第519話 もしもし亀よ
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空間に漂っていた
「……つまらないものを
オリヴァー兄様の刀の鞘を両手で地面に突き刺す形で持ち、その様を見つめながら、私は時代劇さながらの決め台詞を口にした。
『ん?あれ?撃ったのアシュル様の光の球だし、つまらないもんじゃないか』
いや、寧ろ尊いよね?という事は、「尊いものを撃ってしまった」になるか?でもそれ、決め台詞的にはなにかが違うような……。
「エレノア!!まだこっちの問題は終わってないから、現実に戻ってきてくれ!!」
――はっ!!
見ればなんと、奥方様はまだ荒ぶっておられた。
しかもマルスに操られていた時のように、無表情に攻撃魔法をぶちかましているのではなく、制御し切れない己の魔力が大暴走している……という感じに、苦しみ悶えているご様子。
そしてその魔力暴走に私達が巻き込まれないよう、公爵様とベネディクト君が必死に防御結界を張り、フィン様がこれ以上暴れ出さないように、闇の触手で奥方様を縛り上げては断ち切られ、また縛り上げて……を繰り返している。
うわぁぁ!こんな時に、なに時代劇風に悦に浸っていたんだ!!私のバカ!!
「オ、オリヴァー兄様!申し訳ありません!!」
慌てて鞘を手に、オリヴァー兄様の許へと駆け寄る。
オリヴァー兄様は私から愛刀の鞘を無言で受け取ると、腰のベルトに戻した。そうして私の身体をギュッと力一杯抱き締める。
「……正直、なにがなにやらで色々聞きたい事が盛り沢山だけど……。とりあえず、よく頑張ったね。それと、疑ってごめん……」
「オリヴァー兄様……!」
囁くようにそう告げたオリヴァー兄様の身体に、私も力一杯抱きつく。が、阿吽の呼吸で互いにすぐ身体を離した。だって、それどころじゃないもん!
「オリヴァー兄様!アシュル様が……!!」
見れば、皆が奥方様を抑えている後方で、アシュル様が先程とはまた別の光の魔法陣を構築しているのが見えた。
「……実は、君が先程の攻撃(?)で黒い球体を消滅させた後、公爵夫人の様子があのような状態に変わったんだ」
オリヴァー兄様の言葉に頷く。それは多分、
「それで、夫人のこちらに対する敵意はほぼ無くなったんだけど、今はご覧の通り、魔力暴走を起こしているような状況だ。それゆえ殿下は『浄化』一辺倒ではなく、『鎮静』を強化した術式を新たに展開しているんだ。……が、公爵夫人の魔力の質が安定しないので、苦心されている」
「――ッ!!」
オリバー兄様の言葉にハッとなった私は、咄嗟にキーラ様の方へと目を向け、走り出した。
「エレノア!?」
オリヴァー兄様が慌てて私を追って来る。
そうしてキーラ様がいた場所に来てみると……。そこにはキーラ様が着ていたドレスに埋もれるように、身体を丸め、苦痛に耐えるように目を瞑っている一人の赤ん坊がいたのだった。
「……キーラ様……!」
私は赤子となったキーラ様を見ながら、彼女が辛うじて消滅しなかった事への安堵と、マルスに対する新たな怒りを感じながら、深い溜息を一つついた。
……あの野郎……もう一発ぶち込んどけばよかった……!!
私はいまだに、その小さな身体から魔力が微弱に立ち昇っているのを感じ取ると、そっと柔らかい産毛のようなオレンジ色の髪を優しく撫でた。
「……キーラ様……。もう、いいんですよ。貴女はもう、なにもしなくてもいいんです。私が護っていてあげますから……ゆっくり眠ってください」
そう優しく囁きかけると、赤子は言葉に反応したようにピクリと肩を震わせた。そして身体を弛緩させ、本物の赤子のように親指をしゃぶりながら、穏やかな表情で眠り始めたのだった。その身体からはもう、魔力は全く出ていなかった。
はー……っと安堵の溜息をつきながら、おくるみ代わりのドレスごと、キーラ様を抱き上げる。
赤子特有の体温の高さと愛らしい寝顔に、元がキーラ様だと分かっていても思わずほっこり笑顔が浮かんでしまった。
「エレノア……?その赤子……。ひょっとして、ウェリントン侯爵令嬢なのか?」
「はい、兄様。敵に利用され、生命力を代償にされていたんです」
「――ッ!そ……んな事が……!」
オリヴァー兄様が絶句し、赤子のキーラ様を凝視する。
そう。マルスは己の『魔眼』を使って、キーラ様の『反転』の力を底上げしていた。
多分だけど、そのマルスが突然消滅してしまったから、『反転』により押さえつけられていた奥方様の自我が一気に解放されたのだろう。
そしてそれにより、今までの破壊衝動と練り上げた魔力が合わさり、魔力暴走を引きおこした……のかもしれない。
『ううん、それもあるだろうけど』
もし、まだキーラ様の『反転』の力が奥方様に流れ込んでいたとしたら、それも
アシュル様や奥方様の方を確認してみると、奥方様の魔力暴走が明らかに鎮静化しだしている。やっぱり、キーラ様も原因の一つだったんだ!
