第35話 新たな日常
魔物襲撃事件からしばらく経ち、夏の季節がやって来た。
あまりにもゴテゴテと装飾をつけたドレスはクローゼットの奥に仕舞われ、比較的薄い生地のものを好んで着るようになるこの季節。
俺はグランベル家の庭で、日陰にしゃがみこんで唸っていた。
「うーむむむ……」
俺の前にいるのは、一匹の野良猫。
じっと見つめる俺のことを、警戒の眼差しで見つめ返している。
そんな猫の前で、俺は新開発の魔法を試す。
演出魔法、《
「……にゃーお」
俺に、猫耳と猫尻尾(の幻影)を生やすことだ。
……こらそこ、コスプレ獣人とか言うな、俺は至って真面目なんだ。
至って真面目に、最大限動物に近しい姿になれるよう努力した結果がこれなのだ。
……いや、うん。最初はね? 完全に動物の見た目に変化してたんだけど、人間サイズの猫なんて魔物しかいないからさ、通り掛かった人がめちゃくちゃ驚くんだよね。動物達も同じなのか、化け物としてしか認識してくれないし。
そんな事情からの妥協点が、この獣人コスプレ風変化。これによって、俺は更なる可愛さアップを狙う。
そう、人だけでなく、動物にさえも愛される、パーフェクトプリティユミエちゃんを目指すのだ!!
「にゃーにゃーにゃー♪」
猫の鳴き真似をしながら、そっと野良猫に手を伸ばす。
猫の手に見えるよう、肉球グローブ風の幻影を被せて近付くその手に……。
「ニャー」
野良猫は見向きもせず、塀を飛び越えて去って行った。ガーン。
いやいや、怯えられなくなっただけでも大きな進歩だ。このまま続けていけば、きっとあの野良猫も心を開いてくれるはず……!
「ユミエ、何してるんだ?」
「あ、お兄様!」
後ろから聞こえた声に反応し、俺はすぐさま声の主に向かって走り出す。
そんな俺を、お兄様は笑顔で受け止めてくれた。
「おっと、はは、今日も元気そうだな、ユミエ」
「えへへ、お兄様が傍にいてくれたら、私はいつでも元気いっぱいです!」
お兄様の胸に顔を擦り付けながら、俺はめいっぱいの笑顔でそう答える。
例の襲撃事件以来、俺の中でお兄様の株は上限なしで絶賛急上昇中だ。
だってさ、魔物に襲われて、もうダメだって思ってたところに颯爽と現れて、俺のこと助けてくれたんだぞ? そりゃあ、好きになるに決まってるってもんよ。
だから、以前にも増してお兄様に甘えることが増えたんだけど……お兄様がそれを喜んでくれるもんだから、それこそ四六時中べったりしてる。
寝る時に一人は不安だからって名目でお兄様のベッドに入り込んだり、一緒にお風呂に入ろうとしたり。
まあさすがに、お風呂までついていこうとしたのは怒られちゃったけどな。お兄様じゃなくて、お母様とリサ、それともう一人、とある"お客さん"に。
そんなわけで、今の俺たちは周りが羨むを通り越して呆れるほどの仲良し兄妹となっているのだ。
「それで、改めて聞くけど……何してたんだ?」
「動物と仲良くなる練習です。ほら、私の素質ではどう頑張っても魔物には勝てませんけれど、私の魔法を上手く使って"魅了"出来れば、戦わずに切り抜けられるかもしれないじゃないですか」
だからこその《獣化》です、と、俺は幻影で出来た猫耳をピコピコと動かしてみせる。
うん、お兄様の表情がいつもみたくだらしなく緩んでるから、少なくとも人間相手にはちゃんと可愛く見えているらしい。
肝心の動物相手は、今のところ効果が見られないけど。
「確かに、ユミエの可愛さなら動物や魔物だってメロメロになっちまうかもな。応援してるから、頑張れ。でも危ないことはするなよ?」
「はい!」
ぎゅーっと抱き合いながら、俺は元気よく返事をする。
