番外編

伍師姐の贈り物 上 (モブ弟子一人称視点)

おん師妹しめい。すこし相談にのってもらえない?」


 ある晴れた日。

 庭掃除をしていたわたしは、思いつめた表情の伍師姐に相談をもちかけられた。


 わたしの名前は、おんあん。青嵐派の道士、そう秀英しゅうえいの女弟子のひとりだ。

 話しかけてきた伍師姐は、わたしと師匠をおなじくする姉弟子。彼女は見目麗しく、真面目で勉強熱心な人で、宋師父の覚えもめでたい。

 そんな姉弟子にくらべると、わたしは劣等生の部類だ。先日も宋師父から「伍花琳は書庫で毎日、経典を読んでいる。おまえも娯楽小説ばかり読んでいないで、姉弟子を見習いなさい」と、小言をもらったばかりだ。

 よって、姉弟子に相談にのってもらう機会は多いが、わたしが彼女の相談にのる機会はあまりない。

 めったにないできごとに驚いたわたしは「な、なんでしょう?」と、緊張して返事した。

 すると伍師姐は頬を赤らめ、わたしから視線をそらすと「じつはね」と言い、話しだす。


「朱師弟に贈り物をしたいの」


 言い終えた伍師姐は、耳までまっ赤だ。

 姉弟子の言動があまりにも典型的すぎて、わたしは「師姐ししゃ、もしかして朱師兄を?」と、黄色い声をあげてしまう。しかし、同時に疑問が頭をよぎった。


 ――でも、師姐が好きなのは夏師兄だったはずでは?


 首をひねりながら、わたしは疑問の根拠となる記憶に思いをはせた。


 ◆


 半年前。

 庭掃除をさぼり、わたしは友人といっしょに木陰で娯楽小説の話題に花を咲かせていた。

 ちなみに、わたしと友人が好んで読むのは男性同士の恋愛をえがいた物語。いわゆる、男袖だんしゅう譚だ。

 その日も、わたしたちは熱心に物語のなかの恋人たちの感想を語りあっていた。


「ここぞって時に助けてくれる恋人とか、ひかえめに言って最高だよね!」


「わかる! いつもは素っ気ない態度だと、なお良し!」


 わたしたちが、きゃあきゃあと談笑していたときだ。

 わたしたちの目の前を女道士であるよう師淑ししゅくが通りすぎた。彼女のうしろには、彼女の弟子の夏師兄と朱師兄がつきしたがっている。

 ふたりの師兄はどちらも美男子だ。とくに夏師兄は青嵐派の女弟子たちの憧れの的で、わたしたちは思わず夏師兄に見とれてしまった。

 そのときだった。


「師姐!」


 かわいらしく明るい声がして、わたしたちの目前を今度は幼い男の子が走りすぎる。走りすぎたのは、掌門の一番年若い弟子である七歳の周師淑だ。夏師兄と朱師兄の間を押し通り、走りぬけた周師淑が姚師淑に飛びついた。

 途端。朱師兄が態勢をくずす。


「あぶない!」


 ――転んでしまう!


 危険を感じ、わたしと友人は悲鳴じみた声をあげた。しかし、わたしたちの心配は杞憂きゆうに終わる。なぜなら、朱師兄はわたしたちの予想に反して、しりもちをつかずにすんだからだ。

