65.ペンケース

「あれ・・・? いない・・・」


お昼休み、真理は高田に呼ばれて中庭にやって来た。

しかし、例のベンチには先客がいる。

知らないカップルが、仲良くお弁当を広げていた。


「真理、こっち」


声がする方を見ると、高田が手招きしている。

真理は自然と笑顔になると、タタタっと傍に駆けて行った。


「あれ? こっちにもベンチがあったのね。知らなかった、滅多に来ないから」


真理は先に腰かけている高田の隣にちょこんと座った。


「ほら、これ、真理の弁当」


高田は花柄の巾着袋を真理に渡した。


「わぁ! ありがとう! おば様のお弁当、久しぶり~! 超嬉し~~!」


真理は両手でお弁当を受け取ると、にっこり笑って頬擦りした。

高田は呆れたように笑う。


「言っておくけど、俺は宅配業者じゃないから」


「ふふふ、分かってるわよ。ご苦労、ご苦労!」


真理はふざけたように、高田の頭をチョイチョイと撫でた。

高田は目を丸めてふいっと顔を背けた。その耳は少し赤い。

だが、真理は弁当に夢中で、高田が照れたことに全く気が付かない。

すぐに巾着袋からお弁当箱を取り出した。


可愛いピンクのお弁当箱だ。とても懐かしい。

真理は興奮気味に弁当の蓋を開けた。


「きゃあ! 可愛い!! 見て! 高田君!」


「うわ・・・、気合入ってるな・・・」


熊さんの顔のハンバーグにパンダのおにぎり。ハートや星型に切り抜いたハムやチーズががサラダと卵焼きの上に散りばめられている。


「写真! 写真! 高田君、私と一緒に撮って!」


真理はポケットからスマートフォンを取り出した。

しかし、高田は真理のを受け取らず、自分のスマートフォンをポケットから取り出すと、


「後で送る」


そう言って、真理と弁当をパシャパシャと何枚か撮った。

真理は全く疑わなかったが、そのうちの数枚は弁当など写っておらず、真理の笑顔だけが写っていた。





二人で仲良く弁当を食べ終わった後、高田は脇に置いていた紙袋を真理に差し出した。


「これ、忘れ物」


「?」


真理は首を傾げながら、その紙袋を受け取った。

そして袋の中身を見た途端、サーっと血の気が引いた。


「プレゼントみたいだけど」


「・・・」


真理は袋の中を覗き込んだまま、固まってしまった。


「ま、俺宛ではないのは確かだよな」


「・・・えっと・・・」


(すーーーっかり、忘れてた・・・。この存在・・・)


真理は恐る恐るチロリと高田を見た。

高田は意地悪そうな顔で真理を見ている。


「・・・ごめんなさい・・・」


真理はボソボソッと小声で呟いた。


「何で謝るの?」


「だって・・・、これ、川田君に買ったの・・・」


真理は居たたまれなくて、紙袋に顔を半分突っ込んだ。


「分かってるよ」


真理の動揺ぶりを見て、高田は胸の隅に少しだけ残っていたヤキモチが消えていき、今度はちょっとした悪戯心が出てきた。


「好きだったもんな。川田君が」


「う~~~」


「これをプレゼントして告白しようと思ってたんだ?」


「~~~~」


「真理の方こそ怒ってないの? 俺がもっと早く持ってきていれば川田君に渡せたのにってさ?」


真理は紙袋に顔を突っ込んで俯いたまま首を振った。


「・・・持ってきてもらっても困っただけだったと思う・・・。だって、もう、その時は高田君の事が好きだったから・・・」


ボソボソ言う真理の顔は隠れて見えないが、耳は真っ赤だ。

高田は言葉を失って、目を丸めて真理を見た。そして、


「はあ~~」


片手で額を押さえると、溜息をもらした。


「ホント・・・、真理って・・・、何なの・・・」


額を押さえていた手を、そのまま緩んだ口元に持ってきて、顔を背けた。

真理は、やっと袋から顔を出すと、そのまま紙袋を抱きしめた。


「こ、これ、パパにあげちゃお。そうよ、そうしよ!」


真理は良い事を思い付いたように、高田に振り向いた。

高田もにやけた口元を隠しながら、真理をチロリと見た。


「私とお揃いって言えば、パパも喜ぶわ。単純だから、うちのパパ」


にっこりと笑った真理に、高田は顔を顰めた。


「・・・お揃い?」


「うん。お揃いのペンケース」


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