第2話

 常々思う、私が大学受験を辞めると言い出せばこの関係は終わってしまうのだと。親に言われるがまま受ける大学で、言われるがままオーダーされた家庭教師で。

 しかし運命とは意地悪なものだ。

 憎たらしい親がオーダーした家庭教師だったのに、ストン。一目見た瞬間に落ちた恋の音。

「じゃあ来週までにこの総集編のプリント類をやっておくこと」

 荷物をまとめ出す時間だ、いつもいつも、この時間が名残惜しくて心苦しい。

 また、今日もただ過ぎていった。あっという間に勉強は進んだし、頭に入っているかと言われればきちんと、はい。と答えるけれど、嫌いな勉強でももっもしていたくなる。

「…大学、楽しいよ。行けばきっと世の中の見方も変わるし何より仕事するのに役立つ、あとは、経験とかかな。いろんな」

「へぇー、そら先生でも“いろんな”経験するんだ」

「俺だって成人した大人だし」

 “いろんな”。そこに含まれる意味を考えたくない。“ 俺だって成人した大人だし”、その言葉の中にある意味に気付きたくない。

 でも経験の無い大人も嫌だなと思うから、私はガキなんだろう。

そらちゃんもきっと、大学楽しめるよ。だからあと半月、頑張ろ」

 そう、あと半月で受験。

 つまり、あと半月でこの関係は絶たれる。あぁもう、本当に、どうして時間というものは有限なクセしてあっという間なのだろうか。戻ってくるのならばいくらでもお金は払うし、何だってする、命だって投げ出すかもしれない。

 そんなバカバカしいことを考えていたら、家庭教師終了の時間になってしまった。






   * * *






 学校生活は充実していた。

 それなりに友達はいた、彼氏だっていた、全て過去形だけど楽しかったと言えば本音だ。けど、彼氏はいたけど、ストン。心臓に垂れ下がった憑き物が落ちたかのような心地の良い音を立てたのは、初めてだった。

 家に帰ると楽しくなかった、親も弟たちも、テレビの音さえうるさかった。だけど家庭教師を取るようにしてから、いや、彼が来てから、目標を持って家にいられて苦痛じゃなくなった。

 勉強もそうだ、苦痛じゃない。

 1人になった部屋から窓を開けて空を見上げると、冬空に輝く星たちが目に留まるが、この星たちもいつか寿命を迎えて爆発するのかと現実的なことを思う。地球だってその一部なのだから、いつかこの星ごと無くなるのだ。

 なら、その前に空を飛んでみたいな。

 空と、そらの狭間を。この目で見てみたい。

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