愛について



『布団の中の男曰く、愛は身近なものなり』


          ○


 愛について多くを語れるほど、僕は愛を知りません。それでも「分からないからこそ、とりあえず序盤で触れてみては?」という魔女の囁きに似た夢を見ましたので、何とかなるだろうという目論見のもと書き始めてみました。


 とはいえ布団の中で一人、粛々と愛を考えるというのはより一層自分が孤独であることを際立たせます。


 横に誰かいて欲しい。そして孤独に震える僕を優しく包み込んで欲しい。

 PS.こんなくたびれた布団の上でよければ。


 愛が欲しいというこの感情も、愛が愛である所以の一つように感じます。


 さて、ボウリングのピンのように並べられた色とりどりのペットボトル達がひとりでにパキンという音を立てて僕の腕がさぶいぼで満たされる一方、世界の至る所ではたくさんの愛があふれていることでしょう。


『愛』


 そうやって一言に表してみるのは簡単ですが、そもそも愛とは一体何でしょうか?家族に対する愛や恋人に対する愛、友達に対する愛などがパッと僕の頭には浮かびます。他にも自然や物に対する愛もあるでしょうか。


 実に様々な対象に向けた『愛』が存在する中で、その根底にあるものは何か共通しているものだと思います。


 それは一体どんなものなのでしょう。


 ふと横を見ると、部屋の中心に置いてある舞殿のようなローテーブルが目につきました。お菓子のゴミとカラになった脇塗り塗りと鼻水入りのティッシュが机上の勢力争いをしていて、僕が食事をするためのスペースは全体の5%ほどしか残されていません。まさにお花見の場所取りのような息苦しさを思わせます。


「もうちょっとそっちに詰めてくれませんか?」

「最初からここにいたのは俺たちですよ。なぜ移動しないといけないんですか?」

「いやいや、もうこれ以上押されると落ちてしまうんですけど。みなさん、こっちに来ないでもらえますかー」


 神聖な舞殿で何をやっているのかと呆れてしまいますが、これもやっぱり怠惰な僕の仕業なのです。


 僕は溜息と共に重い腰を上げ、それらを少し整理しました。ティッシュはギュッと固め直してゴミも一つにまとめ、乱立していた脇塗り塗りはきちんと整列させました。


 そうすると、何ということでしょう。僕のスペースは約25%ほどにまで改善し、これまで細々と食べていたラーメンの鍋もはみ出すことなく、どっしりと置くことができそうです。


「さっきまではすみませんでした」

「いえいえ、こちらこそありがとうございます」


 みんながみんなを想い、譲り合う。

 そんな風に見えました。


          ○


 そして僕はこれが愛の根底にあるものだと思いました。


『誰かを想うこと』

 もし、遠く離れていても心の中で想い続けること。


 決して一方的でなく、想い合うことがより愛を育み立派なものに成長させていくのだと思います。


 しかし僕は布団の中の代表者として、まだ重要な愛の形に触れられていないような気がしました。


 それは人間にとって一番身近であり、そして一番難しいものかもしれません。


          ○


 例えば僕が火星に一人きりで移住したとします。詳しい基礎研究のためではなく、一生分の生活を確約してもらう代わりに火星での生活が可能かどうかの実験を行うものです。食べることに困らないよう、飲食物は充分な量を持っていきますが、それ以外は特になく、ゲーム等のみの孤独な暮らしを強いられます。


「とりあえず散歩するか」


 そう言って散歩をしますが横には当然誰もおらず、口笛吹いても文句を言っても、何も変化はありません。「もしあの岩陰から綺麗な女性が現れたらナンパするぞ!絶対に!」と、地球では女性とろくに目を合わせて話したことのない僕がとんだハッタリを言えるほど、ただひたすらにひとりぼっちなのです。


 科学者でもない限り、火星での生活は地球でのそれに比べて、数段面白みに欠けています。何も遊具のない公園に遠足に行った小学生時代の虚無感のようなものを抱くのです。


「これは参ったな。ゲームも飽きたし……」


 ゲームはクリアしてもう28周目を終わらせたところです。新しいソフトが手に入れられず、ゲームの面白みも色褪せていきます。


 そして、火星のより遠くへと旅に出かけます。ただ、それはランニングマシンを使ったかのように歩いても歩いても景色はほとんど変わりません。


「やっぱり地球へ帰りたいよ」


 僕はついにそう呟くでしょう。


 しかし火星からは地球には帰ることができません。僕は地球にいた時のことを回想します。もしかすると、かつての選択を失敗したのかもしれません。


『どうせつまらない部屋の中、布団の上で一生を過ごすのなら、食べることに心配のいらない火星での生活を楽しむのもアリだな』


 そんな軽はずみにも思える決断が、自分の未来を暗く閉ざしてしまうことになるとは思いもしませんでした。まさに袋小路。ダメ人間ホイホイに引っかかった若者の末路。


 そんな負のスパイラルに飲み込まれ、重力による空間の歪みのようにどんどん気持ちが引き摺られていきます。


 そんな時、あなたならどうしますか?


          ○


 少し話が暴走し、途中から自分でも何を話しているのか分からなくなりかけましたが、『あなた』に問うことで軌道修正ができました。


 そう、こんな時どうすればいいのでしょう?


 答えは一つではありません。

 ただ、希望をもとに前を向くためには『自分自身を愛すること』が必要なのではないでしょうか?


 暗くなると他人の悪いところはもちろん、自分の悪いところ、自分が至らないところが目立ってくると思います。


 それは一つずつ直していけるものかもしれませんが、その前にまず、立ち上がることが必須条件なのです。そして不安を含んでいても目を輝かせ、一歩ずつ踏み出していくことが必要なのです。


 特に火星を例にあげたのは、孤独な時こそ自分を信じてあげる事が大切だと思うからです。


 忙しい現代人は全てが合理化の波に飲まれ、苦しいという感情も湧き切らぬうちに次の問題が立ちはだかることも多いと思います。孤独であれば心が沈んで、何も希望が見出せない。そんな状況になりやすいです。


 だからこそ愛を信じましょう。


 自分への愛、そして自分が愛するもの全てを信じてください。そして他人を想う心が世界中に広がることを願っております。


 と、まぁ愛をよく知らない布団の上のポンコツが、愛のうちの数%を語ってみるのでした。


「あぁ、はやくもっと愛を知りたいなぁ」


 


 


 


 


 


 

 


 



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