第9話 ギルドマスター
俺の考えを読んだ様に、モアが話し始めた。
「ご主人様への招待は、商業ギルドから冒険者ギルドへと話が付けられていました。本格的な引き抜き行為ですからね」
俺の知らないところでそんなことがあったとは。
商業ギルドも俺に直接言ってくれれば良かったのに。いや、それがダメなのか?
思案しかける俺にモアは続けて言う。
「冒険者ギルドはそれを了承し、その話は、パーティのリーダーへと伝えられました」
そこまで聞いて、段々と話が分かってきた。
「それを、レックスが黙っていたのか」
俺の言葉にモアは頷いた。
一年前から誘われてたらしいが、多分その辺りだろう。レックスが、俺が人形を作るのを嫌がる様になったのは。
「ご主人様が王都へ行くなんて許さないと言って」
「なんでそんなことを」
いや、あいつにも何か理由があったんだろう。
パーティで一緒にやってきたんだ。
最後はクビにされたし、嫌われていたけど、そこに悪意があったとは考えたくない。
「ご主人様が王都へ招待されている事が気に入らなかったようです」
かなり私怨だった。
まさか、そこまで嫌われていたとはなぁ。
「それを知った私は――」
「お待たせいたしました! ギルドマスターがお話しますので、こちらまでお願いします」
ギルドマスターとの話が終わったらしく、受付さんが呼びに来てくれた。
正直、今それどころじゃないが、行かないわけにもいかない。
「続きはまた今度お話しますね」
「そ、そうだね」
うん、かなり気になるけど。
彼女の場合、俺のためを思って何かしてくれたのは間違いないだろうからな。
今は一旦、このことは忘れよう。
受付さんに案内され、商業ギルドの3階まで連れて来られた。そして、扉の前で立ち止まった。恐らく、この扉の奥にギルドマスターがいるのだろう。
今更になって緊張してきた。
色々といきなりすぎたからな。半ば混乱しているのだ。
チラリと横に立つモアの顔を窺うと、ぱちりと目が合ってしまう。
そのままモアが少しずつ俺に顔を近づけてきて。
「ご主人様、大丈夫ですよ」
そっと耳元で囁くように言われた。
俺が緊張していることを察したんだろう。
ありがたいけどね。彼女は俺を子供だと思っているんじゃないかと偶に思う。
取り合えず、決して照れ隠しなんかじゃないが、半目で彼女を睨んでおいた。
「ふふっ、仲がよろしいのですね」
「あっ、すいません」
ふざけてる場合ではない。
ここはもうギルドマスターの部屋の前なのだ。
しかし、モアのお陰で緊張も解れた。
俺たちの準備が出来たのを確認して、受付さんが扉をノックする。
「ギルドマスター、アング様をお連れいたしました」
「入ってくれ」
受付さんへが部屋の中へと案内してくれる。
いよいよ、ギルドマスターと対面だ。
「おお、これはこれは。あなたがアング殿ですな。どうぞお掛けください」
言われるがままに高そうなソファーへと座る。
俺たちを出迎えてくれたのは、人の好さそうな笑みを浮かべる中年の男性だった。この人が、国中の商業ギルドの全てをまとめている人か。
「お連れ様もどうぞ」
「いえ、私はこちらで十分です」
モアは話には参加せず、俺の後ろに控えているようだ。
座ってもいいと思うんだけどね。
俺としては座って欲しい。
「それでは。お待ちしておりました。私、商業ギルドの組合長を務めるラリーと申します」
対面に座ったギルドマスターが自己紹介してくれた。
これは俺も名乗る流れか。
けど、名乗れるような建前みたいなのないしな。冒険者はやめたし。
「ラグザットで人形を作っていたアングです」
うん、これが一番わかりやすいだろう。
「王都までご足労いただきありがとうございます。それでは端的に伺いますが、アング殿は、商業ギルドの招待を受けてくださるということでよろしいでしょうか?」
「はい、それはもちろん。ですが、私などの人形で、王都で店を開くことは出来るのでしょうか」
これは本心だ。
俺は、今まで作った人形を商業ギルドへ売っていただけの男。それがいきなり王都で店を開くなんて出来るのだろうか。
「私共としては是非王都で、と考えています。アング殿作る人形ならば、間違いなく王都でも通用するでしょう」
真剣な表情でそう言い切った。招待されているとは聞いたが、自分の作った人形をここまで評価してもらっているとは思っていなかった。
正直、かなり嬉しい。
後ろに控えているモアは当然でしょうと言うように頷いているが、どこからそんな自信が湧いてくるのだろうか。
ギルドマスターはそのまま続けるように話し出す。
「アング殿もご存知でしょうが、貴方の作っている人形を欲している人の多くは貴族です。貴方の店を開くのに、王都ほど適した街は他にないでしょう」
ギルドマスターの説明は極めて分かりやすかった。
駄々をこねる子供へ優しく言い聞かせるような感じではあったが。
「アング殿が王都で店を開いてくださるならば、我々、商業ギルドは最大限のサポートをいたします」
「ありがとうございます。変なこと言ってすいません」
「いえいえ、お気になさらないでください」
ギルドマスターの優しさが染みる。
全力で説得されてしまった。
なんだか申し訳ないな。最初はお願いするつもりで来たのに、ここまで至れり尽くせりとは。
しかし、言っておかねばならないだろう。
「あの」
「どうしましたか?」
「あの、お金っていくらぐらいかかりますかね」
冒険者時代の貯金はある。
しかしながら、王都で開くのに足りるだろうか。
「ああ、ご安心ください。店を開く場所としておすすめの場所を選ばせてもらいました。こちらの中から選んでいただければ、かなりお安くいたします」
「本当にありがとうございます」
本当に至れり尽くせりだった。
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