第537話 大精霊の断罪②
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「だ、大精霊!?そんな……!!」
まさか……!!この目の前にいる美しい少女が長きにわたり、この領海を守護してきた
「ア、アルロ・ヴァンドームの……。妻……!?」
「然り」
バカな!あの男はどこぞの平民の女を娶った筈だ!大精霊を娶ったなどと……有り得ない!!
動揺する私や他の者達を冷たく見つめるサファイアブルーの瞳がスッと細められる。
「……さて。私の守護する海を汚し、我が命よりも大切なかけがえのない夫と子らを傷付けんとした貴様らには、どのような罰が相応しいかのう?ああ、そうそう。私の愛する子らを見下し、更にはベティを呪われていると嘲った罪もあったな……さて、どうしてくれようか?」
「――……ぐはっ!!?」
「うっ!!……ぐぅ……!!」
途端、暴力的な威圧が私と他の者達に襲い掛かる。
『な、なんという……!凄まじい力……っ!!』
その桁違いの魔力に頭から抑えつけられ、私は無様にも床を這うような格好となってしまった。
「リュエンヌ。いけないよ?この者達を罰するのは、必要な情報を吸い取った後だと言った筈だろう?」
「そうですよ母上。どうか今暫し、お怒りをお鎮めください」
「アルロ!それにアーウィン!……私はこれでも精一杯感情を抑えているのよ!?」
聞き覚えのある声が聞こえてきたと同時に、押し潰されそうだった威圧が一瞬で消える。
恐怖で固まった身体を必死に動かし、顔を上げてみれば……。そこにいたのは、大精霊に愛し気な眼差しを向けるアルロ・ヴァンドームその人だった。
しかも、彼の長子であるアーウィンを筆頭に、子供達が次々と大精霊の傍へとやってくるのが見える。
『だ、大精霊だけでなく、アルロも子供達も全員無事……だと!?』
馬鹿な……!!で、ではマルス様はしくじった……というのか!?
「では大精霊様。どうか私の顔を立てると思い、今暫しそのままお怒りをお鎮めください」
狼狽する私の耳に届いたのは、大精霊とアルロ達との会話に割り込んだ声。その方向に顔をやった瞬間、驚愕に目を見開いた。
――なっ!?お、王太子……アシュル!?
大精霊に引けを取らぬ、絶世の美貌に苦笑を乗せたその姿は紛れもなく、この国の頂点に君臨する王家直系の一人。次代の国王であるアシュル王太子その人だった。
『なぜ……なぜここに、王家直系が!?』
「……そうね。大恩人の一人である貴方にそう言われてしまえば、我慢するしかないわね」
眉根を寄せ、王太子を見つめていた大精霊が、不承不承といったように小さく嘆息する。
「有難う御座います。我が国に根を下ろしながら、穢れた血に従い続けた売国奴共。……断罪する前に、いままでのうのうとこの国で生きてきた、その『対価』を支払ってもらわなければなりませんからね」
王太子は大精霊に対し、恭しく礼を執った後、私達の方へと顔を向ける。
その澄み切ったアクアマリンブルーの瞳に絶対零度の冷ややかさを宿し、こちらを見つめる美貌に背筋が凍る程の恐怖を覚える。
――だが。
「け……がれた血だと!?」
王太子が口にした許されぬ暴言。恐怖する心は、血が沸騰する程の憤怒に塗り変えられる。
「ふざけるなよ!!女の足の裏を舐めるしか能のない女神の奴隷どもが!!」
偉大なる魔族の血脈を持つこの私に対し、自分の種を次代に繋げる為だけに己の美しさを磨きあげ、唯々諾々と女に媚びへつらう腑抜けが口にして良い言葉ではない。
怒りと憎しみを込め睨みつける自分に対し、王太子アシュルは表情一つ変える事なく再び唇を開いた。
「女神の奴隷……か。ならばお前は、腐った帝国の捨て駒といったところか?お前達帝国に与する者達は一様に自分の事を『高貴な血』と呼ぶ。だが他人を蹂躙するしか能がなく、女性を物のように別世界から拉致して繁栄している歪な在り様を誇りにする時点で、我々からすればお前達こそが『穢れた血』なのだよ。……そもそも」
王太子は言葉を区切り、口元に冷笑を浮かべる。
「帝国においては、『魔眼』を持たぬ者は、たとえ貴族であろうとも見下される。最悪放逐され、処分される事もあるそうだ。それで言えば、もし万が一帝国が我が国を滅ぼし支配したところで、お前達は帝国民として認められるどころか、『役立たず』として真っ先に処分対象となるだろう」
「だ……まれ!!そのような事を言って我々を動揺させ、祖国を裏切らせようとするつもりなのだろうが、そうはいかぬぞ!」
「そうだ!!我々はお前達とは違う!!」
「この身に流れる血にかけて、貴様ら等に屈するものか!!」
私の言葉に呼応するかのように、先程まで委縮していた同胞達が、次々と声を上げ始める。だが王太子を含め、この場に居るヴァンドーム公爵家の者達全てが、まるで虫けらを見るような眼差しを私達へと向けた。
「ああ、確かにお前達には、『あの』帝国の血がしっかりと流れているようだ。……ところでリック・ウェリントン。お前、この子の事が分かるか?」
王太子の言葉と共に、黒い装束の男が一人の赤子を抱き抱えて現れる。
その場違いとも言える存在に困惑を隠せずにいると、王太子は赤子の柔らかそうな髪に優しく手を当て、そのまま撫でる。
「?」
オレンジ色の髪に僅かに既視感を感じながらその光景を見つめていると、王太子は一瞬、失望したような表情を浮かべた。
「……やはり分からぬか。彼女は帝国の皇子により、その『力』を使い潰されこの姿となった。いわば帝国の非道と暴挙を語る生き証人。……彼女もお前の元に生れ落ちずにさえいれば、このような目に遭わず、幸せに生きていられただろうに……」
帝国の皇子……?使い潰された?私の元に……?
