完全██編2 勇者の懇願
3回戦中に、急にドアが開く。アリアは俺たちを見て、さすがに目を丸くした。
そういえば、このパターンは今までなかったね、うん。3人が無言で固まること2秒。最初に硬直が解けたエミはあわてて寝たフリをしはじめた。いや、遅いから。においとか、いろいろとな…。
アリア。
聖女アリア。昨日のことが頭をちらつき、アリアの顔を見ることができない。気持ちでもう負けていた。
アリアは、殺せない。不可能だ。無い知恵絞って放った矢は、すべて折れた。たやすくあしらわれた。アリアを攻略する術はもうない。俺はどうやっても殺すことができなかった。
部屋から逃げ出したくなる。ここだと昨日の敗北の記憶がよみがえる。アリアが出した切り札。最初から俺は負けていた。
俺は、アリアに完全攻略された。
いきなり異世界に召喚されて、勇者として大切にされ、美味いものを食って、美少女を洗脳して抱く。いい生活だ、最高だ、と満足する勇者も多いだろうよ。
俺だって。アリアに洗脳されたエミを好き放題にしてる。エミは俺に恋する魔法をかけられ、体を好きに使われて、子まで孕んだ。穢れのない身体だけでなく、魂さえも蹂躙する所業だ。アリアは共犯と言うが、ほとんど俺が主犯だな。
頼めば他の女もアリアが洗脳してくれるんじゃないか? アリアに従ってさえいれば。与えられたエサを貪るブタのように。俺はおとなしく従うことにした。
やっとアリアの顔を見た。浮かんでくる幾つもの感情を奥歯をかみしめてすり潰し、視線で部屋の外へ出るよう伝えた。
頼みたいことがあった。
✳︎
いつも食事を取っている小ホールまで、俺は先行した。アリアも無言でついてくる。話を切り出す前に、歩きながら頭を切り替えて話す内容を整理していた。考えごとは歩きながらに限る。
部屋に入り、まだすこし迷って、アリアのやさしげに見える微笑みに向かって、やっと切り出す。
「何でもする。エミの洗脳は解かないでくれ」
罪深い依頼をしてしまった。
だが、解けば不幸しか起きない。きっと正気を取り戻したエミは狂乱し、世を儚んで自殺する、そんな気がした。子供までいるんだ。生まれる地獄は2倍になる。
俺は浮気した奴は墓場まで持っていけ派だ。ウソをつきとおす覚悟がなければ浮気すべきでない。エミの洗脳もこれと同じだ。共犯になったっていい。あの
俺の表情をじっと探るアリアの青い目。表面を覆う聖女らしい優しさの、奥の感情が見えてこない。俺の言葉の裏や、魔力の乱れも見ているのかもしれない。無言でジロジロ見られていると不安になってくる。まさか、通らないか?
「あなたは?」
「あぁ?」
「貴方のはいいんですか?」
「あぁ、それか……。いいよ、別に」
気を抜けば目が泳ぐから、強い意志の力で視線を制御し、アリアを見つめてうなずく。
「アリアに従って魔王を殺せばいいんだろ? そのくらいやってやるから、頼むよ」
「かまいませんよ? 元からそのつもりです。ふふっ」
「なんだよ」
「いいえ。やっぱり共犯ですね、私たち」
「……そう、だな」
エミに対する罪悪感が、腹の奥からどんより重くひろがっていく。遅れて、暗い劣情も。俺たちふたりでエミを好きに操れる。そう思うと、いけないのに欲望が果てしなく膨らんできた。
「……あの。息が荒いですよ?」
「す、すまんっ!」
アリアに首をかしげて可愛らしく言われて、あわててそっぽを向く。ハァハァしながら女に詰め寄る変質者になっていた。興奮をおさめながら考える。俺はこんな人間だったか?
俺の心がアリアを受け入れたことで、謎の多幸感が常にある。何をしてもいいっ! そんな万能感が中で暴れて、理性のタガがはずれかけてる。洗脳のせいだろこれ。
「もう。貴方と2人きりで旅に出るのに、そんな様では不安です。いつか襲われちゃいますね」
「……努力する」
「私の貞操のためにも、貴方の洗脳は必要なんです。わかりましたか?」
「ああ。わかったから許してくれよ」
エミのいない旅かぁ。我慢できるかなぁ。
俺のそんな思考を読んだかのようなタイミングでアリアが言った。
「エミを旅に連れて行きたいですか?」
心臓が止まるかと思った。やはり読心はあるのか?
「……できるのか?」
「ええ。私が許せば。いいですよ」
「歩きか馬車での移動だろ。戦闘も逃走もある。大丈夫なのか?」
「ふふっ」
アリアが不敵に笑って金の髪が揺れる。いたずらをしてるみたいな顔で力強くうなずいた。
「女と魔力を舐めないでください。貴族の女は強いですよ」
「……そうか。母体に影響がないならいいが」
「さすがに魔族領域の手前で引き返させますが。戦闘も参加させませんよ」
「つうか、本人の意思による。あまりムリさせたくないよ」
「実は前について行きたいと言われて断ってるんですよね。意思はあるかと」
洗脳でイジった心に意思はあるのか? なんかわけがわからなくなってきた。とりあえず、望んでるっぽいならいいか。これだけ一緒にいてもエミから浮気しないか疑われてるからな。同行の提案は喜ばれる気がする。
「これから魔王討伐の旅に出ます。私たちウラハ家と縁深い、リニー家という貴族の屋敷に向かって、しばらく滞在します。魔族領域と接している最前線の人族領域を治める有力貴族のひとつです。そこまでであれば一応、安全かと」
「そうか」
ついに旅立ちか。感慨深い。
「そこで魔族を暗殺すんのか。ついでにモンスターを減らす」
「まあ、そうですね。それでリニー家の前線を押し上げられたらありがたいです」
「ここからどのくらい遠いんだ?」
「馬なら20日ほどです」
「ま、まあまああるな……」
「私だけなら10日切れますけど。勇者様が消耗しては意味がないですからね。あせらずに行きましょう」
余裕の口ぶりから察するに、アリアは旅慣れてるんだな。俺は歩き旅とか経験がない。ブギウギ奥の細道とかをテレビで見た程度だ。魔力のアシストがあっても未知の領域だった。
いよいよ旅立ちか。俺はこれからどうなるんだろうな。エミとの地下室の生活が恋しい。
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