聖女洗脳編10 勇者の蹂躙

 洞窟。魔族どものアジト。

 厄介なモンスターが近づいてこない。


「ヤツら、俺たちにはやたらと寄ってきたくせに」

「ふふっ、エサだと思われていたのかもしれませんね」

「はっ、笑えねえな」


 人族がほとんど足を踏み入れない地だけあって、知られていないモンスターも多く、初見殺しの習性をもつものもいた。慎重さを欠いていれば本当にエサになっていたかもしれない。


「魔力の強さのせいだけじゃない。魔族は気配が気持ち悪いな。こう、まるで、足元から大量のヒルが這い上がってくるような」

「たしかに。嫌な感触です」


 ふるっとアリアが身を震わせる素振りをしてみせる。ついさっき魔力が枯渇し、魔族の気配にあてられていたからな。心を守る魔力も残ってなかったから相当こたえただろ。


 その流れで、洗脳のくさびを刺すことができた。帰ったらグリグリじ込んで穴をひろげてやる。ゆっくり、ゆっくりと。ああ……、いまから楽しみで仕方がない……。



 互いに警戒して接近する。が、どうせ遮るものがない。あっても除かれてるか。

 ゴツゴツとした岩場の地面に小石が撒かれていて、ひどく足場が悪い。石の転がる音もやたらとひびくし、俺たちの存在はもうバレているに決まってる。罠がないだけまだマシだ。


 最短距離ですすんでいると当然、気づかれてるなこれは。待ち伏せている姿が見えた。俺らを引きつけてから攻撃する気だ。


「ついに魔族か。どれだけ強いのやら」

(ここからはパスで)

(そうだったな。前衛3、弓兵2、不明3。俺がやるから黙って見てろよ)

(わかりました)


 弓の射程ギリギリで粘って無駄矢を誘いつつ前衛を呼び込んで安全に始末したかった。が、高低差があるからここら辺はすべて弓の射程っぽいしな。矢が放たれてから見て避けるしかない。


 魔族。知性と魔力が高く、魔法さえ使う人族の天敵。こいつらは年に数回リニーの街を襲う。つまり、情報がある。種族特性も、能力も、装備も。弱点も。


(弓兵には気をつけろよ)

(はいっ)


 第一射。前に駆けて避ける。

 超視力。二射目をつがえ始めてる。この連射速度なら俺には脅威じゃない。距離をさらに詰める。


 首狩族ジャガー。頭を様々なモンスターの頭蓋骨や生皮で覆っている気色悪い奴らだ。こいつらはオスは器用で小型、メスは怪力で大型だ。だからオスが弓兵、メスが前衛をやる。下位個体の体色は焦げ茶。


 なんとなくトロルっぽいと前情報では思っていた。前衛はヴィレンドルフのヴィーナスの土偶に似てるな。ブヨブヨと乳房も腹もふくれあがった異形が大剣を振り上げて向かってくるが、先に弓兵だ。


「"風よ、神敵を穿て"」


 囁いて詠唱する。うまく発動できた。風の魔法で弓兵が一匹吹っ飛ぶ。弓は残り一匹、並んでいれば一撃だったのに。


 前衛、接近。

 魔力。質量。殺意。

 これまで相手にしたモンスターどもとは段違いだ。


 だが。


 魔力を強く込め、白く発光した流星剣でバケモノを袈裟斬りにした。


 変わらない。何も変わらない。


 モンスターと同じ。真っ二つだ。まるで大根。するりと斬れる。


 返す刃を真横に薙げば、残りの二匹も腹から上が斬り離れた。魔力による白刃の延長。間合いを見誤った敵からすれば、俺も初見殺しかもしれない。


 戦える。魔族相手でも戦え


(勇者様!)


 矢。意識外から。

 慌てず最小限の動き。

 避けられた。


(ありがとうアリア。まだ俺がやる)


 雑兵三匹はとっくに逃げた。連絡係だったか。残りの弓兵は一匹。ダッシュで近づき、たやすく斬り捨てた。次の矢を撃たせもしない。


 ふう、と一息つく。


(楽勝だ。初見のモンスターどもの方が手を焼いたんじゃないか?)

(ですが、私たちの襲撃は知られましたね。どうしましょうか)


(ザコの数を減らしておくのも仕事のうちだ。魔力の残量もそこそこあるし、入り口で粘る、か)


 思案する暇もなく洞窟から魔族が湧いてくる。大量の前衛の突撃。その全てを順に斬り捨てていると、矢! 真上か!


 矢を三つ受けた。が、着弾点の魔力を暴発させて跳ね返す。爆発反応装甲の原理。より小規模な爆発にして魔力ロスを減らす訓練は重ねてある。無意識だと全身の魔力が暴発してしまうからな。


 崖の上、弓兵部隊がいる。洞窟の奥からも矢。火の魔法も。こっちは警戒していた。


 矢は避けた。が、奴ら、魔法の誘導が上手い。受けてしまったので魔力差で強引に打ち消した。


(上の弓兵はどうするかな。アリアを狙われたくない。遮蔽物があって何かを投擲しても狙えなさそうだ)

(勇者様は前衛をはるかに圧倒してます。このまま押し込んで洞窟に入りませんか?)


