第80話 セイウスの頼み事
「ユーフェミア国民への挨拶回り、ですか?」
「うむ、お願い出来んかの?」
俺が翠猫病院で過ごし始めて数日が経った今日、いつものように病室でセオやモニカ、子供達と過ごしていたら、議長のセイウスさんからそう頼まれた。
なんでも、奴隷として囚われていたセオの状態について、気になって問い合わせてくる国民が多いらしく、セオの元気な姿を見せてやりたいらしい。
「それで、なんで私が挨拶に?」
「セオにとって、その方が良かろう? のう?」
「ん……! ユミエと一緒がいい……!」
すっかり甘えん坊になったセオが、俺の腕にぎゅっとしがみついてくる。
まあ確かに、セオも元気にはなって来たけど、未だに俺やモニカの傍からは離れられないからなぁ。誰か傍にいた方がいいっていうのは納得だ。
「でも、挨拶って何をすればいいんですか? 一緒にいるのは構いませんけど、そういうスピーチのようなものは、私より公爵様の方が……」
「いや、ユーフェミアの民にはお前さんの方が効果的じゃよ。別に、小難しいことをする必要はない、セオと一緒に各部族の里を回って、そこの者達といつも通り交流してくれればいい。そうすれば、後はワシらで上手いこと説明するでの」
「は、はあ」
つまり、俺はセオの付き人になればいいってことかな?
俺としては、翠猫族以外の里がどうなってるのかも気になるし、全然構わないんだが……手足だってまだ自力で歩けるほどには回復してないし、迷惑にならないか?
「挨拶回り中の治療はワシがやるし、道中で万が一魔物に襲われるようなことがあっても、赤虎の護衛もおる。心配するな」
「はあ、そこは別に心配してな……待ってください、道中に魔物が出る可能性あるんですか!?」
「普通はないのぉ。じゃが、花の目印から外れて森の奥に迷い込むと、たまに出てきたりするでの。外国人は獣人の案内と護衛なしで国内を回るのはオススメせん」
「絶対しないようにします」
ユーフェミアって、結構危ないんだな……まあ、ユミアの花が発する臭いを魔物達は嫌がるそうで、ちゃんと整備してあれば魔物が町や里までやって来ることはほぼないらしいが。
「大丈夫ですわ、ユミエさんに何があっても、私が守りますもの。それに、挨拶についても心配いりません、むしろ……ユミエさんのあまりの可愛さに、ユーフェミアの民が揃って求婚に訪れやしないかと、私はそれが気掛かりですわ」
「モニカさんは私をなんだと思ってるんですか?」
俺はサキュバスか何かか。
そんなに簡単に国民全員に好かれるなら、誰も苦労しないっての。
だけど、そう思っているのは俺だけだったらしい。
「求婚は知らぬが、お前さんなら大丈夫じゃとワシも思うとるよ」
「まあ、お嬢様ですしね。メイド達の間でも密かに、“傾国の美少女”の二つ名で通っております」
「ん……ユミエなら、きっとみんな好きになる。でも……たくさん友達、出来ても、一緒にいてね……?」
セイウスさん、リサ、セオの順に、口々に太鼓判を押し込んで来る。
いや待って、セイウスさんの期待が重いのは一旦横に置いとくとしてもだ。リサ、“傾国の美少女”って何? いくら俺が可愛いと言っても、国を傾けるなんてこと出来るわけないだろ?
それとセオ、心配しなくてもお前から離れたりしないから。友達百人出来ても傍にいるから、泣くなって。
「ん……えへへ……ずっと一緒……」
「もう、本当に甘えん坊さんですね、セオは」
すりすりと全身で密着して好き好きアピールしてくるセオを、俺は優しく撫で回す。
そんな俺達を見て、リサがボソリ。
「これが出会ってまだ二週間の二人だと聞いて、お嬢様の魅了スキルが傾国レベルだと思わない人がいるでしょうか?」
「いないと思いますわ。というか、オルトリアは既に堕ちているも同然ですし」
「ワシもじゃ。というか、ライガルも言うとったが……お前さん、実は本物のサキュバスじゃったりせんかの? この数日だけで、子供達どころかウチの医療スタッフ全員、お前さんに骨抜きにされとるんじゃが……」
「本当に私をなんだと思ってるんですか!? 泣きますよ!?」
セオは事情が事情なんだから、立ち直るために近くにいる誰かに依存気味になるのは仕方ないだろ?
そして俺はサキュバスなんかじゃないし、オルトリアも堕としてなんかないよ。失敬な。
「お嬢様、結構自己評価高めなのに、それでも全然実態には届いていないんだから反則ですよね」
「ユミエさんは自分を世界一可愛いと思っているかもしれませんが、実際は“世界一”なんて称号では足りないレベルですものね」
ほ、褒められてるんだよな、これ? なんか素直に喜べないんだけど?
「あーもう、この話はやめです! 打ち切りです! それで、挨拶回りっていつから行くんですか?」
「早ければ明日から、セオとお前さんの体調と相談しつつ、かの。ゆっくりやるでの、一ヶ月くらいの期間を見ておる」
「分かりました、任せてください」
重すぎる期待は気になるが……要するに、セオと一緒にユーフェミアの人達と仲良くなっていけばいいってことなんだから、オルトリアにいた時とやることは変わらない。
グランベル家のパーティー、そしてリフィネの誕生日パーティーを乗り越え更に成長した今の俺なら、ユーフェミア国民全てとは言わずとも、たくさんの人と仲良くなれる自信はある。
それに、今はセオがいるしな。
「セオ、私が言ったこと、覚えていますか?」
「……?」
「セオは誰からも愛される、可愛くて素敵な女の子だって。それを証明する時です」
俺一人じゃ無理だろって話だけど、セオがいれば国中の獣人達に好かれるのも夢じゃない。
セオのためにも、ここはいっちょリサ達の口車に乗って、本気で狙ってみるか。
「私達で、このユーフェミアが傾くくらい、たくさんの人に愛されに行きますよ! おー!」
「おー……?」
よく分かっていなさそうなセオを、俺はもう一度撫で回す。
そんな俺達に、リサ達はどこか温かい眼差しを注いでいた。
「お二方、賭けますか? 本当に国が傾くかどうか」
「遠慮しておきますわ。賭けになりませんもの」
「ワシもパスじゃ。まあ、悪い方向に傾くことはなさそうじゃし、ジジイはのんびり行く末を見守るとするわい」
かかかっ、と、少年の見た目であまりにも爺臭い笑みをセイウスさんが浮かべ、それに賛同するようにリサとモニカも大きく頷く。
こうして俺達は、一ヶ月間のユーフェミア国内旅行(?)を行うことになった。
なお、俺やセオの体調ではなく、病院に残される子供達が俺との別れを惜しんで泣き出してしまったり、セイウス以外に同伴する医療スタッフを誰にするかで大の大人達まで揉めに揉めるなどといったトラブルが起き、出発が一日遅れることになるんだが……それは余談である。
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