第7話 もし日本での生活に影響がないのなら、異世界に行けるなら行きたいと思う奴は多いと思う

「あー、今、神託っていうんかな? 頭の中に神様の声があって、ナスーチャさんの話を聞いてやれってことやで、とりあえず詳しい話を聞かせてや」


「ハイ。ありがとうございマス! では、まずその前に……」


 ナスーチャがスマホを取り出して操作すると、彼女の全身がキラキラとした光の粒子に覆われ、それが収まった時には彼女の姿そのものが変わっていた。

 銀髪碧眼の超絶美形なのはそのままだが、20代半ばぐらいと思われた外見がやや幼く、体つきも華奢になり、今では10代半ばから後半ぐらいに見える。そして、一番の違いは笹の葉のような尖った長い耳。人間離れした美しさやとは思っとったがまさか本当に人間じゃなかったってオチかい。


「……これがワタシの本当の姿デス。今までは魔法で姿を変えていましたが、ここからは本当の姿でお話するのがいいと思いマシタ」


 美少女エルフの登場にも驚いたが、それでも神様本人のご登場の後とあってはもう何が来ても冷静に受け止められる。いや、むしろだからこそ神様がわざわざ登場したんやな、と逆に納得した。


「……あー、ほんまにエルフやったんやなぁ。んー……ってことは、ナスーチャさんの故郷って、異世界とかそういう話になるんか?」


「おー、さすが日本人は話が早いデスね。……だからこそ召喚勇者もだいたい日本人から選ばれるわけデスが」


 あ、勇者召喚とかも普通にあるんやな。てか俺もそれと似たようなもんか。とりあえず事前に説明があるだけ、転生トラックや召喚拉致に比べれば段違いの厚待遇やとは思うけど。


「ちょっと認識のすり合わせをしたいんやけど、俺がナスーチャさんの国というか世界に行くのは、日本でいうところの“異世界転移”って認識でうてる?」


「ハイ。合ってマス。ワタシたちはそれを“渡りの秘術”と呼んでマス」


「世界を渡るってのは人間の手に余る大魔法で、かなりの犠牲が伴うから気軽には使えん禁術ってのが俺の認識なんやけど、そのへんはどうなん? 俺はそっちに行ったら帰ってこれるん?」


「そうデスね。人間の力だけでやろうと思ったら高位の魔導師が10人ほど命を犠牲にしてようやく成功するような代物なので当然禁術デス。でも、神様が認めた人間に関しては、移動のコストを神様が肩代わりしてくれるので、自由に行き来ができマス。ワタシもそうデスし、ユージローもそうなりマス」


 ほー、神様が関わってる上に悪い話やないって言うだけあって、そこのところのサポートはちゃんとしとるんやな。


「時間の流れとかはどうなん? そっちに行って戻ってきたら浦島太郎ってのは困るで?」


「1日の時間は同じ24時間デスよ。通常は向こうで24時間過ごせばこちらでも24時間経過しマス。ただ、存在する時空が違うノデ、時間をマーキングしておくコトで、出発した時間に戻ってくることもできマス」


 なんやと? 今めっちゃヤバイこと聞いた気がする。とりあえず落ち着いて確認や。


「つまりや、今は8月21日の23時なわけやけど、この時間をマーキングして異世界で1週間過ごしてこっちに戻ってきても8月21日の23時ってことなんやな?」


「そうデスね。その認識で合ってマス。ただし、過去には戻れないのと、身体の時間は確実に進行しているので注意は必要デス。例えば、この時間をマーキングしてから向こうで10年過ごして戻ってきたら、周りの人から見れば一瞬で10年分歳を取ったように見えるというコトです」


 なるほど。でもそれって当たり前のことやし、めっちゃフェアな話やんな。むしろ、自分の時間を前借りして今の1日24時間にプラスできるとか、常に時間に追われて自由な時間を欲している現代人にとっちゃ喉から手が出るほど欲しいもんやん。

 それこそずっと連勤が続いてる時でも、適当なタイミングで時間をマーキングして異世界で休暇を取ってリフレッシュすることも出来るってわけやろ。ちょ、なにそれ最高やん! 神様、ありがとうございます! 確かに願ってもないめっちゃええ話やったわ。


「おけ。ナスーチャさんの依頼を受けたるわ」


 俺がそう言うとナスーチャは鳩が豆鉄砲をくらったような意表を突かれた顔をする。


「は? チョ、チョット待ってください! ワタシはまだユージローに仕事の内容も報酬のことも何も話してないデスよ!」


「いやいや、時間をマーキングして有効活用できる能力が使えるってだけで日本人的には十分の報酬やに?」


「それはあくまでお仕事のための交通費の支給みたいなものデスから! 報酬はまた別にきちんと支払いマスよ」


「そうなん? まあくれるってんならありがたくもらうけど、金貨とか貰っても日本じゃ持て余すに?」


「ワタシだって日本で生活してるんデスからそれぐらい分かってマスよ! ちゃんと日本円で支払いマス」


「それならいよいよ俺には断る理由なんてないで? むしろ、早く異世界に行ってみたくてワクワクしとるんやけど」


 そう言えばナスーチャがしばし口をはくはくとして、ガックリと項垂れる。


「……ワタシ、どうやってユージローを説得しようかとすごく悩んでいたのに、なんかバカみたいデス」


「そりゃあ、問答無用で異世界に拉致られてもう帰せませんとか言われたら嫌やけどな。行き来が自由で、こっちでの時間経過も止めれて、こっちの生活に特に悪影響が無いってんなら、大抵の日本人やったら喜んで受けると思うで」


