第37話 暴かれる秘密

「熊田さん!!」


 そう言って、熊田さんを取り囲む男性と熊田さんとの間に割って入る。


「おにいさん! どうして出てきちゃったの!」


 熊田さんが心底驚いた様子で声を上げる。


「そんなことより、これはどんな騒ぎなんですか!」


 後ろにいる大和田さんがニヤリと嫌な表情を見せる。


「あらあら、あのときのお兄さんじゃないの」

「……その節は大変失礼いたしました」


 人を値踏みするような、嫌な視線が俺にそそがれる。


「大和田さん、どうするんですか」


 一番手前にいた、ガタイのいい男が大和田さんの指示を仰ぐ。


「ですから、室内の食料や物資はあなたがたに差し上げると言っています。でも、ここの家だけは明け渡すわけにはいきません」

「あらあら、水も電気も、ガスでさえ自由に使えるご自宅は皆で共用すべきではなくって」


 熊田さんと大和田さんが直接やり取りをする。


「可能な限りはご協力します。でも明け渡しだけは絶対にできません」


 毅然と熊田さんが言う。


「話になりませんね、あなたも神様の天命に従うのであれば外に残された資源は平等に使うべきでしょうに。これは神様からの命令なのですよ」

「……」


 話し合いは不可と見たのか、両者しばらく沈黙が流れる。


「熊田さん……、正直危険が及ぶならここを明け渡すのも選択肢のうちだと思います」


 小声で、熊田さんに俺の考えを伝える。

 熊田さんは少しだけ眉尻を下げて、


「そうよね……それは分かっているのだけど」


 優しい顔でそう言った。


「話し合いはどうかしら?」


 そう言うと、大和田さんは今度は明らかに敵意をもってこちらに銃を向けた。

 熊田さんをかばうように俺が前に出ると、熊田さんは俺のことを手で無理矢理後ろに追いやった。


「その銃で撃たれようと、私の考えは変わりません。お願いですから今日はお引き取りください」


 あくまでも引かないと主張する熊田さん。

 そう言うと、大和田さんは大きく「はぁ」とため息をつき。


「では、仕方ないですね」




パァン!!




 ――閑静な住宅街に乾いた大きな音が鳴った。



 熊田さんが血を流して倒れている。



 大男たちはそれを無視して、ぞろぞろと熊田さんの自宅に入っていく。



 その一瞬が全てスローモーションに見えた。




「熊田さんっ!!!」


 熊田さんの肩から血が出ている。

 頭部などの急所には当たっていないようだが、血が流れていた。

 血が止まるように、自分の上着を脱ぎ傷口を抑える。

 

 大和田さんは、見下すように俺の横を通って熊田さんの自宅に入っていった。


「大丈夫ですか!!」

「……はぁはぁ……待って……うちを……お父さん……」


 這いずってでも大和田さんたちを追おうと動き出す熊田さん。


「ダメですって、今動いたら血が……!」


 どくどくと血が流れる。


「お兄さん……迷惑かけてごめんなさいね……」

「何言ってるんですか、い、今誰か呼んできますから!」



「「「うわぁあああああああああ!」」」



 そうしていると、熊田さんの自宅から先ほどの男たちの悲鳴が聞こえてきた。

 熊田さんは、その声を聞くと俺のことをはねのけその悲鳴の方向によろけながら向かっていった。

  



※※※




「こ、これはどういうこと……?」


 熊田さんのあとを俺も急いで追った。

 熊田さんが向かった先には大和田さんと男性たちがいたが、視線がある一か所に向けられていた。


 家庭菜園にある物置、その扉が開かれていて、その先には――。




 一体の感染者と見られる男性が紐でくくられていた。




 まるでどこにも行かないようにと厳重に……厳重に……紐でくくられていた。

 低音でウゥウウウウという声が聞こえてくる。

 くくられている場所は皮膚がただれており、何度か抵抗したような跡があった。ただれた皮膚からは少し骨が見えているが、血は出ていない。


「その人に触らないでちょうだい!!!」


 熊田さんが、今まで聞いた時のないような怒りを込めた大きな声を出す。


「これはどういうことかしら」


 大和田さんが眉をひそめて質問をする。


「私の旦那よ、お願いだからその人には触らないで」

「こ、こんなになってまで旦那と言うなんてあなたおかしいんじゃない!?」

「そう思うなら、ここから早くどこかに行って! あなたも感染したくはないでしょう!」


 強い口調で熊田さん言う。大和田さんにも大分動揺が見える。


「で、でも大和田さん。これをこのままにはしとけないですぜ」


 固まっていた大男が大和田さんにそう言う。


「そ、そうね。せめて、動きだけは停止させとかなきゃ」


 そう言って、大和田さんは銃を熊田さんの旦那に向けた。



パァン!!!



 本日二度目の銃声が鳴る。


 ……しかし、二発とも当たってしまったのは熊田さんだった。熊田さんが旦那さんをかばうように前に出ていた。


「熊田さんっ!!!」


 熊田さんが地面に倒れるのを寸前のところで飛び込んで支える。


「な、なんで! なんでこういうことするんですか!!」


 俺は大和田さんに思わず声をあげていた。


「溝口さんだって、あなたのことは悪い人じゃないってかばってました!熊田さんだってきっとそうです!それなのにどうして!」


 大和田さんはこちらを見もせず、目をつむる。


「どうして……どうして……」




ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!




 突如、後ろの熊田さんの旦那さんから大きな音が聞こえる。


「大和田さん、これ以上ここにいるのはまずいですって!!!」


 取り巻きの男性一人が、大和田さんに声をかけるのが聞こえる。


「ちっ、仕方ないですね。ここは一旦引きましょう」


 そう言って、足早にここから逃げ出すように大和田さんたちはいなくなってしまった。


「ちょっと! 熊田さんの手当を!」


 そう叫んでいたが、あの人たちの耳に届くことはなかった。


「……お、お兄さんごめんなさいね」

「な、なにっですか!ちょっと今手当できる人探してきますんで……!」


 目の奥が熱い、喉が痛い。


「私のことはもういいの……。それより、ここから早く逃げたほうがいいわ」

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