三日間だけの恋人

森前りお

第1話 8月13日

 「あっつー」

 

 扇風機の前を私が独占してべとべとな汗を乾かす。真夏の暑さにエアコン無しは辛い。

 なぜこうなったかと言うと――。



 


 「あら」

 

 お婆ちゃん家に着いて、まずエアコンのリモコンを探した。

 ぽちっとエアコンのリモコンの冷房と書かれた突起を押してもエアコンはつかない。電池を変えてもつかない。

 まさか、これは。


 「壊れたわね」

 「この真夏の暑さにエアコン抜きは耐えられないよ!」

 

 と言っていたが結構耐えれる。木が多い自然に囲まれたこの場所は空気が澄んでいてとても気持ちいい。太陽の暑さだけは仕方がないと割り切れればここでお盆までの数日は耐えれる。


 「渚、行くわよ」

 

 どこに行くのかと言うとうちの裏山にあるお墓にだ。毎年、一度はその場所に行く。

 裏山は家の中より涼しくて、流石自然の力と思った。

 結構急な斜面が続いていて祖母や母はよく息を切らさないで済むなと羨ましく思う。

 母と祖母より少し遅れて私はお墓にたどり着いた。

 祖母が私達が来る前にお墓を掃除してくれたのか、あまりお墓は汚れていなくて、花を手向けて花立てにここまで持ってきた水を入れる。

 そして線香を香炉皿に置く。

 私に続けて、母、祖母の順番で線香を置く。


 「じゃあ、行こうか」

 

 祖母が私と母にそう声をかけた。

 山を下りる時の順番はもちろん私が一番最後だ。

 案の定、二人は私より大分早く下りていた。

 家に帰ると二人は冷えた麦茶をごくごくと美味しそうに飲んでいた。

 私のは用意されているのかと机の上を見ると氷の入った美味しそうな麦茶が置いてある。

 私はそのコップを取り、がぶ飲みした。

 疲れた後の麦茶は一番美味しい。

 

 「近くに渚と同じくらいの年齢の子が居ると思うから、その子と外で遊んで来たら?」

 「女の子?」

 「男の子」


 お母さん、この時期の男女は思春期であまり関わりたくないのだよ。関わるのはカップルだけだ。


 「その子、かっこいいわよ」

 「ほんと!?」


 かっこいい。その言葉には食いつく。そりゃあ、私だってカレシが欲しい。

 

 「じゃあ、行ってきます!」


 私は急いで靴を履き、外へと向かって走り出す。

 さっきまで歩き疲れて動かないと思っていた足は不思議と軽かった。

 

 「そういえば、家聞いてなかった」

 

 こんな暑い日に外を歩いている人なんているはずもなく、しばらく歩いて人を探していた。

 とベンチに座っている人発見。

 制服を着ているということは私と同じ高校生の可能性が高い。

 私はベンチに座った男の子に声をかけた。


 「こんにちは」


 彼は振り向かなくて、私はもう一度「こんにちは」と声をかける。

 それでも彼は気付かなくて、私は今度は彼の肩を叩いてみる。

 するとやっと彼は気付いたらしかったが、それでも驚いていた。

 

 「なん……で」


 そんなに話しかけられたのが不思議だっただろうか。

 それより私はその子の顔がとても好み過ぎてびっくりしていた。

 いわゆる一目惚れだ。

 

 「あの、名前なんて言うんですか」

 「成瀬日高」

 「日高くん……。私は柊渚」

 「柊さん」


 私達の名前の呼び方に少しの距離を感じたが、最初はそんなもんだと割り切ることにした。


 「日高くんは里帰り?」

 

 私は図々しくも日高くんの隣に座った。


 「いや、この辺に住んでる」

 「どこら辺?私、ゴルフ場に続く道のゴミ捨て場があるところ」

 「あー、佐野さん家の。僕はえーと、まさの商店のとこ」


 佐野は私の母の旧姓だ。

 まさの商店は私が今朝、お婆ちゃん家に着く前に喉が渇いてペットボトルを買ったところだ。

 

 「あー、覚えてる。品揃えが豊富だよね」

 

 そんな褒め方、どこの店でも通用する気がするが、それ以外に誉め言葉が無かったと言ったら失礼だろう。でも、どの店もそこにあってきっと助かっている人が何人も居る。

 私もその中の一人だ。


 「他に言い方が無かったの」

 

 と日高くんは笑って言った。

 

 「でも、本当にあのイチゴオレ売っているとこ少ないんだもん」

 「あーあれ。確かに」

 「本当にありがたかった」

 「それを言うなら俺の父さんに言いなよ」

 