「そんなものデスか」


「そんなもんやに。日本人はこっちの生活がどんなに大変でもやっぱり大事に思っとるからな。自分が急にいなくなって周りに迷惑もかけるんも嫌やし。だからこっちの生活に影響しないで異世界に行けるってのは日本人的にはめっちゃ魅力的な条件なんやで」


「覚えておきマス」



 それから、異世界に行く準備としてナスーチャからスマホを1台渡される。


「コレガ、魔法の触媒となる神器デス。スカウトに応じてくれた人に渡すことになってマス。スマートフォンの形をしてるのは、日本で使って目立たないためと、現代の日本人にはこの形が操作を覚えやすいからだと神様が言ってマシタ」


「確かにこれやったら街中で使ってても違和感無いな」


「スマホに似せてあるとはいえ、あくまで神様の奇跡によって生み出された聖遺物なので似て非なるものデス。まずは画面に手をかざしてクダサイ。ユージローが認証登録されて他の人が使えない専用機になりマス」


「へぇ。おもろいな」


──ホォン♪


 言われるままに手をかざすと、画面に複雑な魔方陣が浮かび上がり、直後、全身にビリッと静電気のようなものが駆け巡り、次の瞬間、俺はこのスマホ型の神器の使い方を理解していた。


「認証登録と共に使い方も理解できたと思いますがどうでしたか?」


「ああ。これすごいやん。ほんとにこれ1台で色んなことができるようになっとるんやな」


 異世界転移、時間と場所のマーキング、自分の外見の変更、異世界の通貨の両替と銀行口座への振込、大容量のストレージ、多言語翻訳、防御結界などがこのスマホにスキルアプリとして入っていて、スマホの操作で使うことができるようになっている。

 デフォルトでONになっている他言語翻訳がさっそく働いているのか、今まで若干ぎこちなかったナスーチャの言葉もスムーズになっている。


「さっきはお仕事の報酬は日本円で支払うと言いましたが、実際はポイントとしてチャージされますので、ワタシの世界の通貨に替えることも日本円に替えることも、ポイントのまま新しいスキルアプリの購入にも使えます」


「へえ。ここにある他にどんなスキルがあるん?」


「体力向上、高速演算、並列思考、老化遅延、各種武技、各種魔法など色々ありますよ。アプリをインストールするとそれがそのまま自分の能力となりますね。もちろん、効果が強力なものはそれなりに高価ですが」


 なるほど。自分自身のスキルツリーを作れるんか。それはそれで面白そうやな。俺もその気になれば魔法とか使えるってことか。


「とりあえず使い方に慣れるためにも、向こうに行く前に、向こうでのユージローの外見を決めましょうか。そのままでもいいですが、黒髪黒目は勇者の色として認知されているので目立ちたくないなら少し変えておくことをおすすめしますよ」


「勇者か。それは嫌やな。といっても向こうの世界のスタンダードな外見が分からんからナスーチャさん、やってくれへん?」


「ワタシはユージローのスマホは操作できないので、ワタシの指示通りに操作してもらっていいですか?」


「おう。それでええわ。あまり目立たず、でも別世界からの技術を広めるわけやから地元民とは微妙に違う感じで」


「でしたら、ワタシの世界の山岳地帯に住む民族の外見に寄せましょうか。手先が器用な職人気質なので」


「ドワーフか?」


「そうです。日本のファンタジーみたいに背が低かったりエルフと仲が悪いということもないですよ。ドワーフの鉄の道具をエルフが買い、エルフの木工品をドワーフが買うという相互依存の関係です。ユージローの今の姿よりもっと筋肉質になって肌が浅黒くなって、赤毛になるイメージですね」


「ほー、ええな。じゃあそれで」


 ナスーチャの指示通りにスマホを操作して外見を決め、プレビューを出せば、テーブルに置いたスマホの上に10㌢ぐらいの3Dのアバターが浮かび上がる。まるでフィギュアやな。アバターは俺の面影は残しつつも鍛え上げられた筋肉と赤毛と灰色の瞳によって中東っぽいオリエンタルな雰囲気に仕上がっている。なかなかええやん。気に入ったのでそのまま確定する。


 それから車から外に出て、車とまだ炭火の燃えているバーベキューコンロを大容量ストレージに収納する。車が一瞬で消えたのは凄かった。しかもスマホで確認してみれば、車に積んである物は全部引っくるめて車という1つのアイテム枠になるようで収納済みアイテム欄には車とバーベキューコンロの2つしかない。

 これでだいたいストレージの容量の半分ぐらいが埋まったが、これもポイントで容量の拡張ができるそうだ。しかもストレージ内では時間経過はないそうだから、次にコンロを取り出したらまだ火が燃えているということらしい。めっちゃ便利やな。


 そんな感じで準備を終え、いよいよ異世界に行くことになった。

 こちらでの現在の場所と時間をマーキングし、異世界でナスーチャがマーキングしている場所と時間の情報を同期して俺もそこへ行けるように設定する。


「それでは行きますよ。よろしくお願いしますね」


「ああ。こっちこそよろしく頼むわ」


 そして、スマホの異世界転移を実行すると、俺の足元に光の魔方陣が浮かび上がり、その光に包まれてエレベーターが動き出す時のような一瞬の浮遊感を感じ、意識がふぅっと遠のいた。



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