第3話 探索
イオノクラフトは穴から少し離れた場所に着陸しました。そこから歩いて建物、∞ステーションに向かいます。私はバックパックから出してもらい、あなたの横を歩いて進みました。地面には背の低い草が茂り、部屋の硬い床とはずいぶん違っていました。
そして、私たちは∞ステーションにたどり着きました。壁には、見上げると体がしの字の形になるほどの大きな穴が開いていました。人間たちはあたりを慎重に見まわした後、ゆっくりと中に入って行きました。あなたも入って行くので私も同行します。
中は植物の生い茂る地面になっていました。地面には緩やかな起伏があり、あちこちに大きな水面が見えました。邪悪な気配はあたりに充満し、どこから来るものかを特定することはできませんでした。
穴から入ってすぐの所に大きな機械が何台も放置されていました。どれもひどく壊されています。機械は翅をもがれた蜂のような形をしていて、胴体の横に大きな車輪がいくつも付いていました。人間たちは壊れた機械を「収穫マシン」と呼んでいます。私はその言葉を考察し、それがゴリアテを食料素材として回収する自動機械であることを知りました。
収穫マシンの様相は様々でした。ひっくり返って地面に半分埋まっているもの、壁にめり込んで亀裂から内側の機械が見えているもの、燃えて煤で真っ黒になったものなどです。一方で、そうした破壊をもたらしたものの姿はありませんでした。
人間たちは話し合った後、収穫マシンの中から破損の少ないものを選んで修理し、∞ステーション内での移動手段にすることを決めました。手動で操縦できるように改造するそうです。遠藤を中心としてその作業にあたり、翌朝までには準備が出来ました。
次の日、∞ステーション内の調査が始まりました。人間たちは皆、改造した収穫マシンに乗り込みます。操縦者の遠藤は先頭部の上に取り付けた操縦席に座り、他の人間たちは階段状になった車体後部に腰かけて、車体に結んだロープで体を保持しています。
あなたは車体の右側でつかまり立ちをし、私はその足元で車体につかまっていました。あなたの前に宮内、後ろに村松がいました。
収穫マシンはゆっくりと進んで行きます。
「宮内さん、大丈夫ですよ。この探索は帰還が最優先です。危険を発見したらすぐ退却ですから」
あなたの言葉に、宮内は
「そうよね、無事に帰って一緒に……」
と答えます。「一緒に」の後の言葉は聞き取れませんでした。
上層越しに届く日の光は弱々しく、空気はじっとりと湿っていました。羊歯が生い茂る小高い部分と葦が密生する湿地が入り混じっています。ところどころに私たち鉄甲ムカデの外殻の断片が小山のように積み重なっている場所がありました。とても不吉な感じです。見回しても動く生き物の姿はありませんでした。
「ゴリアテが一匹もいない……」
あなたが呟くと、
「まったくいない訳じゃないですよ。ほら、あの茂みの下に」
宮内はそう言って、右前方の茂みを指さしました。
その時、邪悪な気配が急激に高まりました。私は身構え、気配の正体を感じ取ろうと感覚を研ぎすまします。それは足元から……
突然、身体が上に突き上げられました。体が宙を舞います。空中で頭節を巡らせると、収穫マシン、そして人間たちが同じように宙を舞っているのが見えました。
一瞬の後、私の身体は地面に叩きつけられました。脚を動かし、急いで体勢を立て直します。周りでは収穫マシンがひっくり返り、人間たちがあちこちに倒れています。でも、その中にあなたの姿がありません。あわてて辺りを見回し……、見つけました、あなたは少し離れた葦の茂みの中、下半身が泥にはまっていました。そして、そのすぐ近くに巨大な姿が……、
恐怖が身体をきりきりと締め付けます。それはゴリアテでした。あり得ないほどの巨大さ、収穫マシンと同じくらいの大きさです。ご主人様を一口で呑み込めるほど。ゴリアテはゆっくりとあなたの方へ体を向け、上体をかがめて跳びかかろうとしています。
あなたが危ない、そう思った時にはもう体が動いていました。ゴリアテに駆け寄り、ぬめぬめした身体を這い上ります。頭部にたどり着くと、目の前にゴリアテの目玉がありました。人間の頭ほどの大きさです。私は顎を広げ、牙を目玉に突き立てました。両顎に力を籠め、内部を切り裂きます。ゴリアテは跳び上がり、身体を激しく振り動かします。食いこませていた爪が外れ、私は振り飛ばされました。空中で身体を捻り、脚を広げて着地します。牙に挟んでいたものを吐き捨て、ゴリアテの様子を窺いました。
ゴリアテは攻撃対象を私に変え、残った左目で私を睨みつけてきました。私は突進に備え、身構えます。その時、
「皆、伏せろぉ」
叫び声に続き、
ドンッ
身体に響く轟音とともにゴリアテの頭部が消し飛びました。ゴリアテはゆっくりと地面に崩れ落ちていきます。
見回すと村松が腕の長さ程の円筒形の道具を抱え、両足を踏ん張って立っていました。円筒の端から白い煙が立ち上っています。
「隊長さん、そんなものを……」
宮内の問いかけに村松は、
「ええ、グレネードランチャー、身を守るための武器です」
と答えました。言葉の意味を探ると、「グレネードランチャー」は「手榴弾」と言う小型の爆弾を発射する銃とのことでした。
人間たちは倒れたゴリアテに歩み寄りました。口々に言葉を発し、事態を解明しようとしています。
「それにしても巨大すぎる」
「本来茶褐色のゴリアテが緑色をしています。融合ユーグレナの遺伝子を取り込んで融合能力を身につけたのでしょう」
「何て事だ。とにかく、横転した収穫マシンを人力で起こすのは無理だ、撤退しよう。佐々木教授、こいつの細胞サンプルを採取してください」
「了解です」
「急いでくれ。この怪物が一匹だけとは思えない」
人間たちは退却することを決めました。収穫マシンが使えなくなったので、歩いて移動です。足を引きずる者もいましたが、何とか進んで行きました。私はずっとあなたの横について歩いていきました。
村松の懸念は当たりました。入口まで引き返す途中、同じような巨大ゴリアテが現れ、襲い掛かって来たのです。村松があの武器で迎えうち、三回あった襲撃を何とか撃退したのです。
進んで行くうちに、私は自分と同じ鉄甲ムカデがあちこちに潜んでいるのに気付きました。木の陰や草むらの下などに気配を押さえてじっとしています。ゴリアテの襲撃を怖れて身を隠しているのでした。ただでさえ恐ろしいゴリアテがあんなに巨大化したのです。その恐怖はよくわかりました。
そして、ようやく壊れた壁の所までたどり着きました。
外壁の穴を抜け、明るい光の差す場所に出ました。人間たちはほっとした顔をしていました。それから、私たちはイオノクラフトの着陸場所に向かいました。島から脱出するためです。その行程の半分ほどを進んだ時、突然日の光が遮られ辺りは薄闇に包まれました。邪悪な気配に身体がびりびりと震えます。見上げる人間たちの頭上に、彼らを見下ろす巨大な二つの目玉がありました。
それはゴリアテでした。その身体はさらに大きく、建物程理大きさがありました。その体は深い青紫色をしていました。
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