第526話 守護の舞
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《ベネディクト視点》
「……まさかこの目で、『姫騎士』の舞が見られる日が来るとはな……」
アーウィン兄上が、恍惚とした表情を浮かべながらそう呟く。
他の兄上方も、概ねアーウィン兄上と同じような表情を浮かべながら、岬の先端に立つエレノア嬢の後姿を熱い眼差しで見つめている。
そして自分も……。多分、他の者達から見れば、兄上方と同じ表情を浮かべているに違いない。
我々ヴァンドーム公爵家の面々は、派閥内の不穏分子を監視する名目で、『裏王家』として君臨し、表舞台では王家やその周囲との交流を極力抑えてきた。
その為、エレノア嬢が『姫騎士』と称えられる切っ掛けとなった、獣人王女達との戦いや、エレノア嬢のデビュタントにも参加する事が出来なかったのだった。
他の三大公爵家……アストリアル公爵家嫡子、ジルベスタ・アストリアル。ワイアット公爵家嫡子、マテオ・ワイアット。彼等がデビュタントに参加し、エレノア嬢の『剣舞』を鑑賞した……と聞いた時のアーウィン兄上の、超絶不機嫌顔は忘れられない。
かくいう俺も、あの時点ではエレノア嬢になんの感情も持っていなかったにもかかわらず、「『剣舞』は見たかったな」って、残念に思っていたっけ。
そのエレノア嬢の、音に聞こえし『奉納舞』を、こうして直に観る事が出来るのだ。エレノア嬢に心を奪われた兄上方や、隠れ姫騎士信者(ちっとも隠れていないけど)の騎士達や侍従達が歓喜するのも至極当然の事だろう。
真っ白い上着と黒いズボン(スカート?)のようなものを合わせた、見慣れぬドレスを纏った彼女。
柄も装飾も全くないその装いは、一見すれば地味にも質素にも映る。だが彼女が……エレノア嬢が纏った瞬間、完成された静謐な美しさを彼女にもたらしたのだった。
波打つ豊かなヘーゼルブロンドはドレスの色と同じ黒いリボンで纏められており、腰紐には刀が差し込まれている。
その徹底的に華美を封じた禁欲的な装いは、普段の明るい愛らしさを持つ彼女に凛とした落ち着きと、荘厳な雰囲気を纏わせているのだ。
あの装束は、彼女が前世で住んでいた国の騎士相当である『武士』という者の出で立ちを模しているのだという。まさに『姫騎士』と謳われる彼女に相応しい姿だと言えるだろう。
彼女が立っている岬は、この精霊島で一番海が綺麗に見渡せる場所で、父上と母上のお気に入りの場所だ。
精霊である母上は、自然にそこに在るものに手を加える事をあまり良しとはしない。その為、この場所はゴツゴツとした岩場が広がっていて足場が悪かった。
これではとてもではないが、『奉納舞』を踊るには不向きだろうと、母上に許可を取り、エレノア嬢の婚約者の一人である、セドリック・クロス伯爵令息が、エレノア嬢と同じ『土』の魔力属性で整地したのである。
その際、あの装束を着る時に履くとされている『
そんなところ一つ取ってみても、いかに彼が……いや、彼等が、エレノア嬢の事を大切に思っているのかが分かる。
そう、彼女を見つめる、オリヴァー・クロスやクライヴ・オルセンといった、世に名だたる婚約者達。そして非公開の婚約者である王家直系達の夢見るような瞳、蕩けそうな甘い表情を見れば一目瞭然だ。
しかもその瞳の奥には彼女を渇望してやまぬ、ある種の狂愛に近い色がちらついている。
彼女の傍にいられる者と堕ちる者達との違い。多分それは、泉のように溢れ出す狂気にも似た愛情に囚われ暴走するか否か。……ただそれだけなのだろう。
実際、一見すれば狂愛に呑まれ、傍若無人に独占欲を募らせているように見える彼女の筆頭婚約者だが、ああ見えてしっかり、守るべき一線を越えずにいるように感じた。そしてそれは多分正解なのだろう。
だってそうでなければ、あの男はとっくの昔に筆頭婚約者から外されている筈だ。それ程までに、あの男の彼女に対する愛情と独占欲は他の追随を許さない。
『……他の婚約者達も大概だが、
なんて、アーウィン兄上がぼやいていたが、確かにあの筆頭婚約者に婚約を認めさせるなどと、普通だったら「狂気の沙汰」と、諦める者達が大半だろう。
よく王家直系達は自分達を婚約者にねじ込んだなと思う。あの男なら、王家特権を使ってゴリ押しした瞬間、エレノア嬢を連れて出奔するぐらいの事はしかねない。これに関しては、兄上方も満場一致で頷いていた。
