雨降る日
@akuaburu_fox
雨降る日
ザーザー、ザーザー、
雨が降っている。
雨は、手加減という言葉を知らないような顔して強く降り注いでいる。まるで神様が雑巾絞りでもしているみたいだ。
私は、ふすまを開けて居間の中に入る。
ふすまは開いたままだったがすぐさま別の音が入ってくる。
トン…ポン…カン…コン…
バケツやらたらいやらで雨漏りを受け止めている。
しずくがこぼれる落ちる音は寺全体に響きわたって消えていく。
そっと目をつむってみると頭の中にたくさんの水が流れ込んでくるみたい。とても心地よくて落ち着く…
私はこの心地よさをもっと感じたいと思ったので、試しにいろいろやってみた。
本を読んでみてはどうだろう。雨音を片手に織田作之助の『雨』とか読もうか。雨の日だから『雨』なんて安易な考えだが悪くはなさそうだ。でも、今は梅雨の時期だし雨が降っていないほうが珍しいとも言えてしまう。
じゃあ、居間を掃除してみてはどうだろう。いつも掃除しているためほとんどピカピカだった。とりあえず隅っこにうずくまっている小さなほこりをさっさと掃いてしまおう。
今度は寝っ転がってみた。畳の上は安心して気持ちいいので寝てしまいそうだ。
しっぽをふわふわと揺らす。
「ふぁ~、、」と大きなあくびを一つ。全身から力が抜けていくようだった。こんなにも平和で、心地のいい日常が続けばいいのに。
私はそのまま、お昼寝(?)というひとときにもたれかかった。
雨がやんでいた。神様のお掃除が終わったのかな。
雨漏りで使っていたバケツの中は乾いていた。
体を起こして髪飾りの鈴をチリンと鳴らす。
水を流すため、居間から縁側へ。そして、外へ出た。
思っていたほど寝ていなかったようだ。
太陽は中間地点を折り返して下り道にかかる。乾いた土に水を撒いてやった。やはり熱くなってくると水撒きも必要になってくるものだなぁ。
そんなことを考えていた。
雨って不思議だなぁ。
雨の後の天気が良くなるというのは本当なんだね。
あんなに大きな雲が水を運んでいるなんて。雨がないと作物は育たないし、湿度も上がることがなく常に乾燥していることになる、
雨ばかりの日はあまり好きじゃないけれど、雨の日は好き。
一人で何も考えずただぼーっと雨漏りを眺めているだけでもいい。
それだけでも、心を落ち着かせることができる。
雨の持っている能力の一つなのかもしれない。
それにしても、家が山にあって寺だというだけでこんなにも暇になるものなのだろか。普通の生活よりは自然がたくさんあるし、楽しく過ごすこともできそうなのにな。日向ぼっこしている日だってあるのに。
私は、うんうんとうなずきながら、癖で後ろに手をやった。すると、いつもあるはずのものがなかったのだ。もちろん、疑問を抱かずにはいられない。
では、なぜ無くなったのか、そこから議論していかなくてはならない。さて、なにから考えようか。
まず、身の周りの確認からしよう。後ろにない。と、いうことは少なからず……。とりあえず鏡を確認していこう。
見た目はそんなに大差がないみたい。一応、一安心はしておくが安心できるほどの状態じゃないので、まだまだ観察に取り掛かる。すると、パッと目に入ってきたのら頭だった。髪の毛は元の長さと一緒だし、色だって変わっているようには見えない。だが、何故かとてつもない違和感に襲われたのだ。私はその違和感の正体を暴くために、頭に手をやろうとしたが、その手はお腹へと向かっていた。
「ぐぅ〜」
お腹空いた。とりあえずキッチンへ向かう。
その時、私は何かを感じ取った。
そして、もう一度鏡へと向かった。
「私、もしかして姿変わった?」
流石にないと思っていたが、完全に人間になっていた。
青々とした緑が、風にあおられる。
「…私人間になってる」
頭の中はまっさらだ。一体何がどうなってこういう現実になってしまったのか分からないから余計大変だ。
「もしや、夢か!!」
自分のほっぺをつねる。
「ひたい!!」
夢ではなく現実であるということを改めて確認したところで、何故か冷静さを取り戻した。この現状を受け入れるしかない。とりあえず外に出ようと、縁側へと足を運ぶ。緩やかな風が裾をヒラヒラと揺らす。
外に出てみると、あまりいつもと変わらない風景が続いていた。ここが山の上ということも変わらないまま。見下ろした街並みはなにか普段と違うような気もするが、今の状況を脳が理解してそう感じているだけだろう。
私は頭を抱えた。第一に何故こうなってしまったのか、次にここは違う世界なのか、最後に戻ることは出来るのか。考えた結果、ひとつの答えが出た。
起きた時にこの世界に来たと推測した時に、原因は眠りにあるとみた。とりあえず、もう一度眠って帰れるかどうか確かめてみよう。
そうして私は、もう一度同じ畳に同じ体勢でごろんとして目をつぶった。
昼下がり、私は目を擦った。一つあくびをして、鏡の前に立った。まだ少し寝ぼけているのか、目の前はあやふやに映っている。後ろから最後の力を振り絞った太陽が暖かな光で私を照らしている。
夕方までぐっすり寝れたが、これは完全に敗北だ。
「寝るだけじゃだめなのかな」
私の姿はさっきと同様に人間の姿のまま。
他にもいろいろ試そうと思ったが、これといった解決策が出てこなかった。
なんせ、今日は何か特別なことをした訳でもないし。ただ掃除したり、本読んだり、寝たり…本当に特に何もしていない。
ただ何も無い日常にこんなに大きな不思議が生まれた。
何か、変なことが起こってこうなったには違いない。
私はきっと「何か」があるのだと確信した。
とりあえず、日も暮れてきたので夕飯でも作ろうと思った。台所に向かうと冷蔵庫があって、鍋もあって、まるで誰かが住んでいたかのような家だ。
「賞味期限は…うん。大丈夫だね」
私は卵2つほど手に取り、パカッと割って、じゅわ〜っと焼いた。あっ!と思い出したように、冷蔵庫を開ける。ハムを入れ忘れていた。私は目玉焼きを食べる時にどうしてもハムが欲しいんだよね〜。半熟卵が割れてハムにそれがとろ〜りと流れる…。まさに絶品だよね。
うんうん!と食べるのが待ちどうしくなっていたその時、事件が起きた。
「焦げた…」
そう、焦げたのだ。
食べることに現を抜かしていた。まだ食べられないと言うほどのものでもなかったので、ひょいと口の中に放り込んだ。
…ちょっと苦い。
外も真っ暗になった頃、私は押し入れの中に入っていた布団を敷いて寝ることにした。初めて来るはずの場所なのに、なんだか不思議。すごく居心地が良い。まるで本当にずっとここに住んでいたみたい。そう思いながら、太陽を頼りに自分を主張している光に目をやった。今日はよく光っているため、なかなか星が見えにくい。かえるやひぐらしの歌声が初夏を感じさせる。緩やかな風の音と共に部屋全体を包む。
今日ずっと寝ていた私は、今ぐっすり眠れている。
予期せぬ事態が起こったため、不思議と疲れてしまったのかもしれない。
卵から孵り、成長して、羽を生やして、地中から飛んで舞う蝉のような心が、そっと眠りについた。
そして、朝。
私が目を覚ますと、そこには見慣れた光景が広がっていた。
布団を押し入れにしまって、朝食の支度を始めた。
虫たちの歌声が一斉に飛び交っている。今日は少し出かけようかな。私は山を降りて、町中に入る。子供たちが走っていたり、お母さんたちが家の前でおしゃべりしていたり、見ていて微笑ましいものばかりだ。
私はとりあえず食材の買い出しとしてここに来たので、まず向かうのはスーパー。「特価!」と書かれた紙には思わず目を奪われる。
「き、きゅうり3本入りで…29円!?」
声が出てしまった。また夏を感じさせられてしまった。
必要な食材と、調味料。ついでにアイスも買っておいた。まだ夏が本格的に始まっていないが、さすがに暑すぎる。棒状のバニラ味のアイスを咥えながら歩く。
帰り道。私は、いつもの場所に向かった。
「いつみても綺麗だな〜」
そこからは、町を見渡せるほど見晴らしのいい場所。私が小さい頃からずっと通っているのだ。
そんな場所には、先客がいた。行儀よくベンチに座って、町を眺めていた。私も後ろの方から大きく息を吸いながら街を眺める。
「あなたは、この町の人?」
突然のことに私はびっくりした。
声をかけたのはベンチに座っていた少女。その子はこちらに向かって歩みを進めた。
「あなたは知らない顔ね」
私はぐっと息を飲んだ。そこから少し沈黙があったので、私から話しかけることにした。
「君はこの町の子かな?」
「えぇ、まぁ。あまり詳しくは言いませんが、この町と似たようなところですかね。」
似たようなところ?あまり詳しく言えないってどういうことなんだろう。お母さんに「知らない人には喋らない」と言い聞かされているのだろうか。
その少女は私とほぼ同じくらいの身長で、可愛らしい女の子だった。会ったことは無いはずなのに、何故か知っているような気がする。少女は後ろを振り返りもう一度町を見渡した。
「私ね、この町に住んでるただの子供だったの。でも、何故か分からないけれど、鏡を見た時に自分じゃなかったんだ。親に相談するのも怖くて、一人で隠しながら居たの。」
少女は語り出した。
まるで私の体験とリンクするように
「それでね。とりあえず外に出ようと思ったの。どこに行こうか迷っていたら、体が勝手にここに連れてきたの。そしたらあなたが来た。」
…え、
「だから、考えてみたの。もしかして、私たちは魂が入れ替わっているのかもしれないって、」
確かに、言われてみればそうだ。
私も知らない体を今操っている。でもそうなると、魂が入れ替わるという言い方が間違いに聞こえてくる。普通なら体の元に向かうので、目覚めた時にいる場所も当然変わっているはずだ。
だから、魂が入れ替わると言うより、魂あるところに体がたどり着いてしまった…。ということなのだろうか。
でも、どうしてこんなことが起こったのだろう。
「私ね、考えたんだ。いっぱいいっぱい考えて、よく分からなくなったの。でも、一つの答えを導いたよ。」
少女はそう言って近づいてくる。みると、少女にはしっぽがあった。にこっとしながら、私の手を握った。そのまま彼女は崖へと一直線。
「一緒に落ちれば戻るかもしれないってね」
「え…?」
私と少女は崖から落ちた。
真っ逆さまに落ちていった。あまり高くは無かったが、しっかりと死んでしまうくらいの高さから。
その時、うっすらと少女の後ろにしっぽが見えた
私は、四度目の目を覚ました。
ザーザー、ザーザー
目を覚ますと、雨が降っていた。
雨は、手加減という言葉を知らないような顔をして強く降り注いでいる。
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