第571話 自分磨きのお時間

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結局あの後。慌てて駆け付けたアリアさんによって私への治療が施された。

更にはその後、フィン様には「いくら腹筋が割れて嬉しかったからって、変態になるなー!!」とのお言葉と共に、鉄拳制裁がくだされたのだった。


あ、幸いな事に、私の制服はほぼ無傷な状態だったので、着替えをせずに済みました。


「待って母上!まだエレノアに、ちゃんとした挨拶してない!!」


「挨拶よりも先に愚行を犯しておいて、なに言ってんのよバカ息子!!」


ギャアギャアと親子喧嘩しながら、フィン様はアリアさんに首根っこを掴まれ、引き摺られていく。

多分だけどこの後、フェリクス王弟殿下にも雷を落とされるんだろうな。


そして、彼等を見送るオリヴァー兄様の表情はとても眩しく晴れやかだった。……兄様のフィン様嫌い、本当にブレませんね。


「フィン様!せめてこれを!!」


「エレノア!?」


せめてもと部屋から連れ出される寸前、フィン様の手に焼き芋を握らせる。


「やだー!!芋より君を食べたい!!」と言いながらも、フィン様はしっかり芋を抱えて連行されていった。渡した数は三つ。親子で仲良く食べてください。


因みにだけど、他の人達は私がアリアさんに治療されている間、心配そうな顔をしながら焼き芋を頬張っていました(フィン様は、近衛騎士様方に取り押さえられていた)。


……なんか最近、心配のされ方が雑になったような気がします。ディーさんにいたってはお代わりまでしていたしね。



◇◇◇◇



そんなこんなで、「オリヴァー達の尽力のお陰で、夜会の準備も完璧に終わった。だが、夜会までもう一週間しか猶予がない。残念だけれど、これで解散するとしよう」とのアシュル様のお言葉で、私達は王宮を後にした……のだが、鼻腔内毛細血管が決壊するギリギリのラインを見極めながらおこなわれた、アシュル様達による濃厚な別れの挨拶を「これでもか!」と受け続けた結果、出立が三十分ほど遅れました。


尤も、兄様方やセドリックがブチ切れて止めに入らなければ、多分三十分じゃ済まなかっただろう。


「オリヴァー様!お勤めお疲れ様で御座いました。ご無事のお帰り、召使一同心よりお慶び申し上げます!」


バッシュ公爵邸に着くなり、ジョゼフを筆頭にズラリと並んだ召使達がオリヴァー兄様に向け、深々と頭を垂れる。

思わず、前世における『極道の親分の出所祝い』を思い出してしまった私です。


「ああ、出迎えご苦労。不本意な出仕ではあったが、宰相様や公爵様方に導かれ、実に有意義な時間を過ごす事が出来た。これからは新たな気持ちで、このバッシュ公爵家のより一層の発展と繁栄の為、誠心誠意励んでいくつもりだ」


そんな彼らに向け、次期当主として一皮むけた威厳を纏い、良い笑顔を浮かべるオリヴァー兄様。……けれどその腕に、真っ赤な顔でぐんにゃりとした私を抱きかかえている時点で、威厳もへったくれもないような気がします。


だって私の様子と、アルカイックスマイルを浮かべたクライヴ兄様とセドリックを見れば、オリヴァー兄様が馬車の中で、私が酸欠寸前になるまでスキンシップを散々楽しんだの丸分かりですからね。ええ、今の私、腰も砕けております。兄様の一か月分の鬱憤の一端、しかと身体で分からせて頂きました。


そんな私達に召使達が生暖かい笑顔を向ける中、ジョゼフだけは表情をまったく変えずにいる。流石は出来る家令。あのイーサンの天敵だけある。


「……オリヴァー様。お気持ちお察し致しますが、これ以上は……」


そんなジョゼフが、恭しく胸に手を当てたままの状態でオリヴァー兄様に進言する。

するとそれに対し、オリヴァー兄様も「心得ているよ」とばかりに頷いた。


「ああ。残念だけど、あと一週間しかないからね。お楽しみは夜会の後に取っておくとするよ」


はい!?オリヴァー兄様、『お楽しみ』ってなんですか!?


まさかとは思いますが、先程の発言で出た『繁栄』ですか!?あの言葉の頭に『子孫』って言葉が付くなんて言いませんよね!?私、まだ未成年ですからね!?そこのところよろしくお願い致します!


というか皆、やけに『一週間しか』って強調するけど、どういう意味なんでしょうか?


そんな事を心の中で喚いている私を抱きかかえながら、オリヴァー兄様は意気揚々と屋敷の中へと入っていった。






「今回の夜会は、大規模な断罪も兼ねているからね。要職に就いている者は勿論、王宮にいる全ての者達がなにかしら忙しくしていただろう?だから、ギリギリ自分磨きをする時間を確保できるよう、一週間前に仕事を終わらせるように調整したんだよ」


答えは、その後サロンでお茶をしている時に判明した(勿論、私はオリヴァー兄様にお膝抱っこされた状態です)。


ゆったり優雅にお茶を飲みながら、オリヴァー兄様が話す内容に首を傾げる。えっと……。『自分磨き』とは……?


