第50話 とんでもない勘ちがい
謝罪の言葉を口にしたせいだろうか。もの憂げな表情をする伍花琳は、いつになく女性らしい。
――どんな表情でも伍師姐はきれいだな。
いつもの明るい笑顔の伍花琳も愛らしい。しかし、彼女のうれいをおびた表情には、また違うおもむきがあった。
夏子墨を悲しげに見つめる伍花琳の横顔を、朱浩宇はうっとりとながめそうになる。しかし、彼の思考は完全にはとまっていなかった。伍花琳の態度の意味に、ついに彼は思いいたる。
――いやいや! そうじゃなくて、もしかして……
朱浩宇が「もしかして」と、考えたままを口にしかけたときだ。黙って伍花琳の話を聞いていた夏子墨が話にわってはいった。
「もしかして伍師姐は、わたしと朱浩宇の関係を勘ちがいして……」
――そうだ! 伍師姐は勘ちがいしている!
伍花琳の勘ちがいに夏子墨も気づいたと感じた朱浩宇は、心から彼に賛同する。しかし、伍花琳は「いいの! それ以上言わないで」と夏子墨が話をするのをさえぎってしまった。夏子墨の言葉は、彼女にはとどかなかったようだ。伍花琳はなおも夏子墨に話しかけつづける。
「わたしのほかにも、あなたに言いよっていた人たちがいたわよね? わずらわしかったでしょう? だいじょうぶよ。わたしから彼女たちに、うまく伝えておくわ!」
言いきると、伍花琳は同情のまなざしを夏子墨にむけ「わたしに任せておいて!」と、年上の姉弟子らしい態度で胸をたたいた。
伍花琳の言葉を聞いて、困惑した様子だった夏子墨が気づきのある表情になる。それから、彼は朱浩宇に意味ありげな視線をよこした。
「?」
夏子墨の視線の意味が、朱浩宇には分からない。
きょとんと朱浩宇が夏子墨を見かえすなか、夏子墨がなぜか朱浩宇にちかづいて来た。
察しがつくと言わんばかりに伍花琳が朱浩宇の手をはなす。そして、彼女は一歩うしろへ離れた。
こうなるのが当然とばかりに、伍花琳がはなした朱浩宇の手を今度は夏子墨がとる。
夏子墨は今までになく眉根をよせて困り顔をつくると、伍花琳にむけてかたりだした。
「ええ、彼女たちの気持ちには答えられなくて。でも相手のいることですから、理由を告げるわけにもいかなくて」
言いいながら、朱浩宇の両手に夏子墨が顔をよせた。
夏子墨の息づかいを手の甲で感じた朱浩宇は、思わず夏子墨に注目してしまう。
「!」
今にも朱浩宇に触れそうな距離に、夏子墨のかたちのいい唇があった。夢にも思わない光景を目の当たりにして、朱浩宇は驚きのあまり声もでない。
そこへ、深くうなずき「わかるわ!」と言いながら、両手を胸の前でくんだ伍花琳が前のめりで話しだした。
「安心して! 邪魔をする人がいたら、わたしを頼って!」
たいへん親身な様子で伍花琳は夏子墨にうけあう。
「師姐、感謝します!」
感極まったと言わんばかりの態度で、夏子墨が礼を言った。
すると、伍花琳は「いいのよ!」と大きく首をふり、瞳をかがやかせると「さっそく、みんなに伝えなきゃ!」と、彼女にしてはめずらしく鼻息を荒くした。そして、黙って弟子たちのやり取りをながめていた宋秀英と姚春燕のほうをむくと、拱手の礼をとり興奮ぎみに言う。
「師父、師淑。急用ができましたので、すみませんが失礼いたします!」
言うやいなや、伍花琳は早足でその場を去っていった。
「え? 伍師姐、どこへ?」
ここに来て、朱浩宇は話にわってはいるべきだったと気づく。彼は「待ってください! 師姐は、ぜったいに勘ちがいをして……」と言いつつ、朱浩宇は伍花琳を追おうとした。しかし、夏子墨に両手をしっかりとつかまれているため、彼は動きだせない。夏子墨を睨みつけ、朱浩宇は抗議した。
「おまえ、手をはなせよ! 伍師姐が、とんでもない勘ちがいをしている!」
朱浩宇は必死にもがく。しかし、夏子墨のほうが力が強いからだろう。どんなにもがいても、彼の手から逃れられない。
じたばたしつづけている朱浩宇に首をふってみせ、夏子墨が口をひらいた。
「朱師弟。これでいいんだ」
朱浩宇に話しかける夏子墨には、あせりも、怒りも、困惑もない。あえて言うならば、彼の様子は達観しているといえた。
「どこがだよ!」
なにがいいのか分からず、朱浩宇は叫んだ。
すると、離れていく伍花琳の背中に視線だけをむけ、夏子墨が理由を口にする。
「これで、わたしは伍師姐の恋愛対象ではなくなった。それは、朱師弟の望むところでもあっただろう?」
「!」
夏子墨の思いがけない言葉に気づきをえた朱浩宇は、じたばたするのをやめて目を丸くした。
朱浩宇が聞く耳をもったと感じたらしい。夏子墨は真面目な顔になると「実は」とつづけ、たずねてもいないのに彼の事情をかたりだす。
「何人かの女弟子たちに付き合ってほしいと言われて、どう返事をしようかと困ってたんだ」
――ああ。
夏子墨の言動に合点がいき、朱浩宇は思わず冷めた目で夏子墨を見た。
すると、黙って成りゆきを見まもっていた姚春燕が「あはは」と楽しそうに笑い、口をはさんだ。
「いい考えね。伍花琳は女弟子たちのまとめ役だから、わずらわしい女の子たちから逃げおおせられるかもね!」
宋秀英も状況を理解できているらしく、手にした扇をひらいて口もとを隠すと「ふふふ」と品よく笑った。
朱浩宇の頭のうえでは、李桃が小さくあくびする。
周燈実と弟分モモンガたちも大して興味がなかったようで、無邪気に遊びはじめていた。
師匠たちが、朱浩宇と夏子墨の関係を疑っていないと知り、朱浩宇は少し落ちつきを取りもどす。しかし、すっきりするわけもないので「そうだとしても、あんな誤解は……」と、不平を言おうとした。
すると「朱師弟も言っていたじゃないか」と言葉をかさね、夏子墨が朱浩宇の言葉をさえぎった。
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