 日高くんとの会話は本当にあっという間で、学校で話す上辺だけの友達と話すよりとても楽しく話せた。

 いつの間にかもう日が沈んでいて、大分外は涼しくなっていた。

 

 「帰らないの?」

 

 まさの商店はここから結構遠かったはずだ。歩いて三十分から四十分くらいだろうか。それくらいかかる。もう日が沈んでいるのだから、もう帰った方がいいんじゃないかと思う。

 

 「高校生だから」


 その言葉で全てが説明出来た。

 

 「じゃ、私夜ご飯の時間だから。またね」

 「うん。またね」


 日高くんは私が見えなくなるまでずっと手を振ってくれた。だけど、ふとした時に日高くんはどこかに消えてしまいそうに感じた。

 家に帰ると母と祖母が「おかえり」と私に声をかけた。


 「ただいま」

 「遅かったね」

 「日高くんと会話が捗っちゃって」

 「ああ、日高くん」


 お母さんはその名前を知っているらしかった。

 話しを聞くと日高くんのお父さんとは同い年で幼馴染らしく、母も会うのはしばらくぶりだから会ってみたいとのことだった。

 母は楽しそうに話していたは祖母はずっと顔をしかめて何かを考えている様子だった。

 十分ほど経つと祖母が作った料理が食卓に並べられた。

 

 「「「いただきます」」」

 祖母の料理は絶品でとても美味しく、いつもよりたくさん食べられた。

 「ごちそうさまでした」

 

 まず最初に私が食べ終わった。

 私は食器をキッチンの方に持っていき、食器の中を水で一杯にした。

 歯磨きをして、風呂に入り、寝巻きに着替える。

 それを済ましたらもう寝るだけだ。

 だけど、寝るにはまだ早い。


 「そういえばーー」


 日高くん、帰っているかな。


 「まさか、こんな時間まであの場所に居たり」


 短時間だったけど、分かる。

 あれは家に帰りたくない時の顔だ。


 「ごめん、ちょっと外出てくる」

 「早く帰ってきなさいよ!」


 母はこういう時、心配しつつも送り出してくれるのでありがたい。おばあちゃん家でなければきっと許してくれないだろうけど。

 私は走ってあの場所へと行く。全速力を出したのは夏休み前の体育以来だ。

 あの場所のベンチのところには暗くも人影が見えた。

 

 「何してるんだよ。日高くん」


 すると、日高は涙を流しそうな顔で振り向いた。


 「柊さん」


 そして、涙をぽろぽろと流した。

 私は日高くんの涙が止まるまでずっと隣に居た。その間日高くんは「ごめん」とずっと呟いていた。


 「で、どうして家に帰らないの?」

 「もう、僕には家がないから。多分、僕は幽霊なんだと思う」


 頭の思考が止まった。

 じゃあ、なんで私は日高くんのこと見えているの。お母さんは近くに男の子が居るって、それって日高くんのことじゃないの。


 「え、どういうこと」

 「僕は今年の春にもう死んでいて、君はなぜか僕のことが見えているってことだよ」


 心底笑顔な顔で日高くんは言う。だけど、日高くんはその言葉を信じたくないように見えた。

 

 「なんで、死んでいるんだよ」


 こんな短時間しか話していないけど、日高くんのことが大分好きになっていた。

 きっと自分が思っているよりもずっと。

 

 「あー、えーと、私も野宿する!」

 「はあ!?」


 私がいきなりおかしなことを言ったみたいな視線を日高くんは私に向ける。


 「女の子一人で野宿は無理だよ」

 「じゃあ、私の家に来て」

 「え」

 「心配なんだもん。明日になったら……日高くんが居なくなる気がして」


 それほど、日高くんは儚い雰囲気を醸し出している。

 

 「もう、家に帰らなきゃでしょ」

 「日高くんが一緒に帰るって言うまで帰らない」

 「えー」


 少しの沈黙の後、日高くんはため息をついた。


 「分かった。一緒に帰る」

 「やったー!」


 私は両手を上に挙げて喜んだ。すると横から「喜びすぎでしょ」という言葉が聞こえてきた。


 「私はそれほど嬉しいってこと」


 この時の私はあんなことになるとは思っていなかった。

 

 「ただいまー」

 「ただいま」

 

