに苦慮していた者達は、苦肉の策でありとあらゆる伝手をあたり情報を収集した。そして最終的に、とあるオカルト情報発信団体に目を付けた。界隈では有名な、長く活動を続けている団体だ。


 この団体の何より素晴らしい長所は、プロに依頼を出すよりは圧倒的に安く済み、しかしながら拡散力はプロにも決して引けをとらない点だ。商品開発や企画面に関しては弱い。しかしそれとて、過度な干渉や中抜きを避けたい者達にとっては寧ろ都合が良かった。そういった背景から『ふうど研究部』及び彼等が運営する媒体は、予算の少ない団体から重宝され、引く手数多の状態となっていた。


「なるほど。概要は把握できました」

「俺も、まぁ何となく理解した……ような?」


 秀一郎は理解の浅い様子の大地を忌々しげに睨みつけて溜息を吐く。自身も骨を折って説明しただけに徒労感は大きい。


「この際細かいことはいい。要するにだ、この部は非常に収益性が高い媒体やコンテンツを複数所有しているってことだ。そして、そこから得られる成果の一部は部費や活動費に充てて、後はそれぞれ分配していいらしい」


 秀一郎はチラリと結芽に視線を送り、話の先を促す。


「そうそう。調査活動という名のアルバイトをしているって考えてもらえれば分かりやすいかな。勿論、活動経費とかも全額支給だよ」

「それは本当にありがたいです。いやでも、それは甘え過ぎなような……」

「代々続く慣習だし、軽い気持ちで受け取ってくれていいんだよ? この部の全て、データベースも媒体も、コネも何もかも好きに使ってくれていいから」

「そうは言いますが、そんな貴重な物をホイホイ受け取るわけにはいきませんよ」


 過去の部員達は、収集した資料を時にはそのまま、時には手を加えて公開し、その結果として利益を生み出し活動費用を捻出してきた。時代によって媒体にこそ変化はあったものの、先代の遺産を利用し、また自らも次代に残すべく活動した事実に変わりはない。


 しかし大地からしてみれば、とてもではないが軽く受け入れられる内容ではなかった。それは例えるのならば、ある日突然、他人から『家をやる』と言われたに等しい提案であるからだ。


「まぁまぁ、そこまで気負わないでも大丈夫だから。有効活用した分は活動に貢献してくれればいいから。もし仮に失敗しても大地君が失うモノは何も無いしね。お金が入らなくなっちゃうから活動に関しては少し困るかもだけど。ふふ」


 なんでもないことのようにあっけらかんとした口調で結芽がそう説明する。しかし大地はすぐには飲み込めず、律に視線をやり意見を求める。


「非常に責任重大ですね。ですが失敗しても構わないそうですし、入部してみても良いのでは? 微力ながら私も活動のお手伝いをします。もっとも、私にはウェブ関連のノウハウはありませんが」

「俺も全然だ」


 二人は困ったような顔を浮かべて結芽を見る。今まで活動していた結芽ならば当然それくらいは出来るのではないかと考えたためだ。


「ちなみに私も無理だよ。でもね……」


 結芽はキッパリとそう断言する。そして、すぐさま得意げな表情を浮かべ、全身を隈なく用いて残った人物の存在を強調するかのように大仰なアピールを開始する。


 しかし、それを鬱陶しそうに一瞥した秀一郎は、結芽のアピールを遮って口を開く。


「それに関しては僕がやる。僕はそのために入部したからな」


 肩を落とす結芽をよそに、秀一郎は無愛想な表情で、しかし内に強い情熱を宿した強い口調で言い放つ。


 秀一郎は自身が口下手であることを理解している。数年後の就活でも大いに苦労することは自明の理である。故に何か、誰が見ても明らかな実績が必要だと考えていた。


 そんな時に偶然結芽に出会い、秀一郎は勧誘されるがまま入部した。結芽の提示した条件が秀一郎にとっては渡りに船であったからだ。


 膨大なアクセス数を誇るコンテンツや、データベースの管理や運営。そしてその経験。その立場は望んだからといって容易に得られるものではない。それを多少なりとも金銭を得ながら学べるのだ。仮に失敗したとしても失うものは何も無い。それどころか得られる利益はとんでもなく大きい。しかし勿論、秀一郎とて失敗する気はさらさらなかった。


 内心で強く意気込む秀一郎を頼もしそうに見つめていた結芽は、大地と律の方へと向き直ると話を締めにかかる。


「話はこんなところかな。大体は理解してもらえたよね? それじゃあ、そろそろ入部についての返事を聞かせてもらってもいいかな?」


 大地の二つの懸念点、時間的な問題と金銭的な問題、のどちらにも結芽なりの答えは用意した。実際にそれなりに好感触も得ている。これで無理なら仕方がないと、結芽は覚悟を決めて返事を待つ。


「話がうますぎて少し不安ですが、そこまで融通を利かせてもらえるなら入部させてもらいたいと考えています。ウェブ関連も駒井が担当してくれるみたいですし」


 大地は悩みが吹っ切れたとばかりに爽やかな表情でハキハキと返事をする。しかし後半のウェブ関連に関してだけは、自分もしっかりと勉強していずれは力になろうと強く意気込む。


「佐田はどうするんだ?」

「私も入部を考えています。企業や自治体との交渉などは将来の役に立ちそうですしね。ですが最後に一つだけ質問を良いですか?」


 大地の返事を受けて律も前向きな返事を返す。元々は大地の付き添いで来た律ではあるが入部に関してやぶさかではなかった。しかし、どうしても一つだけ気になっていた事柄があったため、入部を確定する前に結芽に疑問を投げかける。


「ふうど研究部の名称が、漢字ではなく平仮名である理由を教えてください」

「あ。それ俺も気になってたんだ」

「……」


 律の発言に対し、大地はすぐさま同意を示す。秀一郎は言葉こそ発しなかったものの、やはり気になっていた様子で微動だにせず趨勢を見守っている。


 当の結芽は俯いたままで意味深長な沈黙を保っていた。しかし徐に顔を上げると、勿体ぶった口振りで名称の由来を語る。


「……実はね、過去に風土研究部をフード、つまり食べ物ね、と間違えて入部した新入生がいるの。でね、その子は『何かおかしいなぁ』とは思いながらも数ヶ月間普通に活動していたらしいんだけどね、ある日偶然後輩の勘違いに気付いた先輩がね、その日の内に規約を書き換え……」

「しょうもないな。僕は帰る」

「俺も今日はこの辺で。ちょっと考えたいことができたので」

「では私も失礼します。大室君、今からサークル見学をしに行きませんか?」

「あぁ、いいな。行くか」

「えぇ? 入ってくれるんじゃなかったの? 話が違うよ! 待ってー」


 慌てふためいた結芽は律と大地の袖を掴み必死で引き留めにかかる。


 秀一郎はその光景をチラリと一瞥したのち、軽く会釈だけして何も言わずに退出する。目の前で繰り広げられていた茶番のノリが肌に合わなかったからだ。これ以上この場に居たくはない。


 しかし一方で、自身でも意外なことに気分は思いの外悪くなかった。それは、この小汚い部室で苦しむのが自分だけではないという事実に少しだけ愉悦を覚えていたからだ。


(確かこういう感情を〝シャーデンフロイデ〟って言うんだったか)

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