第79話 力の優劣

 ライガルさんが運んできたという贈り物は、船乗りさん達が約束してくれていた魚料理……刺身だった。


 オルトリア王国じゃあほぼ出回ることのない料理だから、俺としては非常に嬉しい。


 そんな料理を、ライガルさんはなぜか道端に置きっぱなしにしてたわけだが。……なんで?


 まあ、魔道具のお陰で今日一日は腐ったりしないみたいだし、これはお昼の楽しみにとっておいて、今は子供達と朝のお散歩といこう。


「ユミエさん、大丈夫ですか?」


「はい、何とか大丈夫です」


 子供達の手を引いて先をいくモニカから、心配そうに声をかけられる。


 今の俺は、車椅子じゃなく松葉杖でゆっくり歩いているところだ。

 セオに少し介助して貰う形にはなってるけど、船で散々リハビリしたこともあって、どうにか前に進めてる。


 そんなとろくさい俺に文句を言うでもなく、子供達は笑顔で声をかけてくれた。


「ユミエ、歩くのたいへんそう」


「ぼくが手伝ってあげるー!」


「わたしもー!」


 俺の周りにワラワラと集まり、腰にしがみついたり背中を押したりする子供達。


 ぶっちゃけると余計に歩きづらいんだが、手伝おうとしてくれるその気持ちが嬉しかった。


「えへへ、ありがとう、みんな」


 ほんと、この病院にいるのはみんないい子達ばかりだな。

 昨日、セオの話を聞いたこの子達の方から病室に遊びに来てくれたんだが、少しお喋りしただけですぐ懐いてくれたんだ。


 喘息とか、先天性の心臓病とか、あとは怪我とか……抱えてる事情も程度も違う子供達だけど、みんながお互いを尊重して支え合おうとする姿は、眩しいくらいに尊い。


 その分、俺もこの子達をもっと笑顔にしてやりたいって思う。


「……大したもんだな」


「はい、みんな良い子達ですよね」


「お前に言ったんだよ」


「……へ?」


 どこかぶっきらぼうに告げるライガルさんに、俺は首を傾げる。


 なんというかこの人、俺のことを警戒してるような、心配してるような、何とも微妙な雰囲気を出してるんだよな。


 強いて言うなら、船にいた時のセオみたいな?

