51 悪役令嬢のエリーレイドは営業職業病を患っている。

 ソファに座り、腕を組みながらエリーレイドは目を瞑り考え込んでいた。

 学内でカップルや旅の一座との関係がある人達が瘴気に汚染されはじめ、その対策がユウヴィーによる光の魔法でいっきに浄化するはずだったからだ。はずだった、というのも一向にその気配がなく、ユウヴィーとイクシアスが図書館と研究区画へ行ったり来たりしているのだ。

 

「我が主、この攻略本によると――ヒロインであるユウヴィーが光の魔法で浄化し、問題を解決し、イクシアス王子とのイベントが進む、と書かれてします」


 カッと目を開き、使い魔のマーベラスの方を見る。一瞬、ビクッとマーベラスは身震いしたのだった。突然捕まれ吸われるのではないか、という条件反射だった。

 

 エリーレイドは事前に何をするか報告しろと口酸っぱく言っていたが、イクシアスから直々に頭を下げられた事を思い出した。

 

――我が国のため、暫しの間……お借りしたい。なにとぞ、理由を聞かずにお願い致します。

 

 その時は外交責任者と自国のアライン王太子を含めた謁見であり、正式な依頼の場だった。その為、エリーレイドがとやかく口を出せるような事ではなかった。すべては外交責任者とアライン王太子にしか発言権がなく、エリーレイド自身は事態の裏を知っていたとしても黙っているしかなかった。

 

 だが、影魔法で監視していた元から婚約していた令嬢が二番目でもいいと言わせたことにより、公認されたので勝ち確定である。

 

 しかし、喜ぶに喜べない状況だった。

 

 エリーレイドはソファから立ち上がり、部屋の中を歩きながら頷き、ニヤつきはじめた。彼女は影魔法による盗聴をいつも通りにしていて、その網に引っかかったからだ。プライベート保護法などない世界である。

「マーベちゃん、ユウヴィーとイクシアスがとてもイイ雰囲気だわ。くふっ……図書館は人払いしてあるし、情事的なイベントになっても問題ないわ。いいわよ、イクシアス攻めろ! 攻めろ!」


 影魔法で盗聴してる声を聞きながらエリーレイドは拳を握りながらブンブンと上下に振っていた。貴族の公爵令嬢の欠片すらない行動だった。 

 

「順序がちょっとおかしいけれど、婚約していた令嬢がまさか自身の身を晒して、瘴気に蝕まれた痣をユウヴィーに見せて懇願するとはね。本来なら、イクシアスとイイ感じになった後なのだけど……まあ、いいわ」

 

「我が主、この攻略本によると――ユウヴィーは商会連合国家の第三王子に嫁ぐ事で瘴気により迫害されていた女性たちが救われていくものの、事態は深刻化。女性たちが立ち上がり各国で革命が起きる中で互いの存在があるからこそ愛が育まれると説いて、自らを生贄にした光の奇跡魔法で瘴気が浄化し消え去ります」


「ええ、その通りよ。それで男は男としての役割、女は女としての役割があり、互いに支え合うようになる。国も国同士争うのではなく、互いに協力し合う風に考え行動していくのよ」


 だが、マーベラスは浮かない表情を主に向けていた。


「でも、そう簡単にはいかないのよね。その後、女性の労働力と地位向上に私が粉骨砕身するのよね。それで娼婦や専業主婦から非難され、ボロックソになりながら激務な公務をし、国を跨ぎ働き続け、模範を示すのよね……」


「我が主が感謝もされない未来です。その……女の敵は女エンドと書かれています」

 

 心配そうに使い魔のマーベラスはエリーレイドを見上げた。胸の中にある心配は主の今の令嬢とは思えない行動と来る先の激務な公務でボロボロになるのではないかという両方だった。

 

「女性の社会進出は今のこの時代は、前世の記憶による知識チートで解決簡単よ。伊達に営業職してなかったわ。勝つる! これで勝つる!」


 すでにルートは確定したと思い、先の事を夢に描いていた。


 化粧品の開発、ネイルサロン、ヘッドスパ、あの国で新たな産業を生み出せと酷使されても彼女には計画がすでにあった。一大観光名所にすればいい、しかも女性が気軽に来れる巨大ショッピングシティにすればいいとギラついていた。


 前世で営業職だった事もあり、大きなお金が動きやすいあの国は彼女にとってはいい仕事場としての認識だった。悲しい事に前世はどうやって命を落としたのかはすっかり頭から抜け落ちていた。


 何よりも彼女はすでに前世の知識を使って活躍し、国を跨いで王族貴族から「今の時代、頭角を現す者は男だろうと女だろうと関係ないかもしれない」という認識をされていた。そのため、女性の社会進出具合は、彼女の認識とは異なっていた。


 残念なことに、彼女は知らなかった。


 当人は褒められてはいるものの、前世が営業職であったため、全て「建前」として脳内処理していたのだ。前世でプレイしていたロマフロでも取り巻き達などから「絶賛」されている描写が多々あった。その事から「建前」という定型文をゲットした、私は悪役令嬢として役を全うしてると自信に繋がっていた。

 

 間違った方向への自信だった。

 

「あ、盗聴が切れたわ……光の魔法を使ったわね。チッ、まあいいわ」

 

 悪役令嬢らしい顔つきをし、彼女は勝利の美酒に酔いしれていた。


(我が主、獲れぬネズミの皮算用だと思うのですが……)

 

 使い魔のマーベラスは冷静だった。


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