第10話 お店を手に入れる
「ここか」
「ここですね」
俺とモアは、ある建物の前までやってきた。
ギルドマスターとの話も終え、オススメの建物も幾つか紹介してもらった。
その中の一つに一目惚れし、買い取り手続きも済ませてきた。
今日からここが、俺とモアのお店になる。
「立派だな」
「立派ですね」
灯りがついていれば、中で喫茶店でもやっていそうなほどお洒落な外観。
少しばかり埃は積もっているが、大きなショーウィンドウまである。元は服屋でもやっていたのだろうか。
これからはここに人形を飾る事ができると考えれば胸が躍る。
その上、大通りからは外れているが、王都の中でも貴族街にほど近いという最高の立地。
馬車を売ったぐらいでは、到底手が届かない場所であることは確か。
「不思議だな」
「不思議ですね」
モアと二人で店の前で唸る。
……俺とモアは、つい先ほど王都へ来ただけのポッと出の人形屋だ。
こんな場所で店を開ける人間ではないと思っていたんだが。
ギルドマスターへは何度お礼を言っても足りない。
しかしながら。
「なんか……恐いな」
「随分と安かったですからね」
ギルドマスターの紹介してくれた中で一番安かったのが、ここだ。
そして、立地も一番よかった。主観だが、外観もピカイチだったと思っている。
値段に立地、外観を見てここ以外ない、と即決してしまったが、ほぼ確実に何かあるだろう。訳が。
いわゆる、訳アリというやつ。
ない訳がない。
「やっぱり止めた方がよかったかな」
受付さんもここを選ぶって言ったら乗り気じゃなさそうだったし。一番良さそうな建物なのに。
何か訳がある事は確定である。
もっと慎重に選んだ方がよかったのだろうか。
「資料を見ただけですが、ここが一番良さそうでしたよ?」
「だよなぁ」
モアにそう言ってもらえるとありがたい。
ここは元々、何かの店だったらしいが、諸事情で買い手がつかず今までずっと空き家だという。
諸事情ってなんだ諸事情って。
怖すぎるだろうが。
受付さんも、本当にここで良いんですか、とか確認してきたし。
「けど、ここめっちゃ良いんだよな」
値段だけではない。全てだ。
出来ればここがいい。
いや、絶対にここがいい。
と言うか、もうここにした。引き返すつもりなど毛頭ない。
「大丈夫です、何かあっても私が守ります」
「モアがいて良かった」
モア、頼もしすぎるよ。
元々、何かの店というだけあって、建物もそのまま人形屋として再利用できる。二階には居住スペースもあるし、人形を作る作業場もあると聞いた。
何より人形を飾れそうなショーウィンドウまであるなんて最高だ。一番の決め手と言っても過言ではない。
長い間使われていなかっただけあって、改装やら掃除は必要だろうが、十分すぎる建物だろう。
良い買い物をした。
誰がなんと言おうと良い買い物をしたのだ。
ギルドマスターさんも困ったことがあったら言ってくれって言ってくれたしな。
「それじゃあ、早速中に入ろうか。荷物置きたいし」
「それもそうですね」
木人形くんをずっと背負っているのはしんどいのだ。
受付さんに貰った鍵で扉を開ける。
「中は結構広いな」
これなら、人形を置くための棚とかもおけそうである。
俺の作る人形は、殆どが鑑賞用。部屋に置きたいと思ってもらえる置き方をしなければならないだろう。
「まあ、内装は追々、考えるとして」
モアが店に入ってから一言もしゃべらない。
店内を見回してずっと黙ってる。
「モア?」
「申し訳ありませんご主人様」
「え、どうした?」
俺の呼びかけに答えたモアは俺に向き直り、言葉の通り申し訳なさそうに俺を見てくる。
俺としてはいきなりどうしたと言わざるを得ない。
「薄々、気付いてはいたのですが、仕方ありません」
何が?
「ご主人様に店を出ていてほしいのです」
「え?」
衝撃のクビ宣言。
ではなく、外出願い?
「この建物内にいる害虫を掃除をしないといけませんので」
モアの言葉で察しがついた。
この店の訳とは、虫だ。
虫が湧いてしまっているのだろう。
それにいち早くモアは気付いて、俺に進言してくれたのか。その感知能力俺も欲しい。
「僕には出来ることはないの?」
「はい、むしろ危険かと」
薬でも撒くのだろうか。
「そうなんだ、モアは大丈夫なの?」
「はい、私には何の問題もございませんので」
そうか。
害虫は問題だ。
蟲の湧く店で買い物したいなんて思う人はいないだろう。
早々に駆除してくれるというなら、お願いしておこうじゃないか。
俺に出来ることはないらしいし。
「じゃあ店の周りを色々と見てこようと思う。どれくらいで終わる?」
「一時間は掛からないかと」
「了解、それぐらいで戻ってくるよ。モアも害虫駆除、頑張ってくれ」
いい機会だ。
折角王都へと来たんだから、街を散策しよう。
ラグザットでは見られなかった面白い物とかありそうだし。
「くっ」
「え、大丈夫?」
突然苦しそうに呻いたモアは、一度首を振って何かを振り切るように顔を上げた。
「あまり遠くへは、行かないよう、お願いします」
「まあ、それは行かないけど。どうしてそんな苦しそうなのさ」
それを聞かない限り、俺も外へは出られない。
「私も、ご主人様と一緒に店の周りを見たかったです」
随分と可愛らしい苦悩だった。
彼女にはお世話になってるし、それぐらいお安い御用だ。
「王都の散策は二人でまた行こうね」
「ありがとうございます」
今回は俺一人だが、モアが一緒の方が何倍も楽しいだろう。
「それじゃ、行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃいませご主人様」
切り替えの早さは流石である。
モアに見送られながら店を出る。彼女には申し訳ないが、一足先に王都を楽しませてもらおうじゃないか。
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