第19話 妓女の幽霊

 ◆


「怪異に出くわすと寝こんだり、運が悪ければ死んでしまうとも聞きました。仙人さま、わたしたちは大丈夫でしょうか? 呪われていたりしませんか?」


 自分たちのあじわった奇妙な体験をかたり、当時の恐ろしさが蘇ったのだろう。村人たちは三人してぶるぶると震え、顔を青ざめさせた。


 ――まさに、類をもって集まるだな。


 ちぢみあがっている村人たちに、朱浩宇は冷ややかな視線をおくる。

 村人たちの問いかけを聞いて、周燈実に抱きついたままの姚春燕が三人をじっくりとながめた。


「安心して。見たところ、呪われてはいないわ」


 姚春燕の答えに、村人たちは安堵あんどして胸をなでおろす。


「お聞きした話で、すべてでしょうか?」


 村人たちがおおかた話しを終えたと感じたのだろう。丁寧な言いまわしで、夏子墨が村人たちにたずねた。

 臆病な男は「ええ。逃げ帰ってからは、怪異に出くわしてはいません」と、夏子墨に返事する。


 ――幽霊に出くわしたときもだが、この男の逃げ足のはやさだけは称賛に値するな。


 ささいな事柄に朱浩宇が感心していると、臆病な男の友人ふたりも大きくうなずいて彼の言葉を肯定した。


 ――夜中に村のなかで村人たちの視界を奪い、彼らに声をかけて驚かした、か。


「怪異に出会ったのは、あなたたちだけですか?」


 村人たちの話をざっくりと分析した朱浩宇が、質問を深める。

 朱浩宇に問われ、村人たちは顔を見あわせた。そして、彼らを代表して臆病な男が一歩前にでると主張した。


「ええ。視界を奪われて、ころんだんです。手をこんなにすりむきました!」


 こうむった被害を言いたて、臆病な男は朱浩宇に手のひらを見せる。


 ――なるほど、被害者はこの三人だけみたいだな。


 考えをめぐらせながら、朱浩宇は臆病な男の手のひらに目をやった。すると臆病な男の言うとおりで、手のひらに大きなすり傷ができている。臆病な男は手のひらを朱浩宇にむけたまま「彼なんて」と友人のひとりに目をむけ、さらに言いつのる。


「走って逃げるときに勢いあまって、もう一度ころんだんです! それで、顔をすりむいてしまったんですよ!」


 朱浩宇は、臆病な男の視線のさきにいる彼の友人を見た。


 ――話のなかで『美女なら幽霊でもいいから会いたい』と、大風呂敷をひろげていた男か。


 朱浩宇がじっと見ると、顔に傷のある男はなんだか居心地が悪そうにする。


 ――気まずくて当然だな。幽霊でも美人に会いたいなんて言った人間が、一番大きなけがをしてるんだから。実は一番怖がっていたのが、丸わかりだ。


 顔に傷のある男の心情に思いをはせながら、彼の顔の傷に朱浩宇は冷ややかな視線をむけた。


 ――たしかに、痛そうな傷だ。でも……


 妓女の幽霊に出くわしたなら、顔にすり傷をつくるだけではすまないと、朱浩宇は感じた。


「傷は痛々しいですが、生気を吸われずにすんで良かったですね」


 村人の顔の傷を、夏子墨も大ごととは思っていないのだろう。村人たちのけがから、やんわりと話題をそらす。

 不幸自慢みたいな話はもう十分だと感じた朱浩宇も「カエセって、なにかをかえしてほしいのか?」と疑問を口にし、論点をずらした。


「夫をかえせと言ってるのだろうか?」


 朱浩宇の疑問に対して、夏子墨が私見を口にする。


「夫?」


 臆病な男は小首をかしげ、夏子墨の言葉を繰りかえした。男の友人たちも彼と似た気もちらしく、頭をひねっている。

 村人たちの反応から、彼らに詳しい説明をしていなかったと気づいた夏子墨は、補足の言葉を口にした。


「妓女の幽霊たちは、夫にしようと男をさらっていました。わたしたちが荒れ地でたすけた人たちを今も夫と思っていて、彼らを取りもどしたいのかも」


 夏子墨の説明を聞き、退治しそこねた幽霊がいると主張する村人たちは、なっとく顔だ。


 ――幽霊がまだいるのなら、ありえる。


 朱浩宇も、心のなかで夏子墨の意見に賛同した。


 ――とはいえ、ありえるだけだ。他にも見こみのある仮説が立つかもしれない。


 べつの仮説をたてるべく、朱浩宇は考えをめぐらそうとする。すると「師姐」と姚春燕に呼びかける周燈実の声がして、彼の思考は中断した。


「幽霊さんは、たくさんいるんだね!」


 にっこりと笑って周燈実が姚春燕に言う。

 姚春燕は「そうかもしれないわね」と、深く考える様子もなく弟弟子にあいづちをかえした。

 しかし、朱浩宇は周燈実の言葉に引っかかりを感じる。


 ――たくさん?


「燈燈。どうして、たくさんだと思うんだ?」


 朱浩宇が周燈実にたずねた。

 朱浩宇の質問に、周燈実は「だって」と応じると、理由を口にする。


「三人とも目が見えなくなったんでしょ? 幽霊さんがひとりだけじゃ、無理だもん」


 言いながら、周燈実は両手を朱浩宇のほうへつきだした。それから、つきだした両手で自分の両目をおおってみせると「手が、たくさんいるよ」とつづける。


 周燈実が両手で目をおおうすがたを見ながら、朱浩宇は「なるほど」と納得した。


「怪異を起こしているのが幽霊ならば、師淑のおっしゃるとおり幽霊は三人以上いるのかもしれませんね」


 夏子墨も周燈実の話に関心をよせ、賛同する。そして、姚春燕に目をむけると言葉をつけたした。


「なんらかの呪術をつかえば、ひとりでも三人の視界を奪えるとは思います。ですが、師淑のおっしゃるとおりです。彼らを襲ったものが複数いる可能性は、頭にいれておいたほうがいい気がします」


 ――すがたを見せず、夜歩きする人間を集団で襲う? 妓女の幽霊の手口とはかなり違う気がするな。

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