06 猫は吸うもの
「イケメンですか?」
使い魔のマーベラスは攻略本をいったん閉じ、左腕に抱えながらエリーレイドに聞いた。
「そう、イケメンよ。顔よし、声よしであれば割とキュンとしてしまうものよ」
「性格や財力はいいんですか?」
「ふっ、そういうのも大事よ。でもね、乙女ゲームの世界なら大抵な事はイケメン力でどうにかなるわ」
「なるほど、そうなのですね」
マーベラスはわかったようなわからないような感じでとりあえず頷いておく事にした。
「さて、この後のイベントは? 確か、何かあったと思うのだけど」
マーベラスは左腕に抱えていた攻略本を器用に開いた。開いたページがこの後の展開について書かれているページであるのも、マーベラスがこの攻略本を任せられている所以である。
「我が主、この攻略本によれば、クラス内で元から瘴気に汚染されていたクラスメイトが苦しんだ所に、ヒロインが瘴気を浄化してしまいます。するとその圧倒的な浄化力により、学内の広範囲に浄化が施され、清浄な健やかな空気になり、ヒロインとして頭角をあらわします」
「そうね、それで?」
「その後、ヒロインは王太子と悪役令嬢と出会い自己紹介をします。王太子はヒロインに光の聖女かもしれないと言い、悪役令嬢はそれに嫉妬したような言動をとると書かれています」
「嫉妬、嫉妬ね……うーん、まあ、アライン殿下が何をおっしゃるか次第わね」
もともと営業職であったのもあり、アドリブに対して強いエリーレイドだった。
「一応、何通りか考えておこ……はぁ」
エリーレイドは深いため息を吐いた。するとマーベラスがビクッとし、警戒をする。マーベラスはエリーレイドが深いため息をつくとき、身の危険を感じるようなことをする。それも定期的かつ、毎日するのだった。
「ねぇ、マーベちゃん。ちょっと来て」
マーベラスはエリーレイドに呼ばれ、攻略本を閉じ、のそのそと向かう。
「影の中に閉まっておいて」
エリーレイドは攻略本をマーベラスの影の中に魔法でしまうように指示した。マーベラスは指示に従ったあと、エリーレイドはマーベラスを抱き上げ横っ腹に顔をうずめるのだった。
――すーはーすーはー
思いっきり深呼吸をするエリーレイド。虚ろな目になる黒豹の使い魔のマーベラス。
この行為がどのような効果があるのか、何を意味するのか、マーベラスは何度もご主人様であるエリーレイドに聞いたのだが要領を得られなかったのだった。何度かやめてくれないかと進言したら、野良として生きていけるのか? と使い魔契約の破棄を言われ諦めたのだった。
――すーはーすーはー
このまるまると太ったデブ猫と化しているが元はブラックアサシンパンサーと呼ばれる人の言葉を喋る影の精霊獣であり、エリーレイドが甘やかしすぎなければまるまると太ってるわけでもなく、もっと筋肉質で野性味溢れ、とても頼もしい使い魔であった。エリーレイドが可愛がりすぎて、太らせてしまっていたのだった。
定期的にエリーレイドが猫を吸う行為をおこなっていた過去に、みるみるストレスで痩せた事があった。エリーレイドは即座にゲル状の高カロリーかつネコ科が好きな食べ物を開発し、マーベラスに過剰に与えるようになったのだ。
そのネコ科が好きな商品は瞬く間に売れ、彼女の家を潤せたのは別の話である。
――すーはーすーはー
「我が主、そろそろ……」
――すーはーすーはー
それから数十分ほど、吸う行為が続いた後に解放されたのだった。
+
「さて、そろそろイベントが始まるだろうし、殿下の近くに向かいましょう」
精神的に落ち着きを取り戻したエリーレイドは、身だしなみの確認を行い部屋をあとにするのだった。斜め後ろには、四足歩行になっているマーベラスを引き連れ、彼女は威風堂々と廊下を歩む。その顔は自信に溢れていた。これから起こる学園生活でヒロインを攻略対象者とくっつけ、生き残ろうとする熱い思いも出ていた。
「ごきげんよう」
すれ違う諸外国の令嬢が彼女に挨拶をする。
「ごきげんよう」
彼女もまた挨拶を返す。
彼女はすでに諸外国の令嬢と社交界で顔合わせをすでにおこなっていた。侯爵令嬢家として、前世で培った営業力を携え、根回しはすでにおこなっていた。
本来、原作ではそこまで頭が回るようなキャラクターではないのだが、彼女は前世の経験から成せるチートを持って原作ではありえない状況を作り上げていた。それが原作改変になってることに彼女は気づきもしなかった。なぜなら、原作での悪役令嬢のエリーレイドの描写はそこまで深く細かく詳細に描かれていなかったからだ。
エリーレイドとして行動した事が、現実にどう影響しているのか彼女は理解してなかった。
「あっ、アライン殿下! ご機嫌麗しゅうございますわ」
「世辞はよせ、婚約者同士だろう?」
攻略対象者である王太子のアラインはエリーレイドにぞっこんだった。未来の王妃としての力量、努力を惜しまない姿勢、諸外国との関係構築、どれもがまさに王妃として申し分ないものだった。そして――
「それでも、ですわ。礼節合ってこそですわ」
「君ならそう言うと思ったよ。いつもありがとう」
婚約者という立場だろうとそれをひけらかさず、驕らず、国に貢献してきた姿勢が王太子にとって自身を奮い立たせた運命の人だったのだった。
エリーレイドはそのことに気づけずにいた。
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