市場にて
第3話・女魔王さま市場でお買い物
その日──久しぶりの晴天に【結晶洞窟】の女魔王『パール・ソネット』は、一つ目で悪魔との混血種で、目から溶解光線を発射するメイド服の『ラブラド0号』と。
アチの世界から科学召喚されて、やって来た『詩郎』を連れて、市場に買い物にやって来た。
売られている野菜を手に取って、パール・ソネットが言った。
「数日間、長雨が続いたから野菜の生育を心配したが、ちゃんと市場に出回っているな」
白ヘビ角で首の後ろ髪から、絡まった二匹の白ヘビの尻尾が垂れている女魔王は、選択した野菜を手提げカゴに入れていく。
パールは、後方からついてくる0号に言った。
「肉類と魚介類の目利きは、0号と詩郎に任せる」
「わかりました」
カートを押しながら市場内を進む詩郎のカートに、ラブラド0号は選んだ肉や魚を放り込んでいく。
市場を進む女魔王一行に、店の者たちは親しげに話しかけ挨拶をしてきた。
「パールさま、うちで今朝畑から引き抜いてきたばかりの、食用マンドラゴラを持っていってくだせぇ」
「パールさま、水揚げされた新鮮な、食用の深海ドラゴンです……お代はいりません。鍋モノにすると美味しいですよ」
微笑む女魔王。
「いつも、すまないな」
食材で山盛りになったカートを押しながら、メガネ男子生徒の詩郎がパールに訊ねる。
「パール魔王さまは、町の人から人気ですね……この調子なら働かないでも、貢ぎ物だけで食べていけるんじゃないんですか?」
「わたしは楽して食べていくのは好きじゃない……城から魔勇者に、追い出された魔王だからな……これでも、それなりに働いて収入は得ている」
「パールさまの収入源って洞窟の結晶ですか?」
「それも、収入の一つだが。他にも仕事をしている」
「どんな仕事です?」
「それは……」
パール・ソネットが答えようとした、その時──ヘビ角がフニャと垂れ下がり、女魔王の表情が気弱そうな乙女の顔つきに変わる。
「わぁ、詩郎お兄ちゃんと一緒にお買い物だぁ♪」
いきなり、詩郎に抱きついてくるパール・ソネット。
0号が呟く。
「あっ、また和歌さんの心が表に出てきた」
アチの世界で昏睡状態に落ちて。心だけが本来の肉体から離れて。
レザリムスの女魔王パール・ソネットと、奇妙な夢繋がりから肉体を共用するコトになった詩郎の妹、和歌は嬉しそうに詩郎に抱きつく。
少し戸惑いながらも、嬉しそうな表情のパール・ソネットを眺める詩郎。
「和歌、今は和歌なのか?」
「うん、そうだよ和歌だよ……お兄ちゃん大好き♪」
『幽体転生』──本来は、コチの異世界にいる幽体離脱体質で、現状から脱却したいと強く願う者が、魔導師や魔法使いを通して幽体転生契約を結び。
アチの世界にいる、同調する幽体離脱体質者と条件が揃った時に、肉体はそのままに魂だけ空間を越えて入れ替わる。
パール・ソネットと和歌のケースは、特殊なケースの『幽体転生』だった。
詩郎が、少し嬉しそうな困り顔で0号に質問する。
「この世界には『幽体転生』した人って、他にもいるの?」
「あたしが知る限りでは【中央湖地域】に『サーラ・星二』って人物がいるだけですね」
「そうなんだ」
和歌の心が表に出たパール・ソネットは、詩郎に密着させた胸をグイグイと押し当ててくる。
「こら、和歌そんなに胸を押し付けて……」
詩郎がそう呟いた時、垂れていたヘビ角がピンっと立ち上がり。
「離れろ! 抱きつくな!」
詩郎を突き飛ばして赤面したパール・ソネットが怒鳴る。
「貴様ぁ! なんのつもりだ! 成敗してくれる!」
赤面した女魔王が、鞘から剣を引き抜くと剣から。
「魔王剣!」の音声が聞こえてきた。
突き飛ばされ、市場で座り込んで必死に否定する詩郎。
「ご、誤解だ! 和歌が出てきて兄妹のスキンシップを」
「問答無用! 塵となって消えろ!」
今にも魔王剣から、必殺技が出そうなほどの勢いのパール・ソネットに話しかけてきた人物がいた。
「あのぅ、お取り込み中すみません……良い魔王のパール・ソネットさんでしょうか?」
アチの世界の服装をした男性の質問に、落ち着きを取り戻したパールは、魔王剣を鞘に収める。
「悪い魔王か、良い魔王かと問われれば……平均的な普通の魔王だが、おぬしは?」
「あっしは、アチの世界のラーメン屋でバイトをしていた与太郎という者ですが、ラーメン屋の主人が、コチの世界のお方が食い逃げをした代金を異世界に行って、良い魔王さまからもらってこいと言われまして」
「そうか、それは難儀だな。コチの世界の者の不始末は魔王が責任を持たねばならん……ついてくるがいい」
パール・ソネットは、アチの世界からラーメン代をもらいに来た者を、結晶洞窟に案内して。
薬棚のような小箱が並んだ木製棚の前に、パールは与太郎を連れてきた。
小箱の扉には、さまざまなアチの世界の紙幣が貼りつけてある。
アチの世界から訪れた与太郎に、パール・ソネットが言った。
「この中から、おぬしの世界で使われている紙幣を確認して、旅費も含めて好きなだけ持って帰るがいい……紙幣の裏面もよく見てな」
与太郎は、自分のアチの世界で使われている紙幣を見つけると、ラーメン代以上の金額を取り出した。
「本当に、こんなにもらってもいいんですか?」
「構わんぞ、迷惑料込みだ」
結晶洞窟を出た与太郎は、洞窟の入り口で見送るパールたちに向かって、幾度も頭を下げながら去っていった。
詩郎がパールに質問する。
「どうして、あんなにアチの世界の紙幣があったんですか?」
「アチの世界から転移してきた者の、外貨両替みたいなコトも副業でやっているからな……わたしは金銭を扱うギルドの銀行もやっている」
「パール魔王さまって、そんなスゴい魔王だったんですか!」
「言っただろう、楽して食べていくのは好きじゃないと……働かざる者、食べるべからず」
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