『あ、そういえば!』


この国の男性達は、宴だ茶会だ夜会だーって時は、己の持てる全てを注ぎ込み、存分にめかし込むのが常識でしたね。


その理由というのが、自分の婚約者や恋人がいる人達は、最愛の女性に恥をかかせない為。そして、自分への愛情と興味を失わせない為。

更に意中の女性がいる人達は、「私以上に貴女に相応しい人はいません」って、その女性にアピールする為……だったような。


……うん。以前も思ったけど、本当にアルバの男性達って、パプアニューギニアの極楽鳥ですわ。


「今回、僕もそうだけどクライヴもセドリックも殿下方も全員、激務でやつれてしまったからね。本当は衣装合わせもあるし、もっと時間をかけたいところなんだけど……」


「えー!?今でも十分キラキラしいのに、それ以上磨き上げられたら眩し過ぎます!今のままでもいいじゃないですか!それにやつれたって言っても、お仕事で頑張っていたがゆえの名誉の負傷(ちょっと違うか?)じゃないですか!そんなの、私は全然気にしません!」


それに、ちょっとやつれ気味なのが、むしろ退廃的な色気を醸し出しておりますし……。


私の言葉を聞いた途端、オリヴァー兄様だけではなく、クライヴ兄様とセドリックまでもが苦笑し、周囲にいた召使達にいたっては、全員ほっこり笑顔になった。


「そういう事を言ってくれるのは、多分君だけだから。普通は容姿が陰った途端、手抜きを疑われて寵を無くしたりするんだよ。それか、他の夫ないし恋人に寵を移されたりとかね」


「そうだぞエレノア。普通の女は、とにかく自分の男が少しでも他より優っていなけりゃ、気が済まねぇんだからな!……まあ、最近はそういうところも、姫騎士同好会に入っている令嬢達を中心に、マシにはなってきているが」


「爵位もそうだけど、一番分かり易いのが容姿の優劣だからね。特に婚約者や恋人の段階だと現状を維持しつつ、それ以上の高みを目指さなくては、自分の子を成す事すら難しいんだよ」


わぁぁぁ……。どこまでも野生の王国!というかアルバ女子、何様ですか!?


う~ん……。ここまで女子に尽くしまくる国って、世界広しと言えどもアルバ王国だけなんじゃないだろうか。


尤もそれだからこそ、アルバ王国はこの大陸でも指折りの大国になったとも言えるんだけどね。……うん。極楽鳥に幸いあれ!


「まあ、僕達は君に恥をかかせないよう、己を磨き上げたいだけだから」


「そうそう。ついでに、他の野郎共への牽制だな!」


「そうですよね。アストリアル公爵令息も、エレノアの事を虎視眈々と狙っているし。特に今回はヴァンドーム公爵家が出てくるからね!殿下方も気合が入っているよ!!」


あ、兄様方がセドリックの言葉に力いっぱい頷いている。


そういえば数日前、背後に尾っぽをピチピチさせている、可愛いミニシャチを背負ったベネディクト君が走り寄って来て、「兄上方が王都邸に到着しました。『バッシュ公爵令嬢にはくれぐれもよろしくと伝えておいてくれ』との事です!」って満面の笑みで言っていたっけ(周囲から「またバッシュ公爵令嬢が令息に色目をつかっていますわ!」なんて言葉が飛び交っていたような)。


……そういえばベネディクト君。この一ヵ月弱で、美少年に磨きがかかっていたような気がするんだけど、あれってつまりは、自分磨きをしているって事?つまりはアーウィン様方も、しっかり念入りに自分を磨かれている……って事だよね?うわぁ……。今から会うのが恐いような楽しみなような……。


「それと、僕達だけじゃなく君も磨き上げなきゃだめだからね?」


「はい!?わ、私もですか!?」


あっ!いきなり話を振られてビックリした私を見て、兄様方とセドリックが『なに言ってんだこいつ』と言いたげな顔してる!って、あれっ!?ウィルやミアさんや、他の召使達も同じような顔しているぞ!?


「当たり前だろうが!!今回の夜会はある意味、お前も主役の一人なんだぞ!?お前を貶めようと狙っている令嬢達やその母親達も大勢参加するし、なにより他国の聖女……というか、押しかけ女房的な女までも来やがるってのに、今のお前のザマはなんなんだ!?まずはその燻製のような臭いをなんとかしろ!!」


「ひ、ひどっ!クライヴ兄様、まるで私が臭いと言っているみたいじゃないですか!(確かに煙臭いけど)」


「言っているみたい・・・じゃなくて、言ってんだ!それとこの一週間は、馬屋も鶏舎も牛舎も庭師達の手伝いも焼き芋作りも一切禁止!!とにかくひたすら、自分を磨き上げる事に専念しろ!!」


「そ、そんな!!」


私のブラッシングを楽しみにしている、スレちゃんやニルちゃん、うーちゃん、しーちゃん。搾乳を手伝っているウッシーとミル子。そして、今月産まれたヒヨコのぴよ太郎、ぴよ子、ぴよ美達と一週間も会えないなんて……!


「なにショック受けてんだ!貴族令嬢として、夜会の準備に専念しろと言っているだけだろうが!そもそも普通の貴族令嬢は、作業着着て家畜と戯れたりせんからな!?」


うう……。た、確かにそうですけど、今や農民ライフは私のかけがえのない息抜きとなっているのです!


「エレノア」


「オリヴァー兄様……」


ショックを受けながら、私はオリヴァー兄様を見上げ、『お慈悲を!』と涙目で訴える。


「僕達に、美しく磨き上げられた君を愛でる権利を与えておくれ?」


だがしかし。ニッコリと麗しい笑顔を浮かべながら、耳元で甘く囁かれて敢え無く撃沈。……はい。この一週間、自分磨き頑張ります。



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エレノアがぷっつりと消息を絶った後、エレノアを求めて敷地内を彷徨うバッシュ公爵家の動物たち(トレント含む)の姿があったという。

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