ゴーヤ峠の山姥
来冬 邦子
ひとつ
日本最後の秘境と呼ばれる
これから書き記すことは、一言一句真実である。
莉乃や、あの山だけには行ってはならぬ。
あれをはじめて見たのは、忘れもしない私が小学六年生の春。修学旅行から帰るバスの窓からであった。海辺のロッジで過ごした二泊三日を、昼といわず夜といわず、力の限りにはしゃぎ尽くした仲間たちは、そろって虚ろな目をしてバスに揺られていた。
私の育った村は高原トウモロコシが特産物で、四方のどちらを向いても山波が遠くまで連なっているのだが、見る者の目を奪うのが苦瓜噛潰岳だった。というのも、村の鬼門に位置するこの山は異様な形をしていたからだ。
森が生い茂る尾根からいきなり巨大な岩の柱が天を突き上げる。その折れた剣のような岩肌を剥きだしにした頂上には、草木一本生えていなかった。
不気味な山は昔から山岳信仰の聖地であった。
もっとも地元の小学生にとっては、ただの山でしかなかったが。
あれは、バスがようやく地元の高原に差し掛かった頃だった。
車窓を流れてゆく見慣れた景色の片隅に、私はおかしなものをみとめたのだ。苦瓜噛潰岳の頂上あたりからサルノコシカケ(莉乃や、知っているか。木の幹から棚のごとくに生えるキノコだ)のような平たい岩がせり出し、その上に
「おい、見ろよ。あれはなんだ?」
だが寝ぼけ
「お前が見たものはゴーヤ峠だ。後でうちの寺に来い。
麻綿原君は寺の跡取りだった。
「なんでだ」と私は問うた。
「ゴーヤ峠は誰も見ることのできない隠れ里なのだ。もし間違って見た者は、確実に例外無く絶対に呪われるのだ」
私は奴を張り倒した。
だが今にして思えば、ゴーヤ峠の呪いは既に効き目をあらわしていたのだ。なぜと言って、そのとき私は幻のゴーヤ峠に行きたくてたまらなかったのだから。
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