第7話

「いやじゃ! いやじゃ! いやじゃー!」


 ドスッ! ゴキッ! ゴスッ!


 倒れたじいや氏の上で、マイム嬢が地団駄を踏む。容赦のない踏みつけがじいや氏の腹部に刺さる毎に、生々しい音が鳴り響いた。


「……え、と…マイム姫…?」


 私は恐る恐るマイム嬢に声をかける。


「む…? お? おぬしはアイリーンのところにいたお客人では?」


 私の事を覚えていてくれたマイム嬢は、きょとんとして、じいや氏に叩きつけていた足を止めた。


「覚えていてくださり幸いです」

「やほー、姫様ー。うちもいるよー」

「おおおお!? ヨヨ殿も! ということは、まさか、アイリーンも!? 早速わらわの依頼を手掛けに来てくれたのか!?」

「うん、まあ…ね…」


 ヨヨさんは白眼を剥いて地面に沈んでいるじいや氏に一瞬目を向けた。


「姫様、とりあえず、じいやさんから降りたら?」

「おっと、すまぬ! 客人の前ではしたない姿を! おい、じいや! 客人ぞ! 起きよ! 起きてヨヨ殿のもてなしをせい!」


 じいや氏から返事はない。ただの屍のようだ…。


「とりあえず復活させよっか。リザレクション~」


 マイム姫に蹴りつけられ、肉体から魂が離れていたじいや氏だったが、ヨヨさんの唱えた復活魔法によって無事復活する。


「お、おごご…かたじけのうございます…」

「フルヒーリング~」


 ヨヨさんは続けざまに回復魔法を唱え、じいや氏の傷が塞がり、危険な状態を脱した。


「助かりましたぞ…ヨヨ殿…後程、御礼を」

「それより、何があったの?」

「うむ! 聞いてくれヨヨ殿! じいやが、わらわの作品を作れぬと申すのじゃ!」

「当初はフルウォルフメタルの像だという話だったではございませぬか! 姫様! 腕やら頭やらを駆動させるには可動機構を作らなければなりませぬ! 最硬度のウォルフメタルで、そのような可動部品を作るのにどれだけの工数とコストがかかるか――いや、それだけではありませぬ! 機構部分の精密設計に再度強度計算も必要ですぞ!」

「うるさいのじゃぁーッ!!!」


 じいや氏はマイム嬢の蹴り上げた足で顎を打たれ、宙を舞った。

 程なく地面に落ち、再びじいや氏は動かなくなる。今度は、肉体から魂が飛び出してはいないようだが、ダメージは深そうだった。


「わらわは! わらわは! どうしてもこいつを動かしたいのじゃ! 動かしたくなったのじゃ! ここまで来たんじゃから! もう少しで、動かせるに決まっておる!!」

「えーと…姫様? 何の話なのかな? 何を動かしたいのかな?」

「決まっておる!」


 マイム嬢は仁王立ちになり、指先を天へと向け、なにやらポーズを取った。

 いや、まて、このポーズ、見覚えが―――…


「わらわが最高傑作! 1/1スケール超動戦士ダムガーンのことじゃ!」

「………」

「………」


 読者の方にはご存知無い方も居られるかもしれないので説明しよう。

 超動戦士ダムガーンとは、魔王領で発行されている少年誌、週間コミック ブルブルで連載中の人気漫画に登場する架空の兵器である。

 今から1000年後、魔族が宇宙へ進出した時代を舞台に、ひょんなことから究極兵器であるダムガーンに乗り込む事になった少年が、戦いの中で成長していく姿を描いている作品だ。

 総発行部数は100万部を越え、現在第5章が連載中である。もしまだ未読であったなら、是非書店で手にとって欲しい。


「ランドマークって、ダムガーン像のことだったのー!?」

「うむ! ちゃんと作者にも、出版社にも許可を取ったプロジェクトなのじゃ!」

「なるほど…。そういえば、作者もゴブリンだったなぁ~」

「わらわ達でここまでの地下都市を築き上げ、ゴブリン族の繁栄をたしかにした今、ダムガーンをここに再現することにより、文化的にも聖地とする――そう、それこそがわらわの目的! 目的じゃったのに!」


 ビシッ! と、倒れたじいや氏を指差すマイム嬢。


「突然、こやつが無理だと言いおったっ! できるって言ったのに! でも、きっと無理じゃない! ダムガーンは立つ! 必ずやこのゴブリンの都市に立つのじゃ!」


 確かに、同スケールのダムガーン像が出来たなら、この街に魔王領中のダムガーンファンが押し寄せることに疑いの余地はない。おまけに、経済効果は莫大なものになるだろう。

 想像以上に壮大なプロジェクトだった。

 しかし、あの意味不明な設計図に、唐突な追加仕様では、プロジェクトは絶対に完遂しない。


「……なるほど。大体話はわかったね」

「ヨヨ殿! わかってくれたか! では、早速アイリーンと共に建造に力を貸してほしいのじゃ! 金だろうが、魔力だろうが、いくら使ってくれても構わんのじゃ! コストは如何ようにもするのじゃ!」


 ヨヨは神妙な顔をして頷いた。

 私もこの仕事の背景を完全に理解した。

 だが、理解したからといって、それが可能になるわけではない。

 空想上の産物である、超動戦士ダムガーン。科学的には、あのような巨大な鉄鎧が俊敏に動き回ることは不可能だと言われている。動こうとすれば、自重で潰れてしまうという計算だ。

 しかし、超硬度のウォルフメタルを素材に使えば、全長15mの石像を作ることは可能かもしれない。

 だが、それを可動式にするのは―――…


「お話は理解わかりました」


 澄んだ声が、理想を語るゴブリンの姫と、現実を抱く私の間を通り抜けた。

 涼やかな笑顔を湛えたアイリーンさんが、そこにいた。

 

「できますよ」


 そして、彼女は力強く告げる。


「可動式フルスケールダムガーン、作れます」

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