 さすがに、セオの時みたいな他人を寄せ付けない空気はないけど。


「この辺りなら大丈夫そうですね」


 そうやってゆっくり歩いて向かった先は、病院の敷地内にある大きな木の傍。


 木陰でゆっくり日向ぼっこする患者さんを想定してるのか、綺麗な木目のベンチが用意されたその場所に腰掛けると、ワクワクと期待が高まっている子供達に笑みを向けた。


「はい、それではみんなに、私の魔法を見せてあげますね。モニカさん、お手伝いお願いします」


「分かっておりますわ。一緒に魅せて差し上げましょう」


 俺とモニカで魔力を練り、魔法を発動する。


 モニカの手のひらからいくつものシャボン玉が生まれては空へと浮かび上がり、俺の手のひらからは光の幻影で形作られた七色のペガサスが飛び上がった。


 俺の作ったペガサスが、子供達の上でシャボン玉にぶつかって光を散らし、空に色とりどりの光の花を咲かせていく。


「うわー! きれー!」


「すごいすごーい!」


「ねえねえ、もういっかい! もういっかい!」


「はいはい、いいですよ。ふふふ」


 ねだってくる子供達に促され、俺とモニカは何度も魔法を披露する。


 ペガサスだけじゃ味気ないから、ドラゴンとか鳥とか狼とか、色んな生き物の姿で空を駆け回らせ、虹色の輝きを撒き散らす。

 そんな俺の魔法に合わせるように、モニカもまたシャボン玉を自然に誘導し、光の魔法で色んな絵を空中に描き出していた。


「こんな魔法は、俺も初めて見たな……オルトリアでは、普通なのか?」


「いいえ、これはユミエさんのオリジナルですわ」


「……そうなのか?」


 意外そうに俺を見るライガルさんに、俺は少しばかり照れ臭くなって頬をかく。


 オルトリア王国でも、魔法をまともに学べるのは貴族くらいだ。


 平民だって魔道具は使えるけど、あれは単一の機能に特化させて他のことには使えないようにセーフティまでかけられているから、こういった演出には利用出来ない。


 そして、貴族にとっての魔法は戦闘に用いる武器であり、見世物として使う者なんて皆無。


 つまり、こういう戦闘と無縁な演出魔法に関しては、俺が唯一の開拓者で、ブルーオーシャン状態なわけだ。


「大したことじゃありませんよ。私は生まれつき魔法の才能がありませんでしたから、そんな私でも出来ることを、って考えた結果です」


 魔力に乏しくても、ちょっとでも家族の役に立てるような……家族に認めて貰えるような、そんな力が欲しくて魔法を練習して、そうして行き着いたのが演出魔法だ。


 まだ一年も経ってないのに、なんだか遠い昔のことみたいに感じて、俺は少し目を細めた。


「それに、今はモニカさんも使えますしね。本当にお上手です、もう私じゃあ敵いませんね」


「まあ、私だって頑張って特訓しましたもの。でも、まだまだですわ、細かい制御はユミエさんには及びません」


 俺がモニカを称賛すると、モニカもまた謙遜混じりに俺を誉めてくれる。


 モニカはそう言ってくれるけど、魔力量はそのまま、一日に特訓出来る時間の上限にも関わってくるし……追い抜かれるのもそう遠くないだろうな。


 そう思うと、やっぱり少し悔しい。


「才能がないなんてことはないだろう。こうして、今お前はここにいる子供達を楽しませているんだからな」


 すると、ライガルさんから思わぬ言葉を投げ掛けられ、目を瞬かせる。


 そんな俺に一瞥もくれず、ただ魔法が飛び交う空を見つめながら、ライガルさんは言った。


「……誰かを傷付ける力より、誰かを楽しませ、癒す力の方が素晴らしい。そう思われる世の中であるべきだと、俺は思っている」


 ライガルさんは、この国の常駐戦力である獣人戦士団の隊長だと、さっき子供達から教えて貰った。


 そんなライガルさんの口から、どこか自嘲するように語られた言葉には、独特の“重さ”みたいなものがある。


 でも……。


「そんなことありませんよ。誰かを傷付ける力だって、それはきっと、誰かを守るために身に付けた力なんですから。どんな力でも、それが誰かのためになるのなら、優劣なんてありません。違いますか?」


 誰かを傷付ける力。それは、今も俺のためにオルトリア王国で頑張ってくれている、お兄様が必死に鍛え上げていたものだ。


 だから俺は、それを“傷付ける力”だなんて言い方をしたくない。あれは、俺を守るために手に入れてくれた力だから。


 ほとんど初対面みたいなものだけど、ライガルさんもきっと、お兄様と同じだろうと思う。


 そうじゃなきゃ、子供達からこんな風に真っ直ぐに慕われたりなんてしない。


「ライガルさんは、ちゃんと子供達のヒーローですよ。胸を張ってください」


「…………」


 思ったままを全部口にしてから、はたと気付く。


 いや、そもそも、今の話って別にライガルさん自身のことだなんて一言も言ってなくない?


 もっと別の何かだった可能性もあるのに、思い込みでやたらと偉そうなこと語られて、怒ってないだろうか?


 少し不安になりながらライガルさんの方を見ると、彼はキョトンとした顔でしばし俺の方を見つめ……思い切り、笑い始めた。


「くははは! まさかこんか子供に励まされるとはな。俺もヤキが回ったもんだ」


「え、えっと……?」


「いや、悪い。俺はお前を勘違いしてたみたいだ。許してくれ」


 そう言って、ライガルさんは俺の頭を撫でようと手を伸ばす。


 それを、モニカとセオが左右から弾き返した。


「レディに無断で触れようとするなんて、紳士の風上にも置けませんわね」


「がるるる……ユミエを撫でていいのはモニカだけ」


 いや、別に俺は気にしないよ? 誰かに撫でて貰うの好きだし。

 あとセオ、番犬じゃないんだからそんなに睨まない。お前はモニカに何を吹き込まれたんだ?


「……そ、そうだな、すまん……」


 そして手を弾かれたライガルさんはと言えば、少しだけ残念そうにしゅんと肩を落としていた。


 ……いや、あの、別に俺の頭でよければいくらでも撫でてもいいからさ。大の大人がそんなことで落ち込むなよ!?

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