第34話 モニカ・ベルモントの悪巧み3
私の名前はモニカ・ベルモント。誇り高き、ベルモント家の令嬢ですわ。
高い魔法の素質を持ち、誰からも将来を期待される私ですが……最近、悩みがありますの。
「ユミエさん……今頃何をしているのかしら……」
ユミエ・グランベル。
少し前までは、私が一方的に毛嫌いし、嫌がらせ染みたことを繰り返していた相手ですが……それなのに、私の浅はかな企みで危険に晒してしまったことを気にも留めず、命懸けで私を助けてくださった恩人。
私を生涯守り抜くと、その場のノリのように交わした口約束でさえも誠実に守ろうとする、私の騎士。
「はあ……」
「お嬢様、先ほどからずっとあのように窓に向かって溜め息を吐かれて……大丈夫でしょうか?」
「あんな事件があったんだ、ショックからなかなか立ち直れないのだろう。そっとしておいて差し上げよう」
使用人の皆さんが、何やら少し勘違いをしているような気がしますけれど、訂正する気にもなれません。
それくらい、私の頭の中は彼女のことでいっぱいでした。
「会いたいですわ……」
記憶に焼き付いて離れない、彼女の勇姿。
普段はコロコロと笑う小動物のようなユミエさんが、目前の危機を前にして怯むどころか、雄々しい猛獣のように叫んで魔物に立ち向かっていきました。
私より、ずっと弱い魔法しか使えないのに。
彼女にだって、恐怖心はあったはずなのに。
それら全てを踏み越えて、私のために戦ってくださったあの姿は、まさしく私の理想とする"王子様"そのものでしたわ。
「モニカ、今いいか?」
「あ、はい、お父様」
声に反応して振り返れば、そこには私の父親……ベルモント家当主、カース・ベルモントが立っていました。
椅子を引っ張り出し、私の傍で腰かけたお父様は、心配そうな眼差しで私を見つめる。
「あれからしばらく経ったが、落ち着いたか?」
「はい、私は何の問題もございませんわ、大丈夫です」
「そうか? 使用人達からは、ずっとモニカの元気がないと聞かされているのだが……」
訂正を入れるのを長らく怠っていたせいで、お父様の耳にまで届いてしまったようですわね。
ちょうど相談したいこともありましたし、この機会にちゃんと訂正を入れておきましょうか。
「違いますよ、確かに思い悩んではいますが、先日の事件のことではありません」
「そうか、ならいいが……一応、現状について共有しておくぞ」
「お願いしますわ」
事件そのものについて悩んでいるわけではないのは本当ですが、あの事件の原因に関しては私も無視出来ることではありません。お父様の話に耳を傾けます。
「お前にあの場所を勧めた新人メイドは、何者かによって暗殺されていた。護衛についていたはずの騎士達も揃って行方が分からなくなっている。だが、私の提唱する貴族学園構想の反対派が絡んでいるのは確かだろう」
「そうですか……」
貴族学園構想。力と資金を持つ上級貴族と、貧しい土地を持て余してなかなか伸び悩んでいる下級貴族の格差。それを、王都に集めた貴族子弟への集団教育によって是正することで、首都近郊と地方との民草の格差をも是正していこうとするアイデアです。
私などは、初めて聞いた時はとても素晴らしいものだと思いましたし、構想そのものは王家も賛同してくれております。
ですが、それを実現するためにかかる膨大な予算をどこから出すかという点で、長らく議論が続いている難しい案件。
それでいて、"国費を投じて地方の貧乏貴族の跡取りを教育支援する"というのが気に入らない者も多いようで、なかなか次のステップに進めないとお父様も嘆いておられました。
そうした反対派の工作の手が、ついに直接的な暗殺行為にまで及んできたということですわね。
「二度とこのようなことが起きぬよう、改めてベルモント家内部の裏切り者を炙り出しているところだ。不便をかけて申し訳ないが……終わるまで、もう少し待っていてくれ」
私がこうして窓辺でずっと黄昏ているのは、お父様の指示でもありました。
ベルモント家が雇った人間から裏切り者が出て、私の身を危険に晒したのだから、誰が信用出来るのかハッキリするまでは、下手に動き回らない方が良いという判断ですの。
それ事態は、とても正しいことだと思うのですが……。
「実は、そのことで相談があるのです」
「む、なんだ?」
「ベルモント家内部の人間が信用しきれなくなっている今、いっそ信用出来る他家に身を寄せた方が安心なのではないでしょうか?」
「むむ……確かに一理あるが、王宮は駄目だぞ? あそこは一枚岩ではないし、腹の中で何を考えているか分からん連中が多すぎる」
私が心細さを覚えて頼る相手が、シグート王子だと思われているのでしょう。お父様は、まだどことも言っていないのに先んじて釘を刺そうとします。
そんなお父様に苦笑しながら、私は首を横に振りました。
「違いますよ、私が向かいたいのはグランベル家です」
「グランベル? 確かに、あの家は長らく王家に仕えた武の家なだけあって、こういった謀とは無縁だが……」
意外に思ったのか、お父様は目を丸くする。
そこでいいのか? と問いたげなお父様に頷きつつ、私は最後に、もっとも大事なことについて尋ねた。
「それから、お父様。……婚約者って、女の子でもありですの?」
「…………は?」
ユミエさんと最後に交わした、騎士の誓いの受諾。
あの作法が、実は「たとえ結ばれずとも、最期の時まで共に過ごそう」という、身分差の恋を描いた小説のワンシーンであることを、ユミエさんは知らないでしょう。今は、それでいい。
密かな想いを胸に、私は茫然とするお父様へ、楽しげな笑みを浮かべて見せるのだった。
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