64.キャンプファイヤー
二人は手を繋いだまま、ゆっくりと校庭に向かった。
キャンプファイヤーの周りはたくさんの人だかりだ。
「わあ! 綺麗!」
真理は思わず叫んだ。
ついさっき見た同じキャンプファイヤーの炎。
さっきはどこか切なく幻想的に見えていたのに、今は、舞い踊る炎に生命力さえ感し、周りに舞い散る火の粉が星のようにキラキラと輝いて見える。
校庭に音楽が流れ始めた。
すると、キャンプファイヤーの前にいる人混みがもっと賑やかになった。
ぎこちなく手を取り合って、キャッキャ言いながら、音楽に合わせ踊り始める男女のカップルがどんどん出来上がってくる。
手、どーすんのー? どう繋ぐの~?
あれ? これ繋ぎ方じゃ、男女、逆じゃねー?
ステップって一体何~~?
これじゃ、歩いてるだけじゃん~~!
など、楽しそうに笑いながらカップルがキャンプファイヤーの周りを回っている。
「あはは~! みんな踊ってるね~!」
真理はその光景を楽しそうに見つめた。
「その足じゃ踊れないな」
「いいの、いいの! どっちみち踊れないもん。リズム感ないし」
「ああ、無さそう。ドン臭いもんな、真理は」
「はあ?」
以前のように、小馬鹿にした顔で見下ろす高田を、真理は軽く睨みつけた。
それでも以前と違い、下の名前で親し気に呼ぶ高田に、心臓がトクントクンと可愛らしく跳ねる。
「じゃあ、高田君は踊れるの?」
「さあね」
「踊れないのね?」
「何で決めつけるんだよ。真理よりは上手いって、多分」
高田はニッと口角を上げた真理を見る。
そんな高田を、真理は目を細めて見返す。
そしてどちらからともなく、フッと口元が緩むと、お互い顔を少し近づけて笑い出した。
その間も手は繋いだままだ。
そんな仲睦まじい姿を周りが気付かないわけがない。
特に高田を探していた女子たちは、その様子を見て唖然としている。
真理も高田もすっかり二人の世界に入り込んでいたため、周りがよく見えていなかった。
繋いだ手をブンブン振ったり、引っ張り合ったりと、じゃれ合いながらゆっくり歩いている。
時折、からかわれて怒った真理が、無理やり手を振り払う。それを高田はすぐ捕まえる。
そしてお互い笑い合う。そんなことの繰り返し。
誰も二人の世界に近寄れなかった。
★
一人の少女が校庭の隅で、膝を抱き抱え、顔を埋めて座っていた。
小刻みに肩が震えている。
その頭上に、チョンと固いが温かいものが触れた。
花沢はゆっくりと顔を上げると、傍に川田が立っていた。
川田は花沢の目の前に、手にしていた缶コーヒーを差し出した。
「・・・ありがとう・・・」
花沢は手を伸ばし、缶コーヒーを受け取ろうとした。
次の瞬間、川田は慌てたようにそれを引っ込めると、反対の手に持っていた缶を差し出した。
「ごめん! こっちだ!」
改めて差し出されたのはホットココアだ。ミルク多めと書いてある。
「・・・私の好きなのだわ・・・。よく知ってたわね」
「だって、花沢はよくこれを飲んでるだろ? 学校でも塾でもさ」
川田は花沢の隣に腰かけると、缶コーヒーの蓋を開け、一口飲んだ。
花沢は川田から手元のホットココアに目を移した
手に包んだ缶は温かいというよりもちょっと熱めだ。でも両手でしっかりと握り、その温度を感じ取った。
「・・・飲まないの?」
川田は少し不安げに尋ねた。
花沢は首を横に振った。
「温かいなって思って・・・」
「そっか・・・」
二人で座ったまま、遠くのキャンプファイヤーを眺めた。
「いいの? 川田君は行かなくて。踊らないの?」
「だって、俺、踊る相手なんていないもん」
「そう・・・」
「うん」
川田はそう言ってもう一口缶コーヒーを飲むと、それを少し弄ぶように揺らした。
それから、そっと下から覗き込むように花沢を見つめた。
「花沢。大丈夫だよ、今ここには俺しかいないし、どれだけ泣いたって」
「え・・・」
「無理するなって言ってんの」
川田は優しく笑った。
「・・・泣き止むまで、俺、ここにいるから。花沢が嫌じゃなければ」
そう言うと、キャンプファイヤーに目を戻し、何か誤魔化すようにコーヒーを飲んだ。
「・・・うん。ありがとう・・・、川田君・・・」
花沢はもう一度顔を膝に埋めた。
膝を抱えながらも、その両手はホットココアをしっかりと握りしめていた。
キャンプファイヤーの火が消えるまで、二人は静かにそこに座っていた。
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