 朱師兄の腕をとり、背をささえて弟弟子を助ける夏師兄のすがたが、わたしたちの目にとびこむ。その光景を目にした瞬間、わたしたちは声にならない悲鳴をあげた。


「今の見た?」


「もちろんよ!」


 わたしと友人は鼻息あらく顔を見合わせる。友人が頬を紅潮させて主張する。


「前から思っていたの。朱師兄は夏師兄を嫌ってるみたいだけど、夏師兄は朱師兄にやさしいよね?」と友人。


 友人の言葉にうなずき、わたしは「わたしも思ってた」と同意し、友人の話をひきつぐ。


「朱師兄が危ない目に遭うと、夏師兄がいつも助けにはいるの! もしかして、夏師兄は朱師兄を……」


 しかし、わたしは言葉のつづきを言えなかった。


「なにを言ってるの? そんなわけ、ないわ」


「!」


 わたしたちの会話に別の声がわりこみ、わたしと友人は驚いて「キャッ!」と悲鳴をあげたのだ。

 わたしたちは、声のするほうをむく。すると、腰に手をあて、あきれ顔をする伍師姐と目があった。どうやら、私と友人の会話に口だししたのは、彼女らしい。

 わたしと友人は、委縮いしゅくしてしまう。なぜなら、掃除をさぼっていると姉弟子にばれたからだ。

 叱責しっせきを恐れて緊張するわたしと友人に、伍師姐が言う。


「夏子墨は、だれにでもやさしいだけよ。助けるといえば、姚師淑のほうがよほど夏子墨に助けてもらってるじゃない」


「ああ。たしかにそうですね」


 伍師姐の話はまっとうで、わたしたちは彼女の言いぶんになっとくした。


 姚師淑は強く美しい女道士だ。しかし、彼女のずぼらぶりは誰もが知るところ。甲斐甲斐しく世話をやく夏師兄がいなければ、一日もひとりでは暮らせないだろうと、まことしやかにうわさされている。


 ――姚師淑のかまわれぶりとくらべたら、朱師兄はかすんでしまう。


 わたしたちの熱は、いっきに冷めた。わたしと友人がなっとく顔になったからだろう。伍師姐が「そうよ」と言い、つづける。


「だから、おかしな話をひろめないで」


 わたしたちをたしなめる伍師姐の声色は、とても切なげだった。

 驚いたわたしと友人は、あらためて姉弟子を見る。すると、頬を赤くそめ、うるんだ目で夏師兄を見つめる伍師姐のすがたが目に飛びこんだ。


 ――もしかして、師姐は夏師兄が好きなのかな?


 こんな経緯があり、わたしは伍師姐が夏師兄を好きにちがいないと思っていた。


 ◆


 ――夏師兄ならともかく、朱師兄に贈り物だなんて。


 状況が理解できず、わたしは頭をひねってしまう。

 すると、伍師姐はすぐさま「ちがうわ!」ときっぱりと言い、ぶんぶんと首をふる。それから、胸の前でしっかりと両手をくむと「だって、朱師弟には夏師弟がいるもの!」と強い語気で主張した。

 伍師姐の真剣な表情を見、状況を理解したわたしは「ああ」と、なっとくして声をあげる。


 ――師姐は、夏師兄と朱師兄が恋仲だと信じてるのね。伍師姐は、夏師兄に失恋したと考えているのかしら? でも……


 伍師姐が話しているのは、最近はやっているうわさだ。わたしも信じていたが、今はもう信じていない。わたしが考えを変えたのは数日前、伍師姐が朱師兄に小さな陶器の瓶を渡している場面に出くわしたときだ。


 ――あのとき……伍師姐は普段どおりだったけど、朱師兄は耳までまっ赤だった。朱師兄は、伍師姐を好きにちがいないわ。


「伍師姐からの贈り物なら、朱師兄はどんな物でもよろこんでくれますよ」


 どうして姉弟子が朱師兄に贈り物をするのかはわからない。しかし、朱師兄の気もちはさっしがついたので、わたしは伍師姐に回答した。

 ところが、わたしの助言は伍師姐のほしい言葉ではなかったらしい。わたしに同意して「そうね。朱師弟は真面目ないい子だから」と言ったが、彼女はさらに話をふかめた。


「でも、ほら。ほしいと思ってなくても、もらってみれば嬉しい物ってあるでしょう? そういう贈り物をあげたいの」


 ――なんだ、それ。


 伍師姐の言葉が理解できず、わたしは「ちょっと、おっしゃってる意味がわからないです」と思ったままを口にしてしまう。

 わかりにくい話をしている自覚があるらしい。ものわかりの悪いわたしを、姉弟子は叱らなかった。彼女は「だからね」と言い、小さな陶器の瓶をわたしに差しだして話をつづけた。

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