13.焦り
最寄り駅まで着けば、真理一人でも学校まで行ける。
さっきの高田の態度に憤慨している真理は、高田とは遠く離れた車両に乗り込んだ。
むしゃくしゃしながらヘッドホンを耳に付けた。
大好きな音楽が流れ始める。
目を瞑り、電車の揺れと音楽に身も心も委ねることで、少しずつ気持ちが落ち着いて行った。
電車を降りた頃は、まだ胸にモヤモヤが残っていたが、学校に近づくにつれて、同じ制服の人並が増えていき、いつもの見慣れた景色に、非日常から現実に戻れたようで急にホッとした気持ちになった。
しかも、高田の姿はどこにも見えない。
奴など視界に入れたくないと思いながら歩いていたら、逆に、是非とも拝みたいと思っていた姿が目に入った。
(あ! 川田君だ!)
真理は数十メートル先に川田の後ろ姿を発見し、まだ微かに残っていた苛立ちがすべて吹き飛んでしまった。
こいつぁは朝から縁起がいいや!
心は踊り、自然と笑顔になる。
いつものように、さりげなく近寄って挨拶しようと、歩みを速めた。
しかし、実際に近づいてみると、今まで以上に川田を意識してしまい、なかなか声を掛けられない。
いつもだって勇気を振り絞って声を掛けているのだ。
高田との許嫁を白紙にするためにも、川田への告白が絶対条件になっている真理に、もう後へは引けないという状況が、緊張に輪を掛ける。
声を掛ける勇気とタイミングを見計らっているうちに、どんどん学校が近づいてくる。
学校が近づけば、声を掛けても話す時間は減ってしまい、自ずと親睦を深める時間も減る。
早く二人の距離を縮めなければいけないのに!
偶然に会えた僅かな時間も貴重な機会なのに!
気持ちは急くのに、勇気が出ない。
後一歩、歩いたら声を掛けよう、もう一歩、歩いたら・・・。いや、もう声を・・・。
「川田君、おはよう!」
真理の横を一人の女子が小走りで通り過ぎたと思ったら、川田の傍に駆け寄った。
「え・・・」
真理は呆気に取られて、ポカンと前方の川田を見た。
川田は声を掛けてきた女子と仲良くおしゃべりしながら歩いている。
女子は後ろ姿しか見えないが、長いストレートの黒髪が美しい。
彼女が川田の方を向いた時、横顔が真理に見えた。
清楚系の美人だ。
(うそ・・・)
真理は足が止まり、呆然と二人を見送った。
川田に特定の彼女がいないことはリサーチ済みだ。
だから、あの美人は川田の彼女ではない。
だが、あの二人の親しげな様子からは、何か感じるものがある。
二人にというより、川田の方に・・・。
(これ、私、ヤバくない・・・?)
女の感か?
真理は途端に焦燥感に駆られた。
(急がないと! 急いで川田君と仲良くならないと!)
川田の気持ちはまだ分からないじゃないか!
そうだ! 告白もしないうちに諦めるわけにはいかない!
ああ、こんなところで二の足を踏んでいる場合じゃなかった!
(何で早く声を掛けなかったんだろう! 私のバカ!バカ!)
暫く立ち止まってしまったお陰で、川田とは離れてしまい、学校の門をくぐった時には、とうに見失っていた。
そのせいで、黒髪の美少女が、高田を見つけて、川田の傍からそっちに駆け寄って行ったところを真理は見ていなかった。
★
「ねえ! 奈菜ちゃん!!」
真理は教室に飛び込むと、既に席に座って鏡を覗き込み髪型をチェックしている奈菜の傍に駆け寄った。
「あ、おはよう。真理ちゃん」
奈菜は顔を上げてにっこりと微笑んだ。
「ねえ、奈菜ちゃん! 聞いていい?」
真理は挨拶することも忘れて、奈菜の前の席にドカッと座った。
そしてグッと奈菜に顔を寄せると、
「ねえ! 川田君のクラスにロングの黒髪の美少女っている?」
興奮を抑えるように小声で尋ねた。
「ロングの黒髪?」
奈菜は一瞬キョトンとした顔をして首を傾げた。
「うん! かつ美人!」
真理は大きく頷いた。
そうだ。あの女子は見たことがある。職員室付近で川田を出待ちしている時に・・・。
特進科の棟から出てきたところを何度か見たことがあったのだ。
だから、特進科コースの生徒に間違いはない。
同級生か? 川田のクラスメイトなのか?
それとも下級生? はたまた年上女子か!?
「あー! 楓ちゃんのこと?」
奈菜はピンっと来たように、両手をパンっと叩いた。
「かえでちゃん・・・?」
くそ~、名前まで可愛いじゃないか!
「多分、楓ちゃんのことじゃない? 綺麗なさらさらストレートの長い黒髪の子でしょ?」
「・・・うん」
「その子よ、私のお友達」
「え・・・?」
真理は目を丸めた。
奈菜の友達ということは、もしかして・・・。
奈菜はニッコリと微笑んだ。
「彼女から川田君情報を仕入れているの。花沢楓ちゃん」
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