ウィズの魔法の絨毯タクシー
赤木悠
第1話 ウィズの魔法の絨毯タクシー
雲一つ無い青い空の下、太陽の暖かな光を遮るものがない街にひとつ四角い影が落ちる。その影は人が歩くよりも、鳥が飛ぶよりも速く移動し、店や家の屋根、活気のあふれる市場の上を通り過ぎた。
そして今、その影は徐々に減速し、一軒の家の前に止まった。
「おばあちゃん、到着しましたよ。お疲れ様でした」
「ありがとねえ」
その家の前には、赤と茶色を基調として複雑な模様が描かれ、ちょうど大人3人ほどが乗れるであろう大きさの絨毯が浮かんでいた。
「6000エンです」
「はいよ、これでいいかい」
「はい、確かに。ちょっと待ってくださいね。・・・・・・はい、おばあちゃん。手に捕まってください。微妙に段差になってますからね」
そしてその上乗っていたのは二人の人物。一人は今絨毯から降りようとしている白髪のおばあちゃん。そしてもう一人は、そのおばあちゃんに手を貸した黒髪の青年だった。青年は、白い服に黒いベストをはおり、赤いネクタイを締めている。頭には緑の差し色が入った白いキャップを身につけていた。
「ありがとよ」
「玄関まで荷物運びますね」
「悪いねぇ。あんな大荷物一人じゃちょっと運べなかったからねえ」
そう話す青年の手には、薄めの白い手袋がはめられているだけで、荷物らしきものは見当たらない。肩から斜めに小さめのバッグをかけているだけだ。
「いやー、久々に使ったけれど、快適だったし、運転手さんとの話楽しかったよ」
「良かったです」
青年は話を続けながら、おばあさんの歩く速度に合わせゆっくりと玄関に向かう。
「珍しいよねぇ、こんな若い子が絨毯タクシーの運転手やってるなんて。何歳だい?」
「23です。運転手目指す人はほとんどいないですもんね。お客さんもあまり来ないですし」
「こんなにいいのにねえ、もっとお客さん来てもいいと思うのだけど」
「仕方ないですよ、機関車が普及して安全に早く多くの人や物を届けられるようになりましたから」
「そうかい」
「ええ、1番利用されていたのは20年ぐらい前ですから。それに向こうの方が安いですしね」
~
『マギ王国』
かつてここは魔法のみが生活に強く根付いていた。
転機があったのは、三十数年前、突如異世界・チキュウから多くの人がやってきた。異世界から人がやってきたのは後にも先にもこの一度だ。ただその際、科学という概念がこの世界に持ち込まれ、いろいろなものが開発された。
まず、車?という乗り物が開発されたらしい。しかし、当時の王様が試し乗りをした際、操作の難しさから事故を起こしたそうだ。その後、王様は腕に包帯を巻きながら、車の永久開発禁止令を出したらしい。
20年ほど前には、地上を走る機関車というものが開発された。このときは、車で事故を起こした王様が代替わりしていたのと、操作が必要なのは数人なのに、多くの人を運べるという事から許可された。この機関車事業は国に管理され、現在は厳しい試験をくぐり抜けたものだけが運転手になれるのだ。
それまでは、ホワイトホースの馬車ぐらいしか移動手段がなかったというのに。
ただ、それだけならまだ良かった。制空権は絨毯タクシーにあったのだから・・・・・・。
10年ほど前、天空機関車が開発され、事態は一変した。それまでは科学だけを使ったもの、異世界の知識やモノをそのまま持ってきて実現しただけであった。
しかし、科学と魔法を融合した技術の研究が進められていたようで、ついに空を走る機関車が開発された。地上で線路を引くような工事もほとんど必要が無く、人身事故の危険性も大幅に減り、さらには最短距離で目的地に行けるため、大幅な時間短縮がなされた。
これにより大きな影響を受けたのが絨毯タクシーである。
天空機関車よりも基本値段が高く、天空機関車よりも人を運べない。
これにより絨毯タクシー産業は衰退し、今ではほとんど運転手はいなくなってしまった。
~
「じゃあ、荷物出しますね」
玄関までたどり着くと、青年は肩からかけていた小さなバッグから、おばあさんが持つには苦労しそうなほど大きめのバッグを取り出した。
「やっぱり何度見てもすごいねえ、マジックバッグってもんは」
「本当にすごいですよね、コレのおかげで仕事ができているところではありますね。ただ、天空機関車は荷物も多く運べますから」
「まあねえ。ただ、機関車だと家の前までは来てくれないからね。お兄ちゃんの運転も良かったし、知り合いにも宣伝しておくさ」
「ありがとうございます!それではまた機会がありましたら」
「ああ、ありがとね」
青年はニッと笑って、おばあさんに挨拶をした。
「今後もウィズの絨毯タクシーをごひいきに!」
◇
おばあさんを家に届けてからしばらくして、ウィズは一人、宿のベッドで天井を向いて寝そべっていた。
2階にあるこの部屋は、小さなベッドが1つだけ。部屋自体の広さもそのベッドが部屋の5割を占めるほどだ。他には少し大きめの出窓があるぐらい。そんな部屋である。
「今日はお客さんは1人か・・・」
ウィズは独りごちる。
ちなみに絨毯は彼のマジックバッグの中である。
「まあ、でもありがたいことだよ。まだ絨毯タクシーを必要としてくれている人がいる。おばあさんも広めてくれるって言ってくれてたしな」
ウィズは、起き上がると、胸の内ポケットから金色の丸い懐中時計を取り出し、開いた。中には針が止まった時計、そして蓋の部分に昼間のウィズと同じ格好をした男性の姿が映った写真があった。
「俺はやっぱりこの仕事好きだ。なあ父さん。俺はちゃんとこの仕事をやれてるかな」
部屋のハンガーに掛けられた制服に目を向ける。
そのとき、ウィズのお腹がぐぅ~~と鳴った。
「確かにお客さんに感謝されるのは、うれしいことだけどなかなか厳しいのも事実だよなあ」
ウィズは再び寝転がった。
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