(圧が低いのは誘い込まれてる可能性がある。できれば入りたくないな。魔力を削られ過ぎれば全滅だぞ)

(このままでは狙い撃ちですよ)


(…………。中は待ち伏せも多そうだが、しょせんは通路。囲まれることもない、か。ゴリ押す。ボスが来たらその時はその時だ。アリアだけは逃がしてみせるさ)


 アリアを振り向き、にやりと笑ってみせて言った。


(魔族にも、勇者の土下座なら効くかな?)


 きょとんとしたあと、笑顔が返ってきた。余裕はないが、どうせ死ぬならそっちの方を見ていたい。


✳︎


 洞窟内の魔族が殺到する密度が、外の比じゃなかった。当然か。逆の立場で考えればわかる。魔族が城内まで攻めてきたら、俺たちだって死に物狂いになる。


 倒した魔族の数も100を越えたが、もうわからない。数える気が失せた。落ちゲーみたいに効率よく消していくだけだ。徐々に上位個体の混じる割合も増えてきて、一合が二合、二合が三合と打ち合いも増えてきた。魔力は減る一方、残り4割。引き際かもしれない。


「アリア。これ以上は奥に行くのをやめないか? ボスをエサに誘われていって、もし閉じ込められたらヤバい。魔族に毒や火攻めをされれば、魔力がすぐ切れて殺される」


 アリアが洞窟の奥を見通して、つぶやく。


「もう遅いみたいですよ」

「……閉じ込めはなさそうだな」


 ひときわ青白い巨体。通称、首狩姫という首狩族ジャガーの最上位個体が来てしまった。多くの取り巻きを連れて。どいつもこいつも白い。魔力はみんな俺以上か。嫌になる。俺たちに殺到していた下位魔族たちが離れ、取り囲まれた。嫌な流れだ。


「首狩姫とお見受けする! 尋常に勝負したい!」


 無視される。タイマンを求めて不意打ちする作戦は失敗。俺たちを取り囲む輪がジワジワ狭まる。


「この女はただの回復役だ! 俺が倒れようとも手を出さないでもらおう!」


 反応なし。かすかにケタケタ笑う声が聞こえるな。そこら中から嘲笑されている。


 首狩姫。4メートルの巨体。ブヨブヨの胸。ダルンダルンの腹。白い肌にはびっしりと緑色の血管が浮かんでいる。上位魔族の肌はこんな色らしい。ヘモグロビンじゃなくて虫みたいにヘモシアニンか何かで酸素循環してるのか?


 大きすぎる頭にフィットする頭蓋骨がないようだ。黒い革でできた網状のマスクで頭部がすっぽり覆われてる。何の皮か、想像したくない。ギョロリとした鋭い眼が編み目の隙間からこちらを睨んでいる。眷属を相当殺したからな。怒り心頭だろう。


 魔力。初めての格上。真冬に裸でいるみたいに正気が揺らいでくる。集中しろ。


 くぐもった低い声が響く。


「……お前、何者だ」

「勇者だ。勇者マコト。魔王を殺すためだけに、世界線を超えてきた」

「ぐぶぶっ。魔王を殺す、その程度の魔力でか。……笑わせるな。おい、やれ」


 一斉に襲ってきた。


 思考を 研ぎ澄ます


 無駄があれば  死ぬ


 まず 矢の対処 暴発防御


 殺到する斬撃 光剣 回転薙ぎ払い


 魔法の砲撃 危険 白い奴め 避ける


 アリアを守る 斬る 斬る 斬る!


 ありがたい。首狩姫の参戦前に、白い個体を二匹もやれた。格下一人にここまでやられるとは思っても見なかったのか、馬鹿め。姫が慌てて斬りかかってくるが、遅い!


「グオオオオオオッ!」

「はっ!」


 首狩姫のふるう大剣、真っ二つ。

 まとう魔力が薄い!


 明確な隙。

 首を飛ばしてやる!


 強烈な魔力暴発による防御に、飛び跳ねてまで放った斬撃は弾かれたが、姫の首から血が噴き出す。頸動脈を傷つけたらしい。


 首狩姫は慌てて首を押さえて血を止めている。回復などさせるか。爆発に崩されつつも全力で流星剣を振るい、姫の太い右脚を斬り飛ばす。


 あとは左腕。右腕。首。限界まで魔力を込めれば弾かれもしなかった。


 武器の差だ。たかが刃渡り40センチのショートソード。されど宝剣。勇者の魔力もほとばしるほど込めている。斬れないものはないはずだ。


 首狩姫の魔力は俺の全快時の倍以上、格下だと思って完全に油断してやがった。


 首狩姫は、割れたマスクの下で驚愕の表情のまま絶命した。首が転がっている。こいつに数百人犠牲になったそうだ。俺を恨まず成仏してくれ。


(……私の出番がありませんでしたね)


(向こうが魔力では格上だ。思ったより油断させられたから、アリアが後ろから討つまでもなかっただけさ。ヤツらを族滅するのは手伝ってくれ)

(わかりました)


 ヤツらはボスを失い、いまだに動揺している。チャンスだ。俺たちは混乱に乗じて逃げたりはしない。


 殲滅する。

 一匹たりとて逃がすつもりはない。

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