第2話 魔動人形
俺をご主人様と呼ぶ無機質な声。
俺は別に彼女の雇い主でもなければ、ご主人様と呼ぶ様に強制をした覚えもない。
そんでもって一緒に馬車乗った記憶もない。
あら、おかしい。
俺って一人でこの馬車に乗り込んだよね?
「よく俺が街を出るってわかったね?」
「そんな大きな荷物を持っている人がいれば誰でもご主人様がラグザットを出ようとしていることくらいわかりますよ」
俺の荷物に視線を送りながら、彼女は被っていたローブから顔を出し、その顔を俺へと見せる。
ふんわりとした短い金髪に青い目をした少女。
誰から見ても美しい少女のようにしか見えないが、彼女は人間ではない。
魔動人形、オートマタと呼ばれるダンジョンの遺物、古の賢者が残したとか言われているが細かいことはよくわからん。
その名の通り、魔力を動力とする自律型の機会人形だ。
俺の所属していたパーティで挑んだダンジョンの最深部に彼女、モアはいた。
敵かと思ったが、彼女に敵意はなく、恭しくお辞儀をしてきたのが彼女と俺たちパーティの出会いだ。
俺たちが最深部に到達したことを鍵に目を覚まし、それ以前の記憶がないと彼女は言っていた。
それ以来、パーティの仲間となり、一緒に活動してきた。
魔動人形でありながら、人間以上の高い戦闘力と優しい性格、正しく人間離れした容姿から、リーダーにも認められていた。
つまり彼女は俺のようにクビになったわけでもないのに、ここにいる。
恐らく、馬車に乗ってすぐ人形を作りはじめたせいで彼女が馬車に乗ってきたことに気付かなかったのだろう。
「あのさ、当然のように馬車に乗ってるけど、もしかしてついてくる気なの?」
「はい。何か問題がありますか?」
むしろ問題しかないけど?
「君も知っている通り、俺はパーティをクビになった。それと、リーダー……レックスに、俺についていくって言った?」
「なぜ、言う必要があるのですか?」
心底不思議そうに首を傾げる彼女に頭を抱えてしまった。
いやまあ、だと思ってはいたけども。
仮に言っていたとしたら、モアは絶対に引き止められてただろうしな。
「私のご主人様はアング様だけです」
彼女の俺への特別扱いはどこから来るものなのだろうか。
「だけどさ……」
「いやです」
この娘、自我が強すぎる。
全く聞く耳を持ってくれない。
いや、落ち着け。
ふんと鼻を鳴らすように表情を変えないまま言う彼女は一先ず、置いておくとしよう。
問題は彼女が誰にも言わずに俺についてきたことだ。
俺はいいのだ。だってクビになった身だし。しかし、彼女は違う。
パーティーをクビになり、街を出て行った俺。
それと同時にいなくなった魔動人形のモア。
最悪、俺が無理矢理連れ去ったとか言いがかりをつけられそうだ。
「それにご主人様」
「ん?」
「魔動人形の私が、稀有な人形使いの力をもつご主人様と一緒にいるのは自然なことです」
モアの言うことも一理ある。
人間は加護というそれぞれ神から与えられた力を持つ。
そして、俺の加護は『人形使い』。
俺の人形使いとしての力は人形があるときに本領を発揮するし、人形を操り強化する力は、自我を持つ人形である彼女と相性が良い。
納得しそうになったが、彼女は普通の人形ではない。
「君は他の人形と違って魔力さえあれば自分で動けるんだから俺についてくる必要ないよね?」
戦闘での相性はいいが、俺である必要はない。
彼女は魔動人形。
魔力さえあれば自ら思考して活動することができる。彼女は俺無しでも戦えるのだ。
「ちょっと何言ってるかわかりません」
そんなことを言われても、パーティの一員として活躍していた彼女をリーダーが手放すとは思えない。
彼女はとても優秀だった。
優秀、というよりもモアはめっちゃ強いのだ。
戦闘において俺の役目が殆どなくなってしまうほどに。
俺のことはクビにしても、彼女を手放す人間などいないだろう。
モアが仲間に加わってからは俺なんて後ろに立って彼女のサポートしてるだけだったしな。
俺のサポートは受けていたモア以外には俺がただ突っ立ってるだけに見えていたのかもしれない。
俺がクビになるのも無理からぬことだと思う。
「冒険者は引退されるのですか?」
この子、露骨に話を逸らしはじめたな。
「そうなる、かな」
人形使いの力は、剣士や魔法使いの力と違って戦闘向きとは思えない。そもそも戦いが、俺の性に合っていなかったのだろう。
冒険者として、俺は仲間たちに劣っていた。
俺も、一人で人形劇をするとかなら誰にも負けないんだがなぁ。
「では、今後は何をなさるのですか?」
「今後……か」
それを言われると悩んでしまう。
もう一度冒険者をする、という選択肢は今のところない。
「うーむ、なんだろうなぁ」
まず、俺に出来ることはなんだろうか。
人形を作る。人形を操る。
はて、人形のことしか浮かばない。
身体は貧弱だし、大した人脈とかもないしな。
「ご主人様がやりたいことでいいと思いますよ」
「俺がやりたいことか……」
ふと、昔にリーダーから言われたことを思い出した。
『おい、アング! お前は、冒険者よりも人形屋でもやってた方がいいんじゃねぇか?』
『ちげえねえ!』
作った人形を子供にあげているとき。
それを見たリーダーが酒を飲みながら俺を茶化すように言った言葉。それを聞いてみんな笑っていた。
今思えばあの時、大して腹が立たなかったのも、自分でもそう思っていたからなのかもしれない。
俺は昔から、人形が好きだった。
人形を作るのが好きだった。
俺が作った人形で誰かが喜んでくれるのも好きだった。
「人形屋なんて、面白いかもな」
そう簡単な世界ではないと思うが、やってみたい。
丁度、パーティもクビになってやることもなくなったんだ。いい機会じゃないだろうか。
商業ギルドに売ってお金を稼ぐなら、自分で店を持ってしまえばいいのだ。もちろん、店を開くならギルドの許可は必要だろうが。
「ご主人様、私を売るつもりですか?」
「はい?」
いきなり何を言うんだこの子は。
「いや、売らないよ」
「いくらですか? いくらで売るつもりですか?」
値段の問題なのか?
この子って冗談とか言う子だったっけ?
「いくらでも売らないから! それより、モア」
「なんでしょう?」
モアの眼を真っ直ぐに見て言う。
「本当に、俺についてくるつもりなのか?」
二度目になるが、これが最後の確認だ。
今ならまだ街にも引き返せる。
「はい」
モアもまた、俺の目を見て頷いた。
彼女の意思は固いらしい。
そうか。
「なら尚更、君のことを手放すつもりはないよ」
「そ、そうですか。当然ですね」
モアも売る売らないは、冗談で言ってるだろうが。
そうではなく、今後たとえレックスたちが彼女を連れ戻しにきても、俺は彼女を手放さない。そういう意思確認だ。
「それじゃ、今後は覚悟してくれよ。色々大変だろうし、君の事ももっと知りたいからな」
「望むところです」
彼女が来てくれるなら、やりたいことも出来た。
まあ、それは追々やっていくとして、人形屋か。
すぐには無理だろうな。
全くの無名がいきなり店を開いても誰も買いに来ないからな。
まずは人形職人として名を売らないといけない。
人形の修理や修復から始めようかね。徐々に俺の人形も買ってもらえればうれしい。
人形屋を営みながらのんびり暮らす。
最高じゃないか。
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