「……ところでエレノア。言うか言うまいか迷ったんだけど……」
「はい?どうしたんですか兄様?」
「……うん。あのね、背中のソレ……重くない?」
「はい?」
――背中……とは?
兄様の言葉に首を回して背中を確認してみると……あれっ?なんかつぶらな黒い瞳と目が合った……。
「えっ!?あれっ!?」
なんと私の背中には、ウミガメがピッタリと張り付いていたのだった。い、いつの間に……!?
ってか、その頭と甲羅に咲いてるタンポポ!よく見なくてもあなた、奥方様が憑依していたウミガメだよね!?あっ!目を逸らした!しかもバツが悪そうに首を引っ込めるんじゃありません!
「てっきり、どこかに逃げたとばかり……」
……ってまぁ、どう考えてもカメの歩みじゃここから逃げられないよね。う~ん。それにしてもよくまあ、ここまで無事だったな。
「いや、僕がこっち来た時には既にソレ、貼り付いていたけど?」
「なんですと!?」
知っていたんなら、すぐ指摘してくださいよ!……え?てっきり知ってて貼り付かせていたと思っていた?いやいやいや、全くもって気が付きませんでしたよ!!
「うん、そうか。君らしいね」
兄様、どこがどう私らしいと?
「にしても、エレノアを避難場所に選ぶとは……。カメながら慧眼だ。流石は大精霊が依り代にしていただけの事はある」
兄様、私の心の声をスルーしないでください!しかも変なところで感心するのやめてもらえますかね!?
し、しかし。赤ちゃん抱っこしてカメ背負ってって、意識したらかなりズッシリきますわ。しかも私、
「エレノア、僕がどっちも持ってあげるよ」
見かねたオリヴァー兄様が、キーラ様を受け取ろうと手を伸ばす。するとキーラ様の顔がたちまちしかめっ面となり、私のドレスを両手で掴んで丸まってしまった。……うん、全拒否ですね?
「……」
兄様は手持ち無沙汰になった手で、私の背中に貼り付いているウミガメを取ろうとした。……が、まるで接着剤でくっ付いているかのように、ウミガメは私の背中から離れようとしない。こっちも全拒否か!?
「「…………」」
あっ、不味い!オリヴァー兄様の顔がスンとなった!!
「だ、大丈夫ですよ兄様!子供と動物に好かれない人って、一定数いますから!決して兄様だけじゃありません!」
ああっ!!兄様の顔から更に表情が抜け落ちた!!
「……別に。元敵だったご令嬢とカメに好かれなくたって、気にしないし……」
兄様!そんな事言いながら、私の頬を引っ張るの止めて下さい!しっかり気にしてるじゃないですか~!!
「そこっ!エレノア!オリヴァー!戯れるの禁止!!」
アシュル様の言葉に振り向くと、奥方様の周囲が眩い魔法陣の光に覆われているのが見えた。
「アシュル様!術式が完成したんですね!?」
「おかげさまでね!でも君達……というよりエレノア!!君には後で、言いたい事と聞きたい事が山ほどあるから!!」
あっ!よく見たらアシュル様のこめかみに青筋が立ってる!
おまけに、フィン様、公爵様、ベネディクト君までもが、ジト目でこっち見てる!
ち、違うんです!私は別に、オリヴァー兄様とイチャコラしていた訳では!!
「ーーッ!?こ、これは!!」
突然、アシュル様の顔色が変わった。
何事かと奥方様を凝視すると、奥方様の全身から白金に煌めく魔力が噴き上がっている。
フィン様が慌てて闇の触手で魔力を包み込もうとしたが、寸でのところで間に合わず、奥方様の魔力はそのまま頭上に広がりながら上昇していく。そして魔力を全て放出してしまったからか、奥方様が糸の切れたマリオネットのように、その場に崩れ落ちてしまった。
「リュエンヌ!?」
「母上ッ!!」
公爵様とベネディクト君が、慌てて奥方様を助け起こす。その様子を尻目に、アシュル様とフィン様は焦燥のこもった眼差しを頭上へと向け、叫んだ。
「不味い!!行き場を失った大精霊の魔力が、海上に向かって放たれたぞ!!」
――な、なんですとー!!?
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いや、もう一発やっていたら、多分とどめになっていたよね(; ・`д・´)<コワッ
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