第45話 離宮籠絡作戦
「準備はいいですか? リフィネ」
「う、うむ。いつでも良いぞ」
王子との密会を終えた翌朝。当然のように離宮を訪れた俺は、朝早くからリフィネの身支度を手伝い、準備万端で部屋を出た。
緊張した様子のリフィネの手を取り、俺達は廊下を歩いていく。
すると、さほど間を置かずに目的の人達──この離宮に勤めるメイドが三人歩いているのが見えた。
「すみませーん」
早速、俺が軽く手を上げながら声をかける。
こちらに気付いたメイド達は、俺と一緒にいるリフィネを見て一瞬だけ体を強張らせながらも、職務を果たすべくにこりと笑みを浮かべた。
「はい、どうしましたか?」
メイドの一人が代表し、問い掛けてくる。
そんな彼女の前に、俺はリフィネを押し出した。
「リフィネ……様が、あなた達に言いたいことがあるそうなので、聞いてあげてください」
「……ユミエぇ」
「練習した通りにやれば大丈夫ですよ、さあ、勇気を出して頑張ってください」
いつになくしおらしいリフィネを見て、メイド達は困惑している。
そんな彼女達と顔を合わせたリフィネは、しばし逡巡した後……ペコリと、頭を下げた。
「い、今まで、たくさん迷惑をかけて悪かった。その、妾も、頑張るから……これからも、よろしく頼む」
王族が、それも我が儘放題のお転婆姫が自分達に謝罪したという事実が信じられないのか、呆然と言葉を失くすメイド達。
まあ、気持ちは分かるけど、彼女達が現実を飲み込むのをいつまでも待っていたら、無言の時間に耐えきれなくなったリフィネが泣いてしまいそうだし、助け船を出すか。
「ふふ、よく出来ました。リフィネは良い子ですね」
「こ、子供扱いするな! ユミエは妾とほとんど歳も変わらんだろう!」
「いいじゃないですか。何なら、お姉ちゃんって呼んでもいいですよ?」
「断る!! ……だが、その……」
強い言葉遣いから一転、しおしおとか細い声に変わりながら、リフィネは俺のドレスを掴む。
「ユミエが傍にいてくれなかったら、妾はずっと何も言えなかった。だから、その……ありがとう、礼を言うのだ」
やや低い身長から繰り出される、潤んだ瞳による上目遣い。普段ガサツで粗暴な暴力お姫様が見せるその表情は、絶大な威力を伴って俺の胸を貫いた。
リフィネはそういう子なのだと、事前に分かっていた俺でさえこうなのだ。初めて目の当たりにするメイド達が耐えられるはずもなく、彼女達のリフィネを見る目が確実に変わった。
「どういたしまして。それでは、行きましょうか」
「うむ。……あ、お前達、その……」
俺と手を繋ぎ、次の場所へ向かおうとしたところで、リフィネはもう一度メイド達へと振り返る。
「……またな」
小さく手を振るリフィネの笑顔で、ついにメイド達は崩れ落ちた。
うむ、あの三人は"堕ちた"な。計画通りだ。
「ユミエ、これで良かったのか?」
「はい、とっても可愛かったですよ、リフィネ」
俺がそう言って褒めると、リフィネは嬉しそうにはにかんだ。
──離宮勤めの人達を、俺とリフィネの二人で全員籠絡して欲しい。
シグートにそう言われた時は何事かと思ったけど、詳しく聞いてみればその理由は分かりやすかった。
まず、一口に"王族派"、"貴族派"などと言ったところで、全員が敵なわけでも、全員が味方なわけでもない。
分かりやすいところで言うと、モニカだな。あいつのベルモント家は一応立場としては貴族派らしいけど、別に国家転覆を狙ってるわけでもなければ、王族と仲が悪いわけでもない。そうでなければ、シグートとモニカの婚約なんて話は噂にすらならないだろう。
つまり、貴族派と一口に言っても、あくまで"王族に集中した権力を分散させたい"って志で纏まっているだけで、リフィネを利用しようとしているのはその一部だってことだ。
だからこそ、シグートは離宮にいる人間を全員籠絡しろと言った。
リフィネを王族派に引き込むのではなく、貴族派の象徴として残したまま、リフィネ自身の魅力で離宮にいる貴族派の連中を自分の仲間にしてしまうのだ。
そうすれば、今は誰が敵で誰が味方かも分からない離宮が、信用出来る人物達によって守られたリフィネの城になるだろうし……いざ、派閥争いの中でリフィネを襲おうという人間が現れたとしても、普段から仲良く接していれば相手の心に躊躇いが生まれ、不審な動きを見せる可能性が高くなる。
そうやって、リフィネが自分の力で自分の安全を確保することで、シグートが危険分子の排除に全力を注げる、というわけだ。
ここで問題になるのが、俺の存在……もとい、グランベル家は王族派じゃないのか? ってことなんだけど、意外にも政治的には中立の立場らしい。
なんでも、国内最高峰の武力を持つグランベル家が政治に関わりすぎると、派閥抗争が激化した際に酷い内戦が起きる可能性があるので、あくまで中立の立場でそれを防ぐのが役割なんだってさ。
例外は、国防に関する取り決めだな。だから、予算会議にだけはお父様も口を挟みに行ったんだと。
実際にグランベル家を籠絡して自分の居場所を勝ち取った実績があり、なおかつ政治的には中立でリフィネに肩入れしてもさほど貴族派から突っ込まれにくい──そんな俺がいるからこそ、シグートもようやくリフィネと関わりを持てるのだとさ。
「ふふふ……シグートも見る目があるな」
俺は
俺達が手を組めば、離宮の完全制圧も簡単に出来るだろう。
「さあリフィネ、次は厨房ですよ。私達の可愛さで、この離宮を支配しましょう!」
「お、おー?」
可愛さで支配というのがいまいちピンと来ていない様子のリフィネをもう一度撫でながら、俺達は次なる獲物を求めて歩みを進めていくのだった。
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