 日高くんは思春期で恥ずかしそうにそう言った。


 「おかえり、渚」


 私の予想通り、日高くんのことは二人には見えていない様子だった。日高くんはそれを気にしていない様子で、それがいつものことだと言っているかのようだった。

 帰ってきて今更自分がパジャマのことに恥ずかしがったが、もう遅いと諦めることにした。

 二階に上がると一枚の布団が敷かれていた。

 私は押入れからもう一枚布団を取り出す。


 「いいよ。別に。畳の上で寝るから」

 「私が気まずいから」


 日高くんは嬉しそうな顔をした。


 「僕も手伝う」


 男の力というのは大分強い。私が頑張って持っていた布団を軽々一人で持ち上げてしまった。

 日高くんは布団を綺麗に畳の上に置くと、枕と掛け布団を押入れの中から取り出した。


 「暑くないの?」

 

 私の方にはタオルケットしかないが、流石にこの真夏に掛け布団は暑いのではないかと思う。

 

 「んー。なんか春に死んだからかもしれないけど、ずっとちょっと寒いんだよね」

 「そうなんだ」


 夏の暑さが感じられないことが日高くんはもう生きていないと言っているかのようで、私に日高くんは死んでいると知らしめているようだった。

 

 「そっか」


 うん。

 果たして、この恋の気持ちを日高くんに伝えることは正解なのだろうか。生きている者と死んでいる者。その恋は叶うのだろうか。

 

 「あ、そういえば」

 

 私は日高くんの頬を触る。


 「よかった」

 

 触れられる。

 日高くんと私の違いは皆に見えるか見えないかぐらいだ。だから、日高くんが生きていないなんておかしいと思ってしまう。

 

 「何が?」

 「ちゃんと触れてる」

 「なんでだろうね。柊さんだけは僕のこと見えるし触れる」


 そう言って日高くんは日高くんの頬を触っていた私の手を触る。その手はとても温かかった。生きているんじゃないか。そう思うくらいには日高くんの手はとても温かかった。

 そして、私の頬は段々と赤くなる。


 「なんか……柊さんの顔赤い」


 恥ずかしくてもっと顔が赤くなるのを感じる。


 「暗闇だから、そう思っただけでしょ」


 と言い訳をする。

 すると、日高くんはふふっと笑って「そうだね」と呟いた。

 私は日高くんの反対方向に体を向けて、寝ようとした。

 余程疲れが溜まっていたのか、眠ろうと目を瞑るとすぐに眠りについた。





 「むー」


 つんつんと頬を触られたので眠くて変な声が口から出てくる。


 「あとちょっと」

 「もう七時だよ。お母さんとおばあさんに呼ばれてるよ」

 「あとごふんー」

 

 私は今の状況を一瞬で理解し、体を起こした。そして、恥ずかしさのあまり、顔を手で隠した。


 「すみませんでした」


 家でお母さんに起こされていると勘違いして、恥ずかしいことをしてしまった。

 日高くんの方を見ると布団は綺麗に畳まれて、押入れに布団と掛布団、そして枕を入れるところだった。

 

 「傍から見たら、布団が浮いているんだよね」


 その情景を想像するとあまりに面白すぎて笑えてくる。

 (でも、日高くんのことは見えないんだよな)

 日高くんの姿はなんなんだろう。

 未練があってその未練を私に叶えてほしいとか。それとも、なにか他の理由があったりして。って考えるよりも聞いた方が速いか。


 「なんか、未練とかないの?」

 「未練か。ないね。強いて言うなら、恋愛したかった」

 「そっか」


 今からじゃ、遅いだろうか。

 田舎は都会より蝉の声がよく聞こえる。それが朝の目覚まし代わりになるが、朝が苦手な私にとっては少し耳障りであった。

 日高くんの肌はここらへんに住んでいる人たちの肌と比べて肌が白い。肌が白いと言っても病人みたいな肌ではなく

、健康的な肌だ。ここらへんの人たちは皆じゃがいもみたいな色をしている。

 

 「なぎさー」

 

 下の階から私を呼ぶ母の声が聞こえた。うんざりするほど聞き慣れたその声はいつもは私の耳から耳へ通っていくが、今日は日高くんに先に起こされたため、よく聞こえてくる。


 「はーい」

 

 そういえばーー。


 「ご飯、食べないの?」

 「ご飯食べなくてもいい体っぽい。それに、僕が下の階に居たら柊さん気になって僕の方ばっかり見るでしょ」


 さっきから私が日高くんの方を見ていたのを気付いていたのか、日高くんは少し私をからかうような言い方をする。

 でも本当にその通りだと思う。誰もそこに居ることを気付いていないのにそこに居る。そんな人のことは気になって仕方がないと思う。


 「そうだよ。悪い?」


 ああ、なんでそんなこと言った。私。それじゃまるで、私がーー。

 (日高くんのこと好きって言っているみたいじゃんか)

