第44話 王族兄妹を阻む壁

 シグートとリフィネの争いは、俺の泣き落としで決着をつけた。


 シグートは嘘泣きだって気付いてそうだったけど、本気で慌てるリフィネを見て満足したのか、野暮なツッコミも入れずにノッてくれた。……ただ、最初からからかうつもりで言ってたのかと思うと微妙に面白くない。


 内心でむすっとしていると、それに気付いたシグートはそっと耳元に顔を寄せてくる。


「僕がユミエの一番でいたいというのは本当だよ、だからそんな顔しないで欲しいな」


「っ~~~!」


 こ、この王子、本当に油断も隙もないな!

 ナチュラルに女の子をたらすようなことしやがって、この天然女たらしめ!


「君が何を考えているのか、何となく分かるけど……君にだけは言われたくない、って言わせて貰うね?」


「ほえ?」


 確かに俺は可愛いし、可愛く見られるように普段から心掛けてはいるが、シグートみたいなたらしセリフを吐いたことはないぞ。


「これは、ニールが放っておけなくなるのも納得だね」


 やれやれと、シグートは肩を竦める。


 益々意味が分からず首を傾げていると、そんな空気を変えるようにリフィネが割り込んで来た。


「なあ、兄上……兄上が妾を嫌っていなかったことは分かったが、それならばこれからはちゃんと会えるのか?」


 まだ不安なのか、リフィネは俺のドレスの裾を掴みながらそう問い掛ける。


 それに対して、シグートは困ったように眉を寄せた。


「ごめんね、流石にあまり頻繁には会えないんだ。まだ情勢が不安定だからね」


「……そういえば、今までリフィネに会えなかった理由も、リフィネを守るためだって言ってましたよね? あれ、どういう意味なんですか?」


 しゅんと落ち込んでしまったリフィネの代わりに、俺がその真意を問い質す。


 政治的に難しい立場なんだと聞いてはいるが、具体的にどう難しいのかまでは俺も、恐らくリフィネ自身もよく分かっていない。


 まずはそれを知らないことには、この兄妹の間にある壁を完全に取り払うことは出来ないだろう。


 それを、シグートも自覚していたのか。やや躊躇うように説明し始めた。


「……僕とリフィネは母親が違うって話はしたよね? それが一つの原因となって、僕とリフィネは世間的には対立する立場にある。ここまではいい?」


「はい、分かってます」


 リフィネも理解はしているのか、こくりと頷いた。

 それを見て、シグートは重い口調のまま続きを語る。


「"正統な"王族である僕と対立しながら、けれど王家の血を引くリフィネは、王家と対立している貴族達にとってこの上なく都合が良いんだ。リフィネを自分達の傀儡として次期女王に仕立て上げ、王家が持つ権威を自分達貴族が奪い取る──そんなことを、水面下で画策してる連中がいる」


 思わぬ事実に、俺だけでなくリフィネまでもがぎょっと目を剥いた。

 まさか、リフィネをそんな風に利用しようとしてる輩がいるなんて……。


「で、でも……それなら尚更、シグートとリフィネが仲良くした方が良いのでは? リフィネが利用されないように……」


「そういうわけにも行かないんだ。確かに、僕とリフィネが仲良くして、リフィネが"王族派"の立場に立てば、"貴族派"は錦の御旗を失うことになる。……だからこそ、それを防ぐために……」


「……妾を殺して、替え玉を立てようとする、か?」


「……ああ、その可能性がある」


 リフィネが口にした、あまりにも恐ろしい未来予想に、俺は絶句してしまう。


 リフィネが、自分達の都合通りに動かないから殺すって? そんな……そんなこと……。


「もちろん、あくまで可能性の話だ。でも、離宮の中は貴族派の連中でほとんど固められてしまっているから、もしもの時に僕の力じゃリフィネを守れない。それに……僕の周りだって、リフィネにとって安全とは言えないだろう」


「どういう、意味ですか?」


「王族派にとっても、リフィネは"邪魔"なんだ。貴族派に利用されて厄介なことになる前に、暗殺してしまおうなんて考える輩がいないとも言えない」


 シグートの言葉は、どれもあくまで予想の形を取っている。

 でも、それなりに付き合いのある俺には分かる。少なくともシグートの中では、それはほぼ確実に起こる未来なんだと。


「だから……今までの僕には、現状維持しか選べなかった。ごめん、リフィネ」


 頭を下げて謝罪し、シグートが話を締め括る。

 その表情には、深い後悔と無力感のようなものが垣間見えて、彼がどれだけ長い間リフィネのことで胸を痛めていたのか、嫌というほどに分かってしまう。


 でも……だからこそ、俺は腹の底から沸き上がる感情を抑えられなかった。


「ふざけるなっ!!!!」


 ダンッ!! と、テーブルに拳を打ち付ける。

 びくりと震えるリフィネを横目に、俺は絞り出すように叫んだ。


「リフィネは、政治の道具なんかじゃない……!! 普通に笑って、喜んで、泣いて……ただ、家族と仲良く過ごしたいって願ってるだけの女の子なのに……どいつも、こいつも……リフィネの命を、想いを……なんだと思ってるんだっ!!!!」


 こんなにも激しい感情が込み上げてくるのは、この体になってから初めてのことかもしれない。

 爆発しそうなくらいの怒りと、涙が溢れそうなほどの悲しさがない交ぜになって、俺の心をぐちゃぐちゃにかき回す。


 けれど、僅かに残った理性が、それでは何も解決しないだろうと俺を諭していた。


「シグート……さっき、"今までの僕には"現状維持しか選べなかった、って言ってましたよね。つまり、今なら……リフィネを助ける道があるってことですか?」


「……ああ、そうなるね。けど、ユミエも少なからず危ない橋を渡ることになると思う。それでもいいのかい?」


「構いません。グランベルの名に懸けて……リフィネは私が守ってみせます。絶対に」


「ユミエ……」


 俺の言葉をどう受け止めたのか、リフィネは今にも泣き出しそうな……それでいて、どこか嬉しそうな表情を浮かべる。


 そんなリフィネの頭を撫でて落ち着かせながら、俺はシグートへと向き直った。


「ふふ……本当に、眩しいくらいに良い子だね、ユミエは。だからこそ、信頼出来る」


「ありがとうございます。……それで、私は何をすれば?」


 どんなことでもやってみせると、決意を込めた瞳でそう告げる。


 実際、この時の俺はなんでもするつもりだった。

 自分の命を懸けることになったとしても、リフィネを見捨てることだけは絶対に出来ないと、そう思って。


 だからこそ余計に……続くシグートの言葉は、あまりにも予想外だった。


「そうだね、ひとまずは……ユミエとリフィネで、離宮勤めの人達を全員籠絡しといて欲しいな。二人にデレデレになるくらいに」


「はい!! …………はい?」

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