第67話 心を閉ざした少女

 モニカに車椅子を押して貰って、女の子がいる船室に向かう。

 一応ノックをして、入ってもいいか聞いてみたものの、反応はなし。


 仕方ないので、一言断りを入れて中に入ると……そこには、ベッドの上で膝を抱え、ただじっと座っている獣人の女の子がいた。


「…………」


 ちらりと、一瞬だけその虚ろな眼差しが俺を見る。

 包帯だらけの俺の顔や手足に驚いたのか、ほんの少しその瞳に色が宿ったようにも見えたけど……すぐに興味をなくしたのか、また俯いてしまった。


「初めまして。私の名前はユミエ・グランベルです。こんな格好ですみません、ちょっと事情がありまして」


「…………」


「お名前、聞いてもいいですか? 私、あなたと仲良くなりたくて」


「…………」


「ええと……き、綺麗な髪ですね! そんな鮮やかな青い髪、初めて見ました……!」


「…………」


「あ、あはは……」


 ダメだ、全然反応がない。


 でも、そうなるのも仕方ないだろう。

 詳しい事情は何も聞けていないが、奴隷制なんてないはずの国の人が、奴隷として見知らぬ土地に連れていかれて、ふざけた実験に使われて、異形の腕でやりたくもない仕事をやらされて。


 それをやったのはナイトハルト家の人間だけど、この子からすれば俺と同じ、オルトリア王国の人間だ。


 だから、簡単に信用して貰えるとは思ってない。

 信用して貰えるまで、根気強く付き合うだけだ。


「船の外には出てみましたか? 潮風が気持ちいいですし、海も綺麗で気分が良くなりますよ」


「…………」


「あまり食欲ないって聞きましたけど、何かは食べた方がいいと思います。好きな食べ物って何かありますか? 私で良ければ頑張って作りますから」


「…………」


「まあ、私も実は料理ってあんまりしたことないんですけどね。しようと思っても、包丁は危ないからってずっと止められて……剣は持たせて貰えたのに、変な話ですよね」


 全く反応のない女の子に、ただひたすら、一方的に話し掛け続ける。


 相手からのレスポンスがないと、会話を続けるのもなかなか難しいものがあったけど、幸いにして俺は日々の話題には事欠かないからな。

 とにかく、少しでも興味を引いて貰うために、根気よく喋り続けた。


「それで、その時お兄様が、私にこう言ったんです。ユミエはやっぱり俺がいないとダメだなって。だから私……」


「いいよね、家族。私も、好きだったから」


 一体、どれくらいぶっ通しで話していただろうか。

 ふとした瞬間に、女の子が初めて口を開いた。


 相変わらず俺の方を見てもくれないけど、喋ってくれたのが嬉しくて、俺は思わず笑顔が溢れる。


「ですよね! 家族は良いものです! あなたも──」


「私の家族は、今生きてるかどうかも分からないけど。私とは別のところに、売られちゃったから」


 けど、どうやら心を開いてくれたわけじゃなく、単に地雷を踏み抜いてしまっただけらしい。


 やってしまった、と、俺は肩を落とす。


「……すみません、無神経なこと言って」


「……別に」


 それっきり、会話が途絶えてしまった。


 うぐぐ、俺のバカ!! もう少し会話の内容を選べ!! もっとこう、この子がちゃんと楽しめる感じの!!


 でも、困ったことに俺が語れる話題は、どれもこれも家族や友達に関するものばかりで、この子にとってはほぼ地雷原に等しいと気付いてしまった。


 ……俺、もしかして会話のボキャブラリー壊滅的……?


「ユミエさん、そろそろ時間ですわよ」


 そんな時、後ろで黙って見ていてくれたモニカが、俺にそう言ってくれた。


 そっか、そろそろリハビリの時間だったな。


「すみません、用事がありますから、今日はこれで失礼しますね。また明日来ます」


 まあ、焦る必要はない。

 この世界の船はまだ帆船なので速度が遅く、ユーフェミアに到着するまでまだ一週間ほどある。


 その間に、少しずつでも仲良くなっていこう。


 そんな風に思いながら、俺は俯いたままの女の子へ、小さく手を振るのだった。




「モニカさん、お願いがあるんですが……私と、料理をしてくれませんか?」


「はい?」


 今日の分のリハビリを終えた俺は、モニカに対してそう頼み込んでいた。


 流石に予想外だったのか、モニカも目を丸くしている。


「料理だなんて、どうして急に?」


「あの子に、何か作って持っていってあげたいんです。何でもいいですから、何か食べないと持ちませんし」


「ユミエさんの手料理なんて、私ならぜひとも食べたいと思うご馳走ですけれど……あの子が食べてくれるとは……」


「それは分かってます」


 聞いた話だと、獣人は体が丈夫で多少食べなくても人より長く耐えられるらしいが、平気なわけじゃない。


 もちろん、俺が何か作ったからって、それですぐ食べてくれるなんて都合の良いことは考えてないし、むしろ、最初のうちは捨てられるんじゃないかとさえ思う。


 それでも、俺が料理をしようと思ったのには、もう一つ理由がある。


 あの子と話す、話題作りだ。


「家族との思い出話は、あの子には辛いでしょうから。モニカさんと楽しく料理して、そのことを話してあげたいんです。ダメでしょうか?」


「ユミエさん……ええ、構いませんわ。私で良ければ力になります。ただ……」


 モニカが、俺の体をふわりと包み込むように抱き締める。

 急な行動に驚く俺に、モニカは優しく語りかけた。


「あまり無理はしないでくださいまし。ユミエさんは、いつも少し頑張り過ぎるところがありますから……辛い時は、ちゃんと泣いてくださいな。私が、いくらでも受け止めて差し上げます」


「……ありがとうございます、モニカさん」


 モニカの優しさに胸がいっぱいになった俺は、本当に泣きそうになってしまった。


 でも、それは今じゃないとぐっと堪え……代わりに、ちょっとだけ甘えることにする。


「なら、その……今晩から、一緒に寝て貰ってもいいですか? やっぱりその、一人の夜は、寂しいので……」


「はい、喜んで。何なら、これから生涯毎日一緒に寝てもいいんですのよ?」


「ふふ、ありがとうございます」


 生涯一緒はさすがに冗談だろうけど、俺のためにそこまで言ってくれる友達の存在が嬉しくて。


 俺はしばしの間、モニカにぎゅっと抱き締められていた。

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