俺はふと、魔力の使い過ぎで未だ元に戻らぬ自分の『耳』にそっと手をやった。
母上から受け継いだ
この耳を見た女性達……。アーウィン兄上の元婚約者もキーラも、真っ先に浮かべたのは嫌悪の表情だった。家門の者達の半数近くが陰で『精霊の呪い』と言っていた事も知っている。
……なのに……。
『ベネディクト様。貴方様の尊いお力をもって私を助けてくださった事、心より感謝申し上げます』
エレノア嬢はこの耳にまったく臆する事なく、傷付けられている自分を庇うようにそう言ってくれた。
誰もが驚愕し、時に嫌悪するこの耳を、宝石のように煌めく瞳で真っすぐ見つめ、『綺麗』だと言って笑ってくれた人。
『……エレノア嬢……』
湧き上がってくる、甘い胸の疼きに胸元に手を当てる。
諦めたくない。どんな障害があったとしても、たとえどんな試練が待ち受けていようとも……なにを失ったとしても、彼女の傍に在りたい。あの瞳に自分を映し、微笑んで欲しい。
焦がれる気持ちを向けた先。青のグラデーションに茜色が混ざり始め、水平線に太陽の光が差し込んだその時。
エレノア嬢が、白地に金と銀の流水模様が描かれた、見慣れぬ扇……『
「――ッ!?」
その動きに合わせ、金色の粒子が鈴の音のような美しい旋律と共に宙を舞う。それを合図に、エレノア嬢の『奉納舞』が始まった。
上半身をブレさせる事なく、滑るような足さばきを駆使して舞う独特の『奉納舞』。ひらり、ふわりと舞う花のようなその動きに合わせ、蝶のようにひらめく扇子を彩る金と銀が、水平線からゆっくりと昇ってくる太陽の光に照らし出され、美しく煌めく。
艶やかなヘーゼルブロンドの髪は、舞の動きと潮風によってキラキラとたなびき、インペリアルトパーズのように煌めく黄褐色の瞳は朝日を受け、まるで黄金のように輝いている。
「……綺麗だ……!」
思わずそう口にしながら、目の前で展開していく奇跡のような舞に、ただただ魅了されていく。
王立学院でエレノア嬢に対し、悪感情を持つご令嬢方やキーラは折に触れ、「ただ騎士の真似事をしているだけ」と悪し様に罵っていた。
だが、武術や剣術を少しでも学んだ事があれば、彼女の動きがいかに洗練されたものであるのかすぐに分かる。
特に上半身を全くブレさせぬあの動き。あれは一朝一夕で身に付くものではない。もしあの扇子を刀に持ち替えたら、どれ程キレのある剣筋を見せてくれただろうか。
まるで騎士のような隙のない、凛とした動きと表情。けれどもその中に、女性らしいしなやかな所作と柔らかさが見え隠れする。
普段であれば合わさらないそれらが絶妙なバランスで混じり合い、舞う彼女をより美しく見せている。
「あ……!」
そうしてエレノア嬢が一際大きく扇子を翻したと同時に、海底神殿で見た、あの金色の蔓が精霊島を中心に空に向かい、放射線状に広がっていく。
朝日に照らされ、キラキラと煌めくその美しさに、俺達兄弟だけでなく、父上や母上、そして彼女の婚約者達の口から次々と感嘆の溜息が漏れる。
気が付けば、俺達以外の使用人や騎士達が全員、その場に片膝を突き祈りを捧げていた。中には滂沱と涙を流す者達までいる。……うん、その気持ち、凄くよく分かるぞ!!
気が付けば、彼女の足元には今や彼女のシンボルとも言えるナズナとタンポポが群生していた。しかもよく見れば、その中にスミレの紫が混じっている。……どうやら咲かせられる花の種類が増えたようだ。
さざ波の音と、周囲に響く魔力の共鳴音とが同調していき、花畑の中、凛々しく可憐に舞う彼女に華を添える。その姿はまるで花々と戯れる白い蝶のようで、その幻想的な光景に我知らず息を呑み魅入ってしまう。
やがてエレノア嬢の動きが止まり、広げた扇子がパチリと閉じる。
その瞬間、放射線状に広がっていた蔓が金色の光の粒となり、精霊島とその周辺の海域へと降り注いでいく。その煌めきが宙に溶けていくと同時に、この海域全体に結界が張られたのが分かった。
自分を受け入れてくれる女性などいない……と、閉ざしていた心にいともたやすく入り込んだ人。このヴァンドーム公爵領を救った奇跡。
エレノア嬢……。彼女はまさに、女神様の慈悲が具現化されたような存在だった。
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ベネディクト君視点でのエレノアの奉納舞実況中継でありました!
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