そうやって、しばしお兄様の温もりに浸ってまったりしていると……そんな雰囲気に割り込むように、新たな声が乱入してきた。
「ちょっとそこの! 私を差し置いて何をイチャイチャしてるんですの!?」
お兄様から体を離して目を向ければ、そこにいたのは深紅の令嬢。ベルモント家の娘、モニカだ。
そう、彼女こそが、今グランベル家に滞在している"お客さん"であり、やたらとベタベタしてる俺とお兄様の関係について説教する人物の一人である。
「別にいいだろ、兄妹なんだから。そもそも、"私を差し置いて"ってなんだよ、お前を入れる余地なんてどこにもないっての」
「ありまくりですわ!! 私はベルモント家の女ですのよ!?」
「いや今この状況でベルモント関係ないだろ!?」
ぎゃあぎゃあと、お兄様とモニカが言い争いを始める。
ベルモント公爵家の人間相手に、お兄様も随分と口が悪いことだけど、これはモニカ自身が望んだことだ。
例の襲撃事件で、モニカが内部の人間に狙われた可能性が高いから、調査が終わるまでは安全なこの家で匿ってもらう。そんな居候の立場である以上、へりくだる必要はないのだと。
今の今まで、一度もその宣言が撤回されることもないままお兄様と日々口喧嘩してるし、これはこれで仲良しと言えるんだろう。いいことだ。
「ともかく、ユミエさんは私のモノですので、ニールさんは弁えてくださいな」
「モノってなんだよ!?」
「ユミエさんは私の騎士ですので。ね、ユミエさん?」
「あ、はい。私はモニカ様を守る剣です」
俺を撫でながら問うモニカに、こくりと頷いてみせる。
それだけで、モニカはこれでもかってくらいのドヤ顔でお兄様に目を向けた。
「分かりましたか? ユミエさんは私のモノですの!!」
「そうはならねえだろ!? ええい、ユミエが欲しければ俺を倒してからにしろ!!」
「あらいやですわ、ニールさんはか弱き令嬢を暴力で黙らせようとするんですの? そんなことではユミエさんに嫌われてしまいますわよ?」
「む、ぐぐ、ぐぬぬ……!?」
あっさり言い負かされて黙るお兄様に、モニカは「おーほっほっほ」と悪役染みた高笑いを浮かべる。
うん、やっぱり仲良いな、この二人。歳も同じだし、結構お似合いなんじゃないだろうか?
「「それはない(ですわ)!!」」
おっと、考えていたことが口に出たらしい、二人揃って否定されてしまった。
慌てて両手で口を押さえていると、そんな俺を見るなりモニカとお兄様は表情をゆるゆると緩めていく。
「ああ、ユミエさんは可愛いですわね……いっそこのままベルモント家に連れて帰りたいですわ」
「絶対ダメだからな?」
モニカの願望を、お兄様がバッサリ切り捨てる。
そう、モニカは事情が事情なので一時的にうちに居候しているが、それもそろそろ終わりそうなのだ。
一ヶ月以上ここで過ごしたからか、モニカ自身離れるのを惜しんでいるようで、定期的に俺を連れ帰ろうとしている。
何言ってるんだか、と俺も思うが、寂しい気持ちは一緒だ。せっかくだし、もう少し思い出を作りたい。
「一緒には行けませんけど……代わりに、今日はモニカさんと過ごすことにしますか。みんなでピクニックしましょう、前のは台無しになっちゃいましたし、リベンジです!」
「あら、いいですわね! みんなで、ということは、ニールさんも一緒なのが残念ですけど」
「こっちのセリフだ」
バチバチと、火花を散らす両者。
本当に息ぴったりだなー、と思いながら、俺はくすりと笑う。
「遠出するのはどうかと思いますし、庭先でやりましょう。さあ、いきますよ」
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