第568話 新人さんですか?

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「…………」


「…………」


焼き芋が沢山入った籠を両手に持ったまま、見慣れぬ近衛騎士様と見つめ合う事しばし。


『……えっと……。誰……?』


私は王宮の中でも、王族達がいるエリアにいる事が多い為、近衛騎士様方の殆どと顔見知りだったりするのだけれど、この目の前にいる騎士様を見るのは初めてだった。


しかも、近衛騎士団は騎士の中でも精鋭だけが所属することを許される最上の騎士団で、その任務は主に国王陛下や王族の警護である。その近衛騎士様が、何故こんな王宮の端っこにいるのだろうか?


その不自然さに、少しだけ警戒心が芽生えた。


「あの……。どなたでしょうか?」


恐る恐る問い掛けてみると、目の前の騎士様はハッと我に帰った後、男らしく整った顔に困惑したような表情を浮かべた。


そこで私はハタッと気が付く。


『そうだった!私が先に名乗らなくちゃ、声をかけられないじゃないか!』


目の前の騎士様だが、その佇まいや身の内から溢れ出る気品からして、どう見ても貴族……それも高位貴族に違いない(近衛騎士にまで昇りつめる方々は、大抵が高位貴族の子息である)。が、今現在。近衛騎士団に入っている高位貴族の中で、公爵家に連なる人はいなかった筈だ。


彼は多分、私の事を知っている(不本意ながら有名人らしいし)。だからこそ、自分よりも身分が上である公爵令嬢に対し、声をかける事も名乗る事も出来ずにいたのだろう。

……まあ、単純に公爵令嬢が芋の入った籠を持っている事に戸惑っているだけかもしれないけど。


『それに、もしこの人が怪しい類だったとしたら、すぐにイーサンが出てきて排除するはずだし……』


それ以前に、この場に辿り着く事も出来ないに違いない。それに彼の赤銅色の瞳はとても澄んでいるし、見つめられていても不快な気持ちにはならない。


私は焼き芋の入った籠を地面に置くと、制服のスカートの端を持ち上げる。


「騎士様、お初にお目にかかります。エレノア・バッシュで御座います」


そうして簡易的なカーテシーを行った後、顔を上げると、目の前にいる近衛騎士様の両目が大きく見開かれていた。


「……ッ……」


目元を赤くし、一瞬だけ逡巡する素振りを見せた後、彼はその場にスッと片膝を突き、胸に手を当てた。


流れるような……そして、とても堂に入った騎士の礼に思わず感嘆の溜息が漏れる。


付け焼き刃では決して出せない、この洗練された動き。間違いなく彼は近衛騎士に違いない。


「……えっと。何故ここに近衛騎士様がいらっしゃったのですか?」


「…………」


「あ!ひょっとしたら、誰かに私を呼んでくるように言われた……とか?」


「…………」


困った事に、何故か彼は顔を上げる事も口を利く事もしないまま、ひたすら騎士の礼を執り続けている。


「……ひょっとして、迷われたのですか?」


もしやと思って尋ねてみると、微動だにせず騎士の礼を執っていた彼の肩がピクリと動いた。そして、戸惑ったように僅かに顔を上げる。


『――ッ!そうか……。そうだったのか……!』


王宮はとてつもなく広い。しかも騎士様方は与えられた役割や騎士団によって、それぞれ配属される場所が違う。近衛騎士になりたてであったなら、当然迷う事もあるだろう。


けれども、精鋭中の精鋭である近衛騎士様が、よりによって「道に迷った」なんて言える筈もない。ましてや女性である自分の前で弱みを見せるなど、アルバ男としてはあってはならない事に違いない。だからこそ彼は私に対し、無言を貫いているのだ。


『それならば……』


「近衛騎士様、お迎えご苦労様でした。丁度お芋も焼き上がったので、これから戻るところでしたの」


私は騎士様に声をかけると、焼き芋の籠を持って歩き出した(勿論、その場に庭師さん達の分の焼き芋を残して)。


そう、これからちょうど王族が住まうエリアに戻るわけだし、こうして私を護衛している体を取れば、彼も自分が王宮内で迷った事を誰にも知られる事なく、自分の持ち場に戻る事が出来るに違いない。


背後から戸惑っているような気配を感じるが、私は気にする素振りを見せず、ひたすらに前を向いて歩き続ける。背後から人の気配を感じるから、ちゃんと付いてきてくれているのだろう。


そうして暫く歩き続けると、王族の居住区へと続く回廊が見えてきた。うん、ここまで来れば大丈夫だろう。


私は後方を振り返ると、少しだけ距離を取りながら付いてきていた騎士様と目を合わせた。


「あの、ここからは私だけで大丈夫ですので、どうぞご自分の持ち場へお戻りになってください」


騎士様は、相変わらず戸惑うような表情を浮かべている。私はそんな騎士様に近付くと、籠の中からまだ温かい焼き芋を取り出し、差し出した。


「これ、ここまで護衛してくださったお礼です。どうぞ」


「――ッ……!」


騎士様は目を大きく見開き、私の顔と差し出された焼き芋を交互に見やった後、物凄く困惑したような顔を私に向けた。なので、ニッコリ笑顔で頷いてみせる。


「このお芋、甘くてとても美味しいんですよ。是非召し上がってください!」


普通だったら、騎士が芋を持ってウロウロしていたら奇異の目で見られるだろう。でも幸い、この近くにもエレマートが設置されているので、そこで買ったと思われるだろうから問題ない(はず!)。


「……あ……」


騎士様は眩しそうに眼を細めた後、まだ少しだけためらいながらも差し出された焼き芋を受け取ってくれた。


そうして少しの間、手にした焼き芋を見つめた後。再び私と目を合わせた騎士様は、フッと口角を上げた。


「……有難う……御座います。いただきます」


「――ッ!?」


不意打ちの笑顔と、甘く掠れた大人の男性の声に、ボンッと顔が赤くなる。


「い、いえっ!おっ、お芋で申し訳ありません!!……そっ、それでは、ごきげんよう!!」


さ、流石は近衛騎士様!!わりと普通っぽいイケメンだったから油断していたけど、笑顔の破壊力が半端ない!!油断大敵だった!!


私は真っ赤になった顔を見られないよう、慌てて騎士様から顔を逸らすと、わたわたと急ぎ足でサロンの方角へと走っていった。


幸い、騎士様は私を追い掛けてこようとはしなかった為、回廊を右に曲がった時点で足を止め、大きく息をつく。


「……あれ?」


ふと、手にした籠の中を見ていると、何故かワーズが目を回した状態で焼き芋の上に乗っかっていた。


「ワ、ワーズ!?そういえば大人しいなと思っていたんだけど……。ひょっとして、芋を喉に詰まらせちゃった!?」


焦ってワーズをツンツンとつつくと、「うう……」と小さく呻き声を上げ、コロリンと横になった。どうやらただ単に目を回していただけのようだ。


「まあ、起こしたら『芋食わせろ!』って五月蠅いから、このままサロンに行っちゃおうかな」


ホッと胸をなでおろし、少し重くなってきた籠を「よいしょ!」と持ち直そうとする……と、何故か腕の中から籠が消え、いつの間にやら黒いローブを纏った『影』が、私の前をスタスタ歩いていた。え?なに者!?


「やべっ!お嬢様、この芋ヤベェっすよ!!」


――あ、ティルだった。回復していたんだね、元気そうで良かった……んだけど、う~ん……。この『影』ってば、相変わらず忍んでない。


「いや~!これは何個でもいけちゃうっすね!」


言葉のとおり、大きな焼き芋を瞬く間に食べ切ったティルが、次の芋を手に取るのを見た瞬間、私はその背中に渾身のタックルをかました。


「どわっ!!」


「ティル、ダメ!!それ、兄様方や殿下方の分だから一個だけ!!」


「えぇ~!?……って、おっ!こんなとこに焚火の燃えカス発見!」


あっ!ワーズが摘ままれてポイッと放られた!!ティルー!!それ燃えカスじゃなくて妖精ワーズだから!捨てちゃダメ!!



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「エレノアお嬢様。高位貴族の令嬢たるもの、普通は体当たりではなく、口頭で制止するものですよ?」

と、後にイーサンに説教されるエレノアがいたとかいなかったとか。

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