第281話 これが嫉妬というものか
カタンと馬車の小さい揺れに意識が浮上する。
どうやらうたた寝をしていたようだ……けど、首とか痛くないなぁ?
「起きたか?エレノア」
頭上から、優しい声がかかる。見上げてみるとクライヴ兄様の麗しいご尊顔がどアップで目に飛び込んできた。どうやらうたた寝をしていたら、クライヴ兄様が膝抱っこしてくれていたようだ。
「うひゃあ!も、申し訳ありませんっ!」
真っ赤になって慌てて飛び起きようとした私の身体を、クライヴ兄様がやんわりと抱き締める。
「初めての領地視察で疲れただろう。バッシュ公爵邸までまだかかるから、このまま寝ていろ」
「そうですよお嬢様!」
「どうぞ我々に遠慮なさらず、ゆったりとなさって下さい」
クライヴ兄様に引き続き、ウィルとシャノンが優しく声をかけてくる。……二人とも、帰りは何故かこちらの馬車に乗り込んでいるんだよね。
二人によれば。
「あの令嬢の、エレノアお嬢様への態度や、獣人の子供に対して行ったあの非道は許せません!」
「私もウィルと同意見です。それに言いたい事はだいたい言いましたから、あちらの馬車に乗る意味がありません」
……だそうです。
クライヴ兄様も「一人にさせておいた方がいいだろう」と、ウィルとシャノンの同乗を許可したのである。まあ確かに。あんな事があった後では、お互い気まずいだろうしね。
「ほら、目ぇ瞑ってろ」
そう言って、クライヴ兄様は私の瞼にキスを落とした。
くっ!そ、そんな事されたらどうしても目を瞑っちゃうし、ウィル達の目が恥ずかしくて目を開けられないじゃないか!しかも抱き締められてるお陰でぬくぬく温かくて……眠く……なる……。
「……寝たな」
「寝ましたね」
「色々ありましたし、お疲れになったのでしょう」
スウスウと寝息をたてだしたエレノアのあどけない寝顔を、三人は揃って愛しげに見つめた。
「クライヴ様。お帰りなさいませ」
「おう。……ってか、直でこっち来たのに、何故お前がここにいる?」
エレノアを腕に抱いたままタラップを下りたクライヴは、離れの正面玄関で待ち構えていたイーサンに胡乱な眼差しを向ける。が、それに対し、イーサンは深々と頭を下げながらキッパリと言い放った。
「いついかなる時でも主人の行動の先読みを行う事は、家令の嗜みでございます」
「お、おう……。そうか」
……んん?何か声が……?
エレノアの意識がゆるゆると浮上していく。
――あ、私今、クライヴ兄様に運ばれてるのか。どうりでこの浮遊感。イーサンの声もするって事は、バッシュ公爵家本邸に到着したんだね。
「初めてのご視察、滞りなくお済みのご様子。お喜び申し上げます。では、お嬢様は私がお部屋までお運びいたしましょう」
「せんでいい!俺がこのまま運ぶ!」
「……左様で御座いますか」
――おや?なんか小さく舌打ちがきこえたような……?
「では、オルセン子爵令息。我々は館の周囲を巡回してまいります」
「ああ。宜しく頼む。後の警護はバッシュ公爵家の騎士達に引き継がせるから、巡回が終わったそのまま休んでくれ」
「承知しました」
――近衛騎士の皆さん、お疲れ様です。寝たふりのままでなんですが、今日一日有難う御座いました!
「それとイーサン。後であのゾラ男爵令嬢の件で話がある」
クライヴ兄様の口から出た名にドキリとする。
「……畏まりました。では後ほど……」
「ああ」
――……うう……。何だかまたモヤモヤする。
何で兄様がフローレンス様の事でイーサンと話すの?と、思わず口に出して言ってしまいそうになり、私は慌ててキュッと唇を引き結んだ。
今日一日彼女と一緒にいて分かった事。それは、私は彼女と仲良くなれそうにないな……という事実だった。
バッシュ公爵家本邸に到着し、初めて見た彼女は、噂で聞くような儚くて優しそうな女性に見えた。
だけど彼女と行動を共にしている内に、どんどんと違和感というか、彼女の嫌な面が鼻についてくるようになっていったのだ。
ロイ君の事に関しては、アルバの貴族女子なら、多分ああいう態度こそが通常仕様なのかもしれない。
でも彼女は「貴族」という特権を強調しながらも、主家の娘である私の言葉に、最後まで頷く事はしなかったのだ。
それは暗に、私を下に見ているという事に他ならない。
まあでもそれに関して言えば、相手に自分を認めさせられない私にも非があるのだろう。そもそも人間なのだから、相性もあるだろうしね。
……でも多分だが、フローレンス様は私の事を嫌い……なのだろう。
それは、認めていない私が仕えるべき主家の娘だったからなのか。それとも一目で恋に落ちた男性……クライヴ兄様の婚約者が私だったからなのか……。それは分からない、けれど私も、権力を振りかざして相手を下に見る人は、正直言って大嫌いだ。
しかも、服の色といいクライヴ兄様への態度といい……。いくら気に入らない女の婚約者であったとしても、他人の婚約者に何故ああいった行動を起こせるのだろうか。
……ひょっとして、私よりも美人だし領民に人望があるから、クライヴ兄様も私よりも自分に好意を持つ筈だ……って、そう思っちゃったのかな?
『そんな事、クライヴ兄様に限って絶対有り得ない!兄様は私の事を愛して下さっているし、私も……。兄様が大好きだ。だから、誰かに兄様を渡すなんて絶対しない!』
そう。昔は兄様方の愛情がシスコンからきていると思ったからこそ、良い人がいたらその人と幸せになって欲しいなんて思っていた。けれど、兄様方の本当の気持ちを知った今となっては、兄様が他の女性の事を気にかけているって考えるだけで、胸がモヤモヤしてしまう。
多分……いや、間違いなく、私は今嫉妬をしているんだ。
「エレノア?起きたのか?」
「………」
私の気配を敏感に察したクライヴ兄様が声をかけてくる。私はそれに応える事無く、そのまま眠ったふりをし続けたのだった。
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エレノア、一日を通じてハッキリと「この人ヤバイ」となったもよう。
そして嫉妬も自覚したようです。
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