 私は恥ずかしくて、早足で階段を降りる。その時、日高くんがどんな顔をしていたのかは分からない。だけど、少しでも私のこと意識してくれればって。

 

 「なんで、死んでいる人と付き合いたいって思っちゃっているんだろ」


 ふとそう口に出した。

 禁断の関係どころじゃない。普通に考えて付き合うことなんて出来るのだろうか。いつ、消えるかも分からない人と付き合って、ああ、私もあの人たちと同じ恋愛脳になってきてる。

 早く消えてほしい。でも、消えないでほしい。


 「生きていてくれれば」


 遅い願いだと自分でも分かっている。去年の夏、出会っていれば。私達の関係は変わっていただろうか。

 恋人として、遠距離恋愛をして、結婚してって、私なんでこんな想像しているんだろ。叶いもしないこの恋をなぜ願って。


 「なぎさー。早くしなさい。ご飯できてるわよ」


 誰に相談すれば良いのかもわからないこの恋を私一人でも抱え込むにはどうにも大きすぎる。


 「はーい」


 一人ひとり用意された食器の上にはスクランブルエッグとソーセージ、そして、ご飯を味噌汁が置いてある。いつもは早く食べられるパンだけを食べているため、こんなちゃんとしたご飯を朝に食べるのは久しぶりだった。

 

 「ごちそうさま」


 母と祖母はテレビを見ていた。なんでも、台風が明日来るとか。私はそれよりも日高くんと会話したかった。


 「早いわね」

 「ちょっとやりたいことあって」

 「ふーん」


 母はテレビを見るのに集中していて私のことなんて興味がない様子だった。そりゃあ、明日台風だもんな。

 二階へと上がると日高くんは居なかった。

 (どこかに行っているのかな)

 日高くんが居ない間にまずは服を着替えようと、バッグからTシャツとズボンを取り出す。

 母に歩きやすい服装にしなさいと言われたので、ズボンしか持ってきていない。まさか、ここで好きな人が出来るなんて思ってもいなかったのだ。

 まず、着ていたパジャマを脱ぎ、Tシャツを着てズボンを履こうとしていたところだった。

 目の前に日高くんが居た。


 「え」


 思考が止まった。

 日高くんの視線は私の顔からどんどん下へと下りていく。

 私も自分の下を見る。

 パンツだ。

 私は急いで、ズボンをあげようとした。

 すると、ズボンの裾が引っかかって私は体制を崩し倒れていく。日高くんはそんな私を支えようと走って私の体を支えるが、私と一緒にそのまま倒れてしまう。

 「きゃああ!」

 私は倒れる瞬間に目を瞑った

 (なんか……あったかい)

 下に日高くんが居ることはわかっていたが、口元がなぜか温かい。

 私はゆっくりと目を開けた。

 私と日高くんの口が接していた。


 「っ!?」


 私は体を起こそうと畳に手をついて起き上がろうとする。

 起き上がると、日高くんが「大丈夫?」と私に声をかけた。

 どうやら、私たちの口が触れたことを日高くんは気付いていないらしかった。

 

 「変態!」

 「ごめん。本当にごめん」

 

 誠心誠意謝っているのが私にも伝わった。

 日高くんのことだからきっと間違ったんだろう。

 

 「許す」


 私はそっぽを向いて言う。

 ちらっと日高くんのことを見ると日高くんはとてもうれしそうに「ありがとう!」と言った。


 「そういえば、何してたの?」

 「僕のお墓に行ってた」

 「あ、そうなんだ」


 気まずくて話題を変えようと考えるが、考える程思いつかなくてどうしようと焦ってしまう。


 「僕のことは別に気にしないでいいよ」

 「気にしないでいいって言っても」


 ふと、日高くんが恋愛したいと言っていたことを思い出した。

 

 「恋愛しよう!私と!」


 日高くんは目を見開いて涙を流す。


 「いつか消えちゃうよ」

 「それでもいいよ」

 「柊さんのことを一人にしちゃう」

 「それでもいい。私が言い出しっぺだし」

 「僕、死んでるよ」

 「知ってる」

 

 日高くんは子供のように声を出して泣いた。

 

 「ぐすっ」


 鼻水をずずっとすする日高くんに私は近くに置いてあったティッシュを一枚取り、日高くんに渡した。


 「ありがとう」


 日高くんは鼻水をかみ、ゴミ箱にティッシュのゴミを入れた。

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