「ま、まさか……その赤子が我が娘のキーラだとでも言うのか!?」
私の言葉に対し、王太子は何も言わなかった。だが、その態度は私の言葉をなによりも肯定していた。
「お……のれっ!!そのような赤子まで使って、荒唐無稽な戯言をほざくか!?娘は尊き御方の寵を受けているのだ!!戯言も大概にしろ!!」
「……戯言か……。まあ、それでも良かろう。そうそう、戯言ついでに教えておいてやるが、その尊き御方とやらは、エレノア・バッシュ公爵令嬢の力により、無様に帝国に逃げ帰ったそうだぞ?」
「……は?」
エレノア・バッシュ?……『姫騎士』などという、大仰な敬称をつけられたただの小娘が、次期皇帝であるマルス様を……!?
「――ッ!!そ、そんな……こと……」
「信じようと信じまいと、今ここに大精霊とヴァンドーム公爵家の者が無事に在り、逆賊であるお前達がこの場にひれ伏している。それが全てだ」
「リック。お前達帝国の犬共は、『男性血統至上主義』を謳いながら、実に巧妙かつ慎重に動いていた。ゆえに我々ヴァンドーム公爵家はトカゲのしっぽ切りにならぬよう、この国に巣食う帝国の膿を一気に出し切る為に、何代にも渡って裏切り者達を監視してきたんだ。リュエンヌとの婚姻を隠していたのも、お前達の油断を誘う為に他ならない」
王太子に次いで、アルロの声がその場に響いた。奴の言葉を受け、同胞達は「まさか……!?」「そ、そんな……!!」と、呆然としながら呟いている。
「……今回、エレノア・バッシュ公爵令嬢がこの領地に来なければ、あるいはお前達の思い通りになっていたかもしれぬ。……いや、それこそが、女神様のお導きなのか……。彼女はまさに、このアルバ王国を慈悲と勇気で救った大地の聖女。『姫騎士』の再来だ」
『姫騎士』……。あの大戦において、最終的に魔王様を討ち取ったとされる、忌々しい魔族の宿敵。
エレノア・バッシュ。彼女がこの地にやって来た事が、女神の導き?だからこそ私は……私達は無様にも、この場にこうしているというのか!?
「お……のれっ!たかが『こぼれ種』のくせに、こ……がはっ!?」
いきなり、身体中に『何か』が巻き付き、締め上げてくる。目を必死に動かし、他の者達をみれば、黒い紐のようなものに全身絡めとられ、悲鳴をあげている姿が見えた。
「ねえ、アシュル兄上。これ以上、こいつらの不快な声聞きたくないから、もうやっちゃっていい?」
声の方向に目を動かすと……。辛うじて、魔導師団のローブだけ確認する事が出来た。
魔導師団の服……。そして王太子を『兄上』と呼べる者……。ま、まさか……。魔族のもう一つの天敵『闇』の魔力を使うとされる第三王子!?
「ああ、もう良いよ。ただし、この後に大精霊様の断罪が控えている。壊したり殺したりしちゃ駄目だよ?」
「分かっているよ。……本当だったら、エレノアを害そうとした時点で粛清対象なんだけどね。まあ、思い切り痛くするので我慢するよ」
そう第三王子が呟いた途端、『何か』をズルズルと無理矢理引き摺り出されるような、おぞましい不快感と激痛が全身を襲った。
思いきり叫び声をあげ、逃げ出したくとも、全身を第三王子の『闇』の魔力で雁字搦めにされている為、悲鳴一つあげられず、小指一本たりとも動かす事が出来ない。
「……言うておくが、
『ああああああぁぁぁっ!!!』
大精霊の声がどこか遠くで聞こえる中、心の中で絶叫を上げ続ける。いつ終わるか知れぬ拷問に霞んだ目が……。王太子の傍で黒装束に抱き抱えられている赤子を捕らえた。
こちらを不思議そうに見つめるその瞳の色は……。私と同じペリドットグリーンだった。
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地雷をボコボコ踏み抜いているキラービーパパです。
そして、大精霊の断罪は『死ねない